83話
長安で対峙を続けるリョコウの元に、ヨウチョウが負傷し、しばらく動けないという知らせが届いた。
「まったく、何をしてんだ。油断しすぎだろ」
リョコウは毒づく。前方のジュンカン軍に目をやる。
「まあいい。兵も休んだことだし、そろそろあのお嬢ちゃんを血祭りにあげるとしますか」
リョコウは休憩を取っている間、ジュンカンの陣の前にある迷路のような土壁を観察していた。どこを通るとどうなるか、何通りも想定を繰り返し、軍を五千ずつ、四つに分けた。それぞれの指揮官に指示を細かく伝える。
ジュンカンはリョコウが動くのを見て、千人将たちに指示を送る。
「来るぞ。手筈通り対応せよ」
リョコウ軍は四つに分かれて進んでくる。その中の一つをリョコウが自ら指揮していた。迷路に分かれて入っていく。
ジュンカンは土魔法の壁の位置を変えた。
「なに!?」
ジュンカンの想定では、リョコウは壁に遮られ行き止まりになるはずであったが、リョコウはそれを読み、するすると抜けていく。逆に行き止まりで待ち構えていた弓隊が背後を取られ、全滅した。
「考えたつもりだが、そんな浅はかな策が通じると思うのか」
ジュンカンはリョコウを止めるため、土魔法の壁を変化させすぎ、もはやどうなっているのか分からなくなった。落とし穴に自部隊が落ちたり、行き止まりで身動きできなくなり敵に討たれたりした。ジュンカンは焦った。
「ははは! どうやらおつむの方は足りないようだな!」
リョコウは腹を抱えて笑いながら進んでいった。
「くっ……こうなったらヤケクソだ!」
ジュンカンは石の迷路の壁を一気に崩壊させた。巻き込まれた味方もいたが、それはジュンカンの麾下ではない。躊躇なく壁を崩した。圧倒的に敵の被害の方が大きかった。リョコウは咄嗟に砂嵐で崩壊する土壁を巻き上げた。
「やってくれる! 引き上げだ!」
ジュンカンは迷路を変えたり、壁を崩壊させたりするために魔力を使いすぎ、疲労で膝をついた。リョコウは瓦礫の下から兵を救出し、引き上げていった。
「はぁ……はぁ……何とかなったのか」
ジュンカンは立ち上がり、円陣を組み直す。リョコウが殿にいたため、追撃することはできなかった。
エイゲツの軍が破れ、エイゲツ本人は行方不明になっていた。ジュンカンにとっては魔法を承継させてくれた師匠のような人物だ。もともとは敵で、ケイにも屈辱的なことをした女だ。許せない思いもあるが、共に戦ってきたことで仲間意識が芽生え、純粋にエイゲツのことが心配であった。どうやらヨウチョウの軍にも被害があったのであろう。その進軍は止まっていた。
「ヨウチョウが来るまでに、片をつけなくては……」
だが、ここで異変が起きた。チュウが二万の兵を長安に侵攻させてきたのである。燕の地は混沌としており、三すくみで動けない状況になっている。チュウは再び長安に活路を求めて侵攻してきたのだ。二万は単独で長安を落とすには足りないが、関中を荒らすには十分で厄介な数であった。
リョコウもまた、チュウの軍が現れたことに苛立っていた。変にジュンカンを攻めて、横槍を入れられると面倒だと感じた。
「あーん? なんだあれは?」
リョコウが遠くを眺めていると、数百の黒い集団を千人隊が追っている。ジュンカンもそれに気づいた。
「千人隊が裏切った! あれを追い払ってくれ!」
黒い集団は近衛兵であった。ジュンカンに、追いかけてくる千人隊を追い払えと言ってきた。だが、ジュンカンは近衛兵が檻を引いていることに気づいた。それを見て、怒りが湧き上がる。檻の中にいたのはケイとサクだったのだ。
そして追ってくる千人隊がケイの部隊であることにも気づいた。先頭にハクエンの姿が見えた。
「貴様! ケイに何をしているのだ!」
ジュンカンの怒りに、近衛兵たちは困惑した。彼らはジュンカンとケイの関係を知らない。ただならぬ雰囲気を察して逃げ出そうとした。
「ケイを救い出せ!」
ジュンカンの指示のもと、兵たちは近衛兵に襲いかかる。近衛兵は応戦することもできず捕縛された。檻を破ってケイとサクを救い出した。
「ケイ……いったい何があったんだ!」
ジュンカンは焦燥したケイを抱きしめた。
「そいつは皇后に姦通した犯罪者だ! 勅命で捕縛したのだぞ! このようなことをして、ただで済むと思うのか!?」
近衛兵が叫ぶように抗議した。
「姦通だと!? そんな馬鹿な話あるか!」
ジュンカンは近衛兵を蹴り飛ばした。そこへハクエンがやってくる。
「ジュンカン、よかった。ケイは無事なのね」
「ハクエン……すぐに戻ろう……」
ケイは護送中、何も食べ物を与えられていなかったようでフラフラしていた。サクも力なく項垂れている。
「ケイ……よく聞いて……あなたはもう秦にとって反逆者なのよ。王の軍があなたを討ちに来るわ」
「でもレイが……レイが死んでしまう……」
ケイは疲労と空腹で考えることができなかった。
「このまま代へ向かうわ。ジュンカン、すぐに準備して」
ジュンカンは頷いた。すでに長安の中が騒然としているのが伝わってくる。王の軍がケイを討つべく出てくるはずだ。
ジュンカンはケイとサクを即席の馬車の荷台に乗せた。ケイはなおも戻ってくれと言っているが、声に力がなかった。
代の方向にはチュウの軍がいる。ハクエンを先頭に突破することにした。ジュンカンは土魔法の壁を立てていく。リョコウが追撃してくるのを防ぐためだ。
「なんだ。何が起きてるのだ」
リョコウはジュンカンの陣が騒然としているのを見ていた。やがて、先程の千人隊を先頭にして北へ向かっていく。ジュンカンの軍もそれに続き、陣を引き払っていった。リョコウは何かの罠かと警戒し、追わなかった。
ハクエンがチュウの軍を水流剣で引き裂いていく。そこをジュンカンの軍が駆け抜けていく。チュウの軍は突如の攻撃に混乱し、割れていった。
馬車に揺られながら、ケイは天に向かって手を伸ばす。レイの名前を叫ぶが、それは声にならなかった。




