82話
エイゲツは水をかけられて目を覚ました。そこは軍営の中であった。目の前にヨウチョウがいる。エイゲツは斬りかかろうとして体を動かしたが、自由が利かなかった。もがくと体がぐらぐらと回った。
エイゲツはハッとした。自分を囲むように金髪の大男たちが立っている。これからされることを理解し体が震えた。
「ふふん。柄になく震えているではないか。わざわざ、お前のお気に入りのこいつらを雇ってやったんだ。もっと喜べよ」
エイゲツはヨウチョウの言葉に首を振った。思わず薄っすらと涙を浮かべていた。
「ほうほう。お前の涙は初めて見たぞ。どうだ、俺の言うことを聞くのであれば助けてやるぞ」
エイゲツはヨウチョウの下品な笑みを浮かべた顔を見た。
―――こんな奴に屈するのか……ケイ……
エイゲツはヨウチョウの言葉に力なく頷いた。大男たちに辱めを受けるくらいなら、ヨウチョウに従った方がましだ。
「そうか、そうか。それは良い判断だ」
ヨウチョウは合図を送ると、男たちは残念そうに軍営から出ていく。
エイゲツとヨウチョウ、二人きりになった。ヨウチョウはぐったりとしたエイゲツの体を起こす。そして一歩、近づく。何をしようとしているのかは明確であった。
「ぐぎゃあああー!」
エイゲツは石の壁を、ヨウチョウの急所めがけて突き立てた。捕まってから時間が経っているのだ。魔力は回復していた。
「こ……このやろう!何しやがる!ぶっ殺すぞ!」
ヨウチョウは股間を押さえ、うずくまりながら叫ぶ。どうやら大事なものが潰れたらしい。エイゲツはヨウチョウの体に蹴りを入れて倒すと、軍営を飛び出した。
エイゲツは外にいた大男たちに石礫を放つ。頭部を砕かれ、倒れていく。エイゲツは駆けた。騒ぎを聞きつけた兵たちが集まってくる。石礫の散弾を撃ちまくる。魔力は回復したとはいえ全快ではない。次第に息が上がっていく。
「こんなところで死ぬわけにはいかない……」
エイゲツは力を振り絞り、森に飛び込み駆けた。ヨウチョウが遠くで何か叫んでいる。兵たちが追ってくる。目の前に谷が見えた。エイゲツは躊躇わず飛び込んだ。谷底を流れる川は大きな水飛沫を上げた。
「逃したか……エイゲツ、許さんぞ……」
ヨウチョウはそれだけ言うと、まだ激痛が治らないようで気を失った。ヨウチョウ軍は、しばらく動けない状況になったのだ。
ヨウコウは魔道具が使えなくなり、攻め手を欠いていた。狭い道を騎馬での強行突破も試みた。だが城門までたどり着くことなく、いたずらに兵を減らしたのみであった。
ケイの存在は大きかった。ケイがいる限り、陳倉は揺らぐことはないと思われた。
そんな時、朝から長安から真っ黒に武装した集団が到着した。王の近衛兵である。
「勅命である。ケイという千人将を捕縛する」
レイは抗議した。
「彼がいったい何をしたと言うの!?ケイがいなければ陳倉は危ないわ!」
だが、近衛兵たちはレイの言うことを無視した。
「これは勅命です。皇后様といえども異を唱えることはできません。ご理解ください」
「では、何故ケイが捕縛されるのですか?訳を言いなさい!」
近衛兵が言ったことは衝撃であった。フトウはランカからの報告を、皇后であるレイと千人将のケイが姦通していると受け取った。このところフトウはレイを遠ざけ、陳倉に押し込めていたとはいえ、皇后の不義理な行動は看過できなかった。
「ケイという不届者を捕縛せよ」
フトウはケイを長安で公開処刑するつもりであった。
「それは事実ではありません!いったい誰がそんな嘘を!」
レイは再び抗議したが、近衛兵は勅命を果たすだけであった。
「それに王は皇后様も許しておりません。汚名を雪ぎたければ、陳倉を守り抜けとのことです」
レイは近衛兵たちに槍を突きつけられ、膝から崩れ落ちた。涙が止まらなかった。
ケイの元に近衛兵が現れる。ケイは状況が理解できなかった。皇后と姦通した罪で捕縛すると告げられる。
「そんなことをするわけないだろ!何かの間違いだ!」
だが近衛兵はケイの言うことに耳を傾けなかった。捕縛し、檻の中に閉じ込める。サクも猛抗議したが、近衛兵に殴られ、共に捕縛されてしまった。ハクエンは怒りに震えていたが、黙ってそれを見ていた。自分まで捕縛されれば、ケイの千人隊を指揮する者がいなくなってしまい、ヨウコウの攻撃に耐えられないであろう。
ケイとサクを入れた檻は、長安へと護送されていった。
その日もヨウコウの攻撃が来た。ハクエンは千人隊を指揮し、撃退した。夜、ハクエンの元をレイが訪れて来た。顔を隠し、人目を忍んでいた。
「ケイの副官ですね。あなたにお願いがあります……」
レイはハクエンを美しいと思った。この人にならケイを託せると感じ、言葉を続けた。
「ケイを追って救い出してください。そして代の地へ向かってください」
ハクエンはレイの依頼を、膝をつき受けた。もとより、そうしたいと思っていたのだ。
「これがあれば、長安まで止められることはありません」
レイはハクエンに王家の紋章を渡す。これがあれば、道中の関所も砦も通過することができる。ハクエンはそれを受け取り、直ちに出発した。
ハクエンの率いる千人隊が闇の中に消えてもなお、レイはその姿を見ていた。
「どうかケイをお願いします。ケイ……死なないで……」




