81話
リョコウは長安郊外に軍が展開しているのを見て進軍を停止した。ここまで長く追撃をしている。軍に疲れもあった。
「敵は疲れている!突撃だ!」
ジュンカンは、リョコウの軍が長い距離を駆けて来ているとみて、早々に仕掛けた。
「なかなか果断だな」
リョコウは敵の判断の早さに感心する。砂嵐を起こし、ジュンカン軍の目をくらます。
「円陣!」
ジュンカンは咄嗟に防御を固めた。そこにリョコウの一撃が来る。リョコウは砂塵の向こうに槍を突き出した盾兵がいるのを見て、手綱を引いた。
「ちっ!なかなかやるじゃないか!」
リョコウは再度、砂嵐を起こし、それに身を隠しながら引き上げた。ジュンカンはトウ軍から事前の情報が無ければ、今の一撃を避けることは出来なかったかもしれないと肝を冷やした。
リョコウは下がった位置に陣を敷いた。ジュンカンも下がり陣を組み、土魔法で防壁を築く。決して堅牢なものではなく、隙間だらけでもあるが、土の壁が迷路のように立ち上がった。
「小癪な真似をする。フトウにもまだこれだけのことが出来る将がいたのか」
リョコウは再び感心した。斥候を出し探らせると、敵将は旧モクラン軍のジュンカンという五千人将だと知った。
「ふん。親の七光りよりも楽しめそうだ」
リョコウは後方から来るヨウチョウを待つことにした。今頃はエイゲツを返り討ちにしている頃だろうと予想していた。ジュンカンの陣は防御に特化しており、攻撃してくることはないであろう。しばらくの間、兵を休ませることにした。
エイゲツは夜になるのを待つ。ヨウチョウはこちらに気がついた様子はなかった。
「いくぞ……狙うはヨウチョウの首だ……」
エイゲツ軍は森から飛び出し、ヨウチョウ軍に襲いかかった。火を掛け、旗を切り落とす。ヨウチョウ軍は混乱し、逃げ惑う。
「おかしい……兵が少ない……」
エイゲツは違和感を感じた。ヨウチョウ軍の兵が極端に少なかった。そして中央の一回り大きな軍営を引き倒すと、もぬけの殻であった。
「しまった!嵌められたか!?」
反対側の森からヨウチョウ軍が現れ、エイゲツ軍に襲いかかる。すでにエイゲツ軍は包囲されていた。
エイゲツは先頭で突進してくる大男の集団に息を飲む。西域から来た傭兵であった。
「馬鹿な……あいつらは倒したはず……」
エイゲツは、かつてあの金髪の大男たちに危うく辱めを受ける寸前であったことを思い出し、足が竦んだ。全て地下に埋めたはずだ。何故ここにいるのかと怯えた。
「いや……あいつらは別の集団だ。くそ!しっかりしろ!」
エイゲツは自分自身を叱咤し、大男たちに石礫を立て続けに放った。その威力は以前よりも増しており、大男たちは頭部が吹き飛ばされ倒れていく。
だが、勝敗はすでに決していた。ヨウチョウ軍の包囲は厳しく、エイゲツ軍は削られ続けた。もとよりヨウチョウ軍の方が多いのだ。奇襲が成功しなければ勝ち目はなかった。
エイゲツは体を縄でぐるぐる巻きにされ、拘束された。ヨウチョウの木魔法であった。
「久しいな、エイゲツ」
ヨウチョウは縄で縛られ、のたうち回るエイゲツを見下ろした。エイゲツはヨウチョウを睨むと、縄はきつくなり、エイゲツの体に食い込む。エイゲツは歯を食い縛り耐えた。
「ふふん。相変わらず艶かしい顔だ。どうだ、昔の仲間のよしみだ。俺の妾になるなら助けてやるぞ」
「誰が……お前などに……」
「強情なところも昔と変わらんな。おい、やれ!」
ヨウチョウが合図を送ると、大男の一人がエイゲツの首根っこを掴み、軽々と吊り上げた。
「ぐぅぁぁぁ……は、離せ……」
エイゲツは必死に振り解こうとするが、動けば動くほど縄は締まる。やがてエイゲツはぐったりと落ちた。エイゲツは完全に気を失っていた。ヨウチョウはエイゲツを牢に入れろと指示した。
エイゲツ軍は元々は旧モクラン軍である。彼らは将が倒れても最後まで勇敢に戦い、ヨウチョウ軍に少なからず損害を与えた。全員が最後の一兵まで戦い、全滅したのであった。
陳倉ではケイの指揮により、ヨウコウ軍を城門まで寄せ付けなかった。徐々に削られていく兵に、ヨウコウは苛立っていた。
そこに後方にいるヨウアンから魔道具が届く。それは西域産の代物であった。ヨウコウは即座にその魔道具を投入した。
それは見かけはただの強弓であるが、木魔法を応用したもので、人の体温を感知し、潜んでいる敵を射抜くものであった。
「撃て!」
ヨウコウの指示で矢が放たれる。それはどこかに狙いを定めたものでもなく、ただ放たれた矢であった。ケイは明後日の方向に飛んでいく矢を見て不審に思った。だが、矢は突如方向を変え、勢いを増す。
「サク!よけろ!」
ケイは櫓の上にいるサクに向かって叫んだ。サクはその声を聞き、咄嗟に身を翻す。矢はサクの頬を掠め、櫓に突き立った。
「な……なんだ今のは?狙撃されたのか?」
サクは驚いて立ち上がることが出来なかった。次の矢が来る。今度は火矢であった。
「退避だ!櫓を出ろ!」
火矢は櫓に突き立つと、激しく燃え盛った。サクは兵たちに支えられ、辛うじて退避していた。
「あれは厄介ね……」
ハクエンは水流剣を伸ばし、次の火矢を撃ち落とす。
「ケイ!何をしているの!なんの為に魔法を継承したの!?」
ハクエンの叫びに、ケイはハッとして櫓を覆うように水の壁を立てる。魔力が予想以上に消耗する。モクランはこの何倍もの大きさの壁を作ったのだ。ケイは改めてモクランの凄さを理解した。
「なんだと!たかが千人隊の隊長が、ここまでやるのか!?」
ヨウコウは火矢が防がれたのを見て驚愕した。ハクエンの小隊が突進する。水流剣を伸ばし、強弓の前で破裂させると、強弓は水浸しになり使い物にならなくなった。ハクエンはヨウコウが慌てる姿を見て、すぐに引き下がった。ヨウコウは怒りのあまり、強弓を扱っていた兵を殴りつけた。
レイは、ケイがヨウコウ軍を寄せ付けないほどの活躍をしているのを認め、礼がしたいと呼び寄せた。ランカの目が光っているが、功績を上げた者を讃えなければ、他の兵の士気が下がってしまう。
「あなたの活躍で陳倉はいまだに無傷だわ。ここを預かる者として、秦を代表して感謝します」
そう言うと、レイは自身の杯に酒を注ぎ、ケイに与えた。先ほどまでレイが使っていた杯である。これは間接的な接吻であり、前代未聞なことであった。
ケイが酒を飲み干すと、レイは微笑んだ。
「ありがとう。これからも励んでね」
レイは少しやりすぎだと感じたが、ケイに対する感謝をしっかりと伝えたかった。だが、ランカの目には異常に映った。杯もそうだが、最後の言葉遣いと、ケイに向けられた微笑みは看過できなかった。
その夜、陳倉から長安に向けて、早馬が走った。




