77話
フケンはヨウチョウと合流した。彼の率いる軍は10万に膨らんでいた。フケンはそれを知らなかった。
「いつのまにこれほど軍を揃えたのか?朕が苦しんでいる時に、お前は何をしていたのだ?」
淝水の戦いでは東晋は西側の領地を捨て、総力を上げてフケンと戦ったのだ。ヨウチョウは東晋が引き上げた後に、ほぼ無防備の場所を荒らしたにすぎない。
「この兵の半分でも東に向けたなら朕は苦渋を舐めることはなかったはずだ」
フケンはヨウチョウが淝水に援軍を送らなかったことを責めた。ヨウチョウにしてみれば、作戦通り西側を攻めたにすぎない。フケンのこの言い様は理不尽であり、結果論に過ぎないのだ。
ヨウチョウはフケンに愛想を尽かし、頃合いだと感じた。
「フケンよ。おのれはまだ王のつもりなのか?」
ヨウチョウの突然の変化に、フケンは耳を疑った。聞き間違えたのかと感じた。
「羌族のヨウのことを覚えているか?」
ヨウチョウの問いにフケンは首を傾げる。羌はもう何年も前に討ち従えていた。フケンは、それがどうしたと言わんばかりの顔を浮かべる。
「ふん、覚えていないのか?俺の一族はおのれに殺戮されたのだ」
フケンはそう聞いても、ヨウという姓に心当たりがなかった。これまでの戦で討ってきた敵は多い。羌出身のヨウチョウが燕にいたのかと思っただけであった。だが、ヨウチョウの合図で剣を持った兵がフケンを取り囲むと、フケンはようやく理解した。
「貴様!朕を裏切るのか!?」
「裏切る?違うな。この世を正すのさ」
ヨウチョウはそう言うと手を上げた。フケンの体が兵たちによって切り刻まれていく。
ーーーどうしてこうなったのだ...
フケンは天下をその手に収める寸前であったのだ。それが、たった1つの敗北で国は崩壊してしまった。
ーーーオウモウ....
フケンの脳裏に最後に浮かんだのはオウモウの姿であった。彼の言うことを聞いて、東晋を攻めなければ、ボヨウスイを重用しなければ、王のまま生涯を終えたに違いない。オウモウにあの世で合わせる顔が無いと思いながらフケンは力尽きた。
ヨウチョウは息が絶えたフケンの首を落とす。すでにヨウアンの手引きで、フソウの子であるフヒは確保されている。
「フケンは前王を殺し王位を奪った者だ。正統な王では無い。我は逆賊フケンを討った。新たな王にフヒ様を推戴する」
ヨウチョウは高らかに宣言して、フヒを王に据え独立した。国号は大秦を名乗った。秦の正統王朝であるということを強調したのである。いわゆる前秦がここに滅んだのである。
フトウはフケンが殺されたという知らせを聞き、膝から崩れ落ち号泣した。
「泣いている場合ではありません。速やかに王として立ちヨウチョウを討つのです」
レイはフトウの腕を引き、厳しい口調で言った。今は戦時である。泣いている場合では無いのだ。
「分かった。余は王となりヨウチョウを討つ」
フトウはレイに促されるように立ち上がり、フケンの跡を継ぎ、王となることを宣言した。関中は反乱を起こすものもいれば、フケンに忠義心を持つ者も多かった。フトウの元には、そういった者たちが集まってきた。
その代表格が今は亡き秦の大将軍トウキョウの子供たちである、トウケイとトウヨクの兄弟である。彼らは襄陽の軍2万を率いフトウの元に馳せ参じた。
ヨウチョウはフヒを奉戴し、秦の正統であると喧伝したが、世間ではフケン殺しの反逆者とされていた。特に関中ではその声が強く、トウ兄弟の他にもフトウの元に集まる者が多く、その数はヨウチョウの軍に拮抗するほどに膨れ上がった。
「ヨウアン...話が違うでは無いか」
ヨウチョウは当てが外れ、ヨウアンに詰め寄る。関中におけるフケンへの忠誠がこれ程までとは想定外であった。フトウの士気は高く、ヨウチョウはこのままフトウを攻撃しても苦戦すると見て、いったん天水まで引くことにした。陳倉を攻撃させていたヨウコウにも引き上げを命じた。
チュウは長安を囲い、フトウとヨウチョウの動きを観察していたが、洛陽にいるボヨウスイが北上を開始したことにより、長安の囲みを解き中山へ引き上げた。
ボヨウスイはチュウを燕の正統後継とは認めてない。燕の勢力をまとめる為に、チュウ討伐を掲げ北部攻撃に動いたのだ。
フトウはヨウチョウとチュウが関中を去ったことで、一安心し長安へ帰還した。穀倉である陳倉はそのままレイに守備を任せた。
レイは戦場で負傷した兵たちを献身的に治癒して回った。また戦いでも矢に木魔法の速度上昇を纏わせ射ることで、次々とヨウコウ軍の指揮官を倒していったのである。もはやその姿は戦女神のようで、モクランの再来と呼ばれ兵たちの人気も高まっていたのだ。
ケイはまさかのレイの活躍に困惑していた。ケイとしてはレイを救い出す為に援軍に来たつもりであったが、逆にレイの覚醒をまざまざと見せつけられたのだ。そして千人将であるケイはフトウの目もあり、レイに近づく機会もなかった。
だが、フトウが大半の兵を連れ長安に引き上げたことで、陳倉を守るレイの軍は5千程になっていた。ケイの千人隊もその1つであり、この規模では主力となったのである。
レイは千人将たちを幕舎に集めた。このような場ではあったが、ついにケイはレイと再会を果たしたのでる。
千人将たちの中にケイの姿を見たレイは涙を堪えきれなかった。ケイもまた、もう会えないと思っていたレイに会うことができ、涙を流した。
周囲はレイの涙に困惑した。レイはケイに抱きつきたい衝動を抑え、千人将たちに感謝の言葉を伝えた。
「秦の為に身を捧げてくれることを感謝する。ともにこの困難な状況を乗り越えよう」
千人将たちはレイの涙が自分たちに向けられたものだと感じ、一斉に平伏した。彼らもまた、レイの言葉に打たれ涙を流した。ケイはそれを悲壮と見て、必ずや運命を変えると決意したのであった。




