表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学生に不人気な時代を研究していた大学教授、異世界で奴隷から皇帝へ  作者: 越後⭐︎ドラゴン
決戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/134

73話

 ケイは弓を撃ちまくる。

 もはや火の矢は撃たず、普通の矢であった。

 弓を引く手が疲れで震えている。

 東晋軍に囲まれ、どこに突っ込めばよいか分からない。


「ケイ……よく見よ……」


 モクランは気を失っていると思っていたが、ケイの耳元で囁くように言った。


「あそこだ……あそこに活路はある……」


 ケイはモクランが指し示す方向を見ると、ハクエンの小隊が退路を確保しようと立ち回っていた。時折、シャセキとも撃ち合っているようであった。


 ケイはハクエンの方向へ駆けた。

 シャセキがケイの接近に気づく。

 モクランがいると見て、馬首を返し、ケイに向かってきた。


 ケイは、もはや矢を撃つ力が残っていなかった。

 シャセキが矛を振り上げる。

 ケイは身を挺してモクランを守り、目を見開き、シャセキの動きに集中した。


 シャセキの矛が振り下ろされる瞬間、水流剣が伸び、シャセキの首を跳ね飛ばした。


「はぁ……はぁ……」


 モクランの苦しそうな息が聞こえる。

 背中には、胸が大きく上下するのが伝わってくる。

 モクランは完全に力尽き、虫の息であった。


 ケイはハクエンが確保した退路を駆けた。

 ハクエンもまた、返り血を全身に浴び、ボロボロであった。


 シャアンはシャセキが討たれたことを信じられない目で見ていた。

 日が暮れる。

 シャアンは追撃の軍を送った。


 わずか数十騎であった。

 ケイは東晋の追撃を振り切り、森の中へ入った。

 おそらく彭城の近くであり、ボヨウスイの軍がいるはずだ。


 ケイはモクランを下ろし、木にもたれかからせた。


「モクラン様……」


 今にも死にそうなモクランの姿に、ケイは涙を流した。

 ハクエンは目を閉じ、顔を逸らしている。

 かつてモクランには、女としての意地をぶつけたこともあったのだ。


「泣くな……」


 モクランは掠れた声でケイに言った。

 ケイはハッとして、モクランの手を強く握りしめる。


「ケイ……わたしはお前を愛していた。だが、もうその想いを成し遂げることは出来ない……」


「何を言っているのですか! まだ生きているではないですか!」


 モクランはケイの言葉に、わずかに微笑み、言葉を続けた。


「もう、わたしはダメだ……短い間に、魔力の枯渇を繰り返してきた……」


 モクランは何度も死地を潜り抜けるため、魔力が尽きるまでの戦いを繰り返してきた。

 さきほども、もう尽きたと思われたところから、振り絞って水流剣を放ち、シャセキの首を刎ねたのだ。


「俺に、もっと力があれば……」


 ケイは涙を流し、自分の無力さを嘆いた。

 モクラン軍の戦いは、モクラン本人への負担が大きすぎた。


「お前には何度も助けられている...お前は十分に強い...自信を持て..」


 ケイは黙ってモクランの言葉を聞く。ふとモクランは笑う。


「そう言えばお前には恥ずかしい姿も見せたこともあったかな...」


 ケイはその姿を思い浮かべることもある。だが今は相応しくないと頭から振り払った。


 モクランは真剣な表情に戻りケイに告げた。


「ケイ……今から、わたしの魔法を承継する……必ず役に立つはずだ……」


 ケイは叫んだ。


「だめだ! その残っている魔力を使ったら、死んでしまう!」


 だがモクランは、ケイの顔を手に取り、唇を重ねた。

 ほんの僅かな魔力が、ケイに流れ込む。


 ―――俺は同意していないぞ!


 ケイは心の中で叫んだ。

 魔法の承継は、当人同士の同意で成立するものだ。

 しかも大量の魔力が注がれ、受け手側の魔力の器の拡張を経る必要がある。

 このような微少な魔力では、承継にはならない。


 だが、ケイの意思に関係なく、モクランの魔法は確実に受け継がれた感覚が湧き上がった。

 それだけモクランの意思が強いということなのか。

 水流剣が、水の壁が、木の俊足魔法が、ケイの頭の中に知識として刻まれていく。


 ハクエンは目を開けた。

 承継によって、ケイが苦しむことはなかった。

 ほのかな温もりが、二人から伝わってくる。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 モクランの唇が、ようやく離れた。


「ケイ……行くんだ。お前には、まだやることがある」


 ケイは立ち上がった。

 モクランは微笑み、剣をケイに渡すと、再び「行け」と言った。

 ケイは涙を拭い、馬に乗って駆けた。


 振り返らなかった。

 振り返れなかった。

 モクランに託された剣を、強く握りしめた。


「ハクエン……話がある……」


 モクランがハクエンの方を向いて言った。

 ハクエンは、その言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。


「ケイのことを頼む……あなたの他に、頼める人がいない」


 ハクエンは、なぜモクランがこのようなことを言うのか分からず困惑したが、モクランの言葉を待った。


「ケイは代の王の子供だ……いずれ王となる男なのだ」


 モクランの告白に、ハクエンは驚愕した。

 ケイを特別視していた理由を、初めて理解した。

 ケイが魔法に順応し、成長の速度が早いことも、その事実を知って納得した。


「ケイには……まだ秘密があるような気がする……あなたには、ケイを見守ってほしい……あなたは血筋もよく、聡明だ……託せるのは、あなたしかいない……」


 ハクエンは力強く頷き、モクランを抱きしめた。


「頼んだよ……」


 それが最後の言葉であった。

 ハクエンの胸の中で、その命が燃え尽きていく。

 希代の英雄の死。

 そして、かつての宿敵であり、恋敵であった女の死。


 ハクエンは涙した。

 ハクエンはモクランの体を馬に乗せた。

 東晋に奪われるわけにはいかないのだ。


 月の明かりの下、

 太陽と呼ばれた女の意志が、

 月と呼ばれた女に受け継がれた。


 ハクエンは、涙が止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ