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学生に不人気な時代を研究していた大学教授、異世界で奴隷から皇帝へ  作者: 越後⭐︎ドラゴン
征西編

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64話

 オウモウは病に伏せていた。

 モクラン軍が氐へ侵攻した頃から、激しい頭痛に襲われ、ある日ついに倒れた。


 数日間の昏睡ののち目を覚ましたとき、右半身は思うように動かず、言葉も舌がもつれるようになっていた。

 かろうじて右手だけは動いたため、言いたいことは筆談で伝えた。


 フケンに仕えて以来、休む間もない激務であった。

 家に帰らず、政務室で夜を明かすことも珍しくなかった。


 そのような状態になっても、オウモウは出仕をやめなかった。

 だが日を追うごとに体力は削がれ、ついには床から起き上がることすら困難になっていった。


 ―――王の天下統一を見ることが出来ぬとは。


 その頃、フケンが見舞いに訪れた。

 衰弱しきったオウモウの姿を目にし、フケンは言葉を失った。


 ほんの数か月前まで、朝から晩まで政務を裁いていた男である。

 その面影は、もはやどこにも残っていなかった。


「お主がいなくなったら……余は、どうすればよいのだ」


 フケンの言葉には、偽りはなかった。

 軍事ではトウキョウらがいたが、内政においてオウモウに並ぶ者はいなかった。

 モウハも才覚はあるが、国全体を束ねる器ではない。


 オウモウは静かに筆を取り、震える手で文字を綴った。


「ボヨウスイを、重用なさらぬよう」


 オウモウは以前から、この点だけは譲らなかった。

 ボヨウスイは才覚も人望もあるが、人の下に収まる器ではない。

 国が揺らげば、必ず独立する――それがオウモウの見立てであった。


 フケンは何度も聞かされた言葉に、内心では煩わしさを覚えたこともあった。

 だが今は、黙ってうなずいた。


 オウモウは、さらに一枚、紙を差し出した。


「東晋への遠征は、なされませぬよう」


 フケンは眉をひそめた。

 天下統一を成すには、東晋を避けて通ることは出来ない。

 なぜ、最後の最後でこのようなことを言うのか。


 ―――王には、理解できぬであろう。


 オウモウはそう悟り、わずかにうなずいた。

 そして静かに目を閉じた。


 眠っているだけのように見えたため、フケンは起こさず、音も立てずに立ち去った。


 その数日後、オウモウが亡くなったという知らせが届いた。

 氐との戦争の最中であったため、葬儀は静かに執り行われた。


 フケンは深く息を吐いた。


 王となって以来、多くの人材を登用してきた。

 だが、今になって思い知る。

 オウモウが、一人でどれほどの重荷を背負っていたのかを。


 フケンは、自ら政務を執るようになった。

 だがその忙しさの中で、ある種の焦りが芽生えていた。


 ―――早く、天下を取らねばならぬ。


 氐を滅ぼした後は、残る敵は涼と東晋。

 フケンは涼を滅ぼしたのち、東晋へ親征する決意を固めていた。


 皇太子フトウでは、この乱世を乗り切れない。

 自分の代で、天下を掌握せねばならない。


 北の地には、弟フユウがいる。

 有能な人物であった。

 フケンはフユウを呼び寄せ、トウキョウのもとで用兵を学ばせた。


 涼への侵攻は二手に分ける。

 天水からモクラン軍を、長安からヨウチョウを出す。


 ヨウチョウは、もとはボヨウスイの副官であった。

 オウモウの進言に従い、あえて引き離し、西へ配したのである。


 フケンの胸中では、

 東晋親征に従う将は、モクラン、フユウ、そして――ボヨウスイであった。


 ―――オウモウは、結局、余の理想を理解してくれなかったのか。


 だが同時に思う。

 もし天下を取ることが出来れば、あの世のオウモウも、きっと何も言わぬだろうと。


 フケンは北の極星を見上げた。

 星の中心があの星であるように、

 天下の中心もまた、自身であると信じて。



 ケイは失意の底にあったが、サクに誘われて、長安での休暇の残りを二人で散策することに使った。繁華街で食べ歩きをしたり、長安郊外の景勝地を見たりした。


 ―――まるでデートだな。


 ケイは、このように女性と歩くのは、転生前に別れた妻と以来であった。若い頃を思い出す。大通り公園や、大学構内のポプラ並木を一緒に歩いたものだった。


 ケイはサクの手を取り、つないだ。恋人つなぎというものだ。この世界には、このような手のつなぎ方はしないようだ。サクは驚いたが、微笑み、手を握り返してくれた。


 ほんの一時の幸せな時間である。まもなく天水に帰還しなければならない。帰還後は、涼への遠征が待っている。


 今日で長安を発つという日。部隊は長安郊外に集結させている。ケイとサクは身支度を整え、宿を後にした。


 長安の街は、いつもより賑やかであった。ケイが尋ねると、皇太子のフトウが結婚の祝いで、街の中を行幸するという。


 馬車の列が見えてきた。煌びやかな騎馬隊が先導している。群衆の前では、警ら隊が目を光らせている。やがて馬車がケイの目の前を通る。


 ケイは驚きのあまり、目を見開いた。


「レイ!?」


 なんと、皇太子の隣にはレイがいたのだ。にこやかに群衆に手を振る皇太子とは対照的に、レイはどこか寂しげな表情である。奴隷だった面影はなく、紅白で彩られた漢服は、とても華やいでいた。


「レイ! レイ! おれだ! ケイだ!」


 だが、ケイの叫びは群衆の歓声にかき消される。ケイが飛び出そうとすると、警ら隊が気づき、遮ってきた。


「待ってくれ! レイ! こっちを向いてくれ!」


 レイはケイに気づくことなく、馬車の姿は遠くなっていく。なおも追いかけようとするケイを、サクが腕をつかんで止めた。警ら隊がケイを睨んでいる。ここで飛び出したら、捕縛されてしまう。


 やがて群衆は解散していった。


「やあ、皇太子の奥方様は、えらい別嬪だったなあ」


 群衆たちは口々にそう言う。そして――


「あの方はモウ家の御息女らしい。モウレイというお名前みたいだぞ」


 ケイはその言葉に、ハッとした。レイは奴隷として売られたのではなく、どういうわけか養子となり、皇太子に嫁いだというのだ。モウ家の家宰がどうりで隠すはずであった。


 ―――皇太子の妃なら、いくすえは皇后だ……


 そう考えたとき、ケイは愕然とした。史実では、フトウはこの先、フケンを継ぎ王となる。そして、フトウの正室はモウ皇后だ。


 モウ皇后は、史実で戦死するのだ……。




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