63話
モウハの屋敷はすぐに分かった。鄴の時のような苦労はなく、ケイは緊張の面持ちでモウハの屋敷を訪れた。
ケイは屋敷の門衛に名前と身分を伝え、モウハに会いたいと言った。だが、門衛は冷たく言った。
「モウハ様はお忙しい方だ。お前のような隊長ごときにはお会いにならない。どうしても会いたいと言うなら順番待ちだ」
ケイは隊長ごときと言われイラっとしたが、気を取り直しどれほど待つのか聞いた。
「お前のようにモウハ様に取り入ろうとするやつはたくさんいる。あと1年は待ってもらわないとな」
門衛の言葉に愕然とした。その時、身分の高そうな格好をした男が門から現れ馬車に乗ろうとしていた。ケイは思わず駆け寄り叫んだ。
「モウハ様ですか!?どうか俺の話を聞いてください!」
門衛が割って入る。モウハは一瞥しただけで、馬車に乗り込んだ。ケイが馬車を追いかけようとすると、門衛がケイの体を押さえ込み止めた。
「いい加減にしろ!無礼を働くと牢にぶち込むぞ!」
ケイはここで問題を起こすことは出来ないと思い、おとなしく引き下がった。宿に戻る足取りは重たかった。
「わたしが天水に戻りモクラン様に紹介状を貰ってきましょうか?」
サクの申し出にケイは首を振る。あの様子では仮にモクランの紹介状があったとしても会えるのは相当先のような気がした。
次の日もその次の日も、ケイはモウハの屋敷を訪れて門衛に頭を下げモウハに会わせて欲しいと言った。行くたびに門衛は追い払う。
だがケイは諦めなかった。モウハの屋敷の前に座り込み、会わせてくれるまでここをどかないと言った。道を行き交う人々が、なんだあれはとヒソヒソとケイを指差し話あう。
「おい!やめろ!変な誤解されるだろ!わかった。家宰に伝えるからここで待て!」
門衛はそう言って中に入る。ケイはしばらく待つと門衛は恰幅のよい男を連れてきた。
「お前か。モウハ様に会わせろと騒いでる小僧は」
家宰は面倒くさそうであったが、ケイを屋敷に入れ話を聞いた。
「レイという奴隷に会わせてください。彼女はわたしの幼馴染なのです」
ケイは単刀直入に家宰にレイに会いたいと言った。
「奴隷?レイ?あぁ、あの娘ならもうここにはいないぞ」
家宰の言葉にケイは愕然として、ではどこに居るのです、まさか売ったのですかと言った。
「売るだと?無礼なことをいうな!モウ家がそんな奴隷商人のようなことをするか!」
家宰はケイの言葉に憤然として立ち上がった。
「申し訳ございません。レイは今どこに居るのでしょうか」
ケイは謝り再度尋ねたが、家宰はこれ以上は面倒なことが起きると感じ、ケイの質問に答えなかった。
「あの娘にお前ごときが会う事が出来ると思うな!」
家宰はそう言い捨てると部屋を出てしまった。取り残されたケイは、いったいどう言う事だと家宰が言ったことを考えた。だが、全く見当もつかずケイは目の前が真っ暗になった。
サクは、暗い表情で抜け殻のようになっているケイを見て、心を痛めた。鄴でも同じような事があった。あの時はサクが促すまで、ケイは何も言ってくれなかった。
だが今回はケイの方から状況を説明してくれた。
「レイには会えなかったよ....モウ家にはいないらしい....」
「ではいったいどこへ?」
サクは聞き返したが、ケイは首を振った。ケイの目から一筋の涙が流れる。サクは可哀想なケイと言って抱きしめた。
翌朝、ケイは再びモウ家を訪れた。レイがどこに行ったのか聞くためだ。だが、モウ家の門の前には、長安の警ら隊が待ち構えていた。
「モウ家から苦情が来ている。これ以上、ここに来ることは許さん。引き下がれ」
ケイを家宰の対応に驚いた。よほどレイのことを知られてたくないのでだと感じた。警ら隊に睨まれ、ケイは引き下がるしかなかった。
もうすぐ休暇が終わる。期日までに天水に帰還しなければならない。ケイは悲嘆にくれ宿の寝床に横たわった。
ーーーモウ家のあの反応...レイに会うことは出来ないのか...
サクが宿へ戻ってきた。夕飯にと饅頭と肉と酒を少々買って来ていた。
本当は美味い饅頭なのであろう。中は熱々の肉汁が閉じ込められ、饅頭の皮によく染み込んでいた。だが、ケイは何も味を感じなかった。
酒を飲んでも酔わなかった。もともとケイは酒に強い体質だ。酔いたいのに酔えない。ケイは杯を投げ捨てた。
そんなケイを見て、サクは居た堪れなくなり、先に湯に入ると言った。ケイは項垂れていた。
しばらくしてもサクは浴室から出てこなかった。ケイは少し心配になり、浴室に行き声をかけた。
「ケイ...来て...一緒に入ろう」
浴室の扉を開けるとサクが立っていた。布で体を隠している。ケイはその誘いを受けた。サクの事をレイの代わりにしても許してくれると思ったのだ。だが、サクはケイの気持ちを察したかのように言った。
「わたしはレイでは無い。でもケイに寄り添っていたいの...しっかりわたしを見て」
月明かりに照らされ、湯面が輝いている。浴室は半露天になっている。ケイはサクの体の布を取る。そして一緒に湯に入った。
湯に浸かりながらケイはサクに口付ける。それは甘くなく、何か覚悟のような、そして誓いのような力強さがあるものであった。
「それでいいわ...」
サクが囁き、ケイの首に腕を回す。細い体が、湯の中でケイに寄り添った。よく鍛え上げられたその体は、触れるたびに湯面を微かに揺らした。
やがて月明かりだけが残り、二人の影は湯の熱の中に溶けていくようであった。湯面に映る月の姿が、大きくゆっくりと揺れるのであった。




