62話
丘の上のフトの陣はもぬけの殻であった。ケイは罠だと思い、陣の中をじっくり周り、何か仕掛けがないか探した。落石の仕掛けがある。一斉に撃つ連弩もある。だがそれらは使う人がいなければ発動しないものであった。エイゲツが放った物見が帰ってくる。氐軍5千ほどが、天水に向け退却していると。
フトは近くで戦闘の音がし、さてはヨウアンが負けたのかと勘違いして逃げ出してしまったのだ。ケイは拍子抜けする。エイゲツは追うべきだと言った。フトを撃破し、そのまま天水を攻めるのだ。
「分かった。行こう...」
ケイは五百人将にすぎないが、いつの間にかエイゲツとジュンカンは、ケイの言葉を待つようになっていた。この戦の間に、2人との関係は進んでおり、ケイへの信頼を深めていたのだ。
ジュンカンを先頭にして、フト追撃が開始される。
ヨウアンは丘の上にいたフトが戦わずして逃げたのを聞いて頭を抱えた。
「ここまで無能だったのか.....」
丘という有利な地形に加え、敵を迎撃する備えもあったのだ。送った援軍と連携したら、並の将なら落とされることなどありえないのだ。
それが何もせずに逃げるとは何事であろうか。送った援軍はかえって秦軍に挟撃され壊滅していた。
モクラン軍も徐々に丘へ向けて移動を開始している。天水には戦う兵がほとんどいない。氐は全軍あげてここで迎え撃とうとしていたのだ。
「追いついたぞ。突撃!」
エイゲツとジュンカンがフトの軍に一斉に襲いかかる。
「逃げろ!早く天水へ向かえ!」
フトは声を枯らし必死に逃げた。ジュンカンが石礫を放つと、フトの後頭部にあたり、フトは馬から転げ落ち秦軍に捕まった。フトの軍はそれを見て助けに入るどころか散り散りになり逃走した。
「これほどの陣が無傷で手に入るとは...」
モクランは丘の上の陣に入る。丘の麓にはヨウアンの軍が追って来ていた。
「石を落とせ!」
モクランは陣にあった落石の計を発動する。大きな石が斜面を転がり、登ってくるヨウアン軍を薙ぎ倒していった。
「くそ!あの馬鹿者は計略すら使わないで逃げたのか!」
ヨウアンは悔しさのあまり指揮棒をへし折り投げ捨てた。落石で混乱するヨウアン軍に向け、秦の騎馬隊が逆落としに突撃してくる。
その勢いを氐軍は止めることが出来ず崩壊した。秦の騎馬隊が下がると、今度は頭上から連弩の矢が降り注ぐ。ヨウアンはたまらず軍を下げた。
「もはや天水に行くことは出来ない...諦めるか...」
ヨウアンはもともとフソウやフトに対して忠義心があるわけではない。ヨウアンはまだ4万以上はいる残兵をまとめて涼へ亡命するべく戦場を立ち去った。
ケイは天水に投降を呼びかけようと言った。天水には防御するための軍がいない。秦軍が囲むと、投降を呼びかけるまでもなく、フソウは門をあけ投降してきた。
「どうか、お命だけはお助けを...」
ケイはとても惨めな姿だと思った。フソウが投降したことをモクランへ知らせる。
天水に秦軍が入城する。涼の支援のおかげで街はそれなりに発展しており、そこに住む民もそれなりの生活をしているようであった。
ケイはフソウとフトは結局、何をしたかったのと考えた。王族の意地と言うのであろうか。だが、その意地も大したことがなかったのだ。所詮は他人に担がれていただけなのであろう。
ーーー俺もいつの日か代の再興の為に立ち上がる日が来るのか....
ケイは史実では皇帝になる男である。この世界ではその道はまるで見えていないが、その時がくればフソウとフトのように誰かに担ぎあげられるのであろうか。ケイは沈む夕日を見ながら考えるのであった。
モクランの元に首都長安から指令が届く。天水に留まり、涼侵攻の準備をせよというものであった。涼は氐より強い。長安から更に別の軍が送られるということであった。
ーーー長安には戻れないのか...
ケイは長安に居るというレイの行方を探したかった。モクランはそんなケイの気持ちを察して、フソウとフトを長安へ護送せよと命じた。
「涼への侵攻はまだ当分先だ。1ヶ月ほど長安でゆっくりしていて構わないぞ」
ケイはモクランに感謝し長安へ向かった。フソウとフトを引き立てると、フケンがいる宮殿へ通された。
ーーーここにモウハもいるのか...
フケンはフソウとフトを許さなかった。彼らはエンの元国主ですら長安に庇護されており、同族ならば当然に庇護されると考えていたのだ。
だが、フケンは同族なのに協力もせず、かえって反旗を翻したフソウとフトを許さなかった。
「処刑せよ...」
フケンはそれだけをいい、フソウとフトを手で追い払うような仕草をした。2人は抗議したが、衛兵に引き立てられていく。やがて宮殿の外から断末魔が聞こえ、2人は首だけとなり長安の広場に晒された。
「大義であった。モクランには褒賞を授けよう」
フケンはケイに声をかけて、立ち上がり奥へ下がっていた。居並ぶ廷臣の中にモウハがいるのか。ケイは誰かモウハなのか分からなかった。
ケイは宮殿を出て、役人に案内された宿舎へと戻った。ケイはモクランに紹介状を書いて貰えばよかったと後悔した。モクランは戦以外のところは抜けたところがある。
ケイは隊に2週間の休暇を与えた。兵たちは喜び、長安の街に繰り出すものや、この機会に帰省するものもいた。
ケイはサクと共に長安の街を歩いた。こうして2人で過ごすのは、鄴へレイの行方を探しに行った以来である。ケイは長安の繁華街に構える湯宿をとった。モクランから路銀を渡されているし、役人からもかなりの滞在費を貰っていた。鄴で泊まった宿より立派な構えの宿を選んだ。
部屋は2つ寝床があり広かった。そしてなんとその宿は内湯だけでなく、客室にも掛け流しの風呂が備え付けられていたのだ。ケイとサクはお互いの顔が赤くなるのを感じていた。




