59話
ヨウアンは中央を厚くした。重装備の歩兵を配置し、モクランを打ち破ろうとする構えだ。西域の装備とみえ、全身が鎧で覆われていた。
「やっかいな軍だな……」
あれほどの重装備では、槍を立てても突き刺さらないだろう。モクランは前衛を、盾と片手剣を持つ歩兵に入れ替えた。
ヨウアンが采配を振ると、重装備兵が突進してくる。モクランは地面に手をつき、水の魔法を流し込んだ。重装備兵がぶつかる寸前、地面が一気にぬかるむ。
重装備兵は足を取られ、動けなくなった。そこへ盾兵が襲いかかり、兜のわずかな目の隙間から剣を突き立てる。
重装備兵は身動きが取れないまま大剣を振り回し、近づく秦兵を薙ぎ倒す。だが次第に身体は深く沈み、大剣すら満足に振れなくなり、次々と剣を突き立てられていった。
「小癪な真似を。だが、初めからそのような大技を使って、いつまで持つかな」
ヨウアンは、モクランの魔力がすぐ尽きると踏み、第2波、第3波を送る。
モクランは同じように水魔法を使い、重装備兵を沈めていった。
だが、魔力を大量に消耗したモクランは、ついによろめく。
それを見たヨウアンは頃合いと判断し、騎兵を突撃させた。
地面はぬかるんでいたが、氐の騎兵は埋まった重装備兵を足場にするように踏み越え、突進してくる。
「槍隊! 前へ!」
盾兵と入れ替わり、槍兵が前に出る。
氐の騎兵は槍に串刺しにされ、馬上から投げ出される。だが、勢いに押され、踏み潰される秦の槍兵もいた。激突は互角だった。
ヨウアンは騎兵の第2波を投入する。
モクランは槍兵を前後で入れ替え、再び槍を突き出させた。
だが第2波の騎兵は魔道具を装備していた。
石礫の散弾が放たれ、秦軍は次々と倒れる。
「くっ……!」
モクランは魔力を絞り出し、水の壁を展開する。
石礫は勢いを削がれ、壁に当たって地面に落ちた。
氐の騎兵が反転して下がる。
モクランは左右の軍に合図を送った。
「ケイ! いくぞ!」
合図を受け、ジュンカンが戻り際の氐騎兵の横腹を突く。
ヨウアンは、魚鱗の鱗を剥がすように、騎兵の小隊群をジュンカン軍へ差し向けた。
「攪乱だ! 戻るぞ!」
ジュンカンは深追いせず、隊を固めて元の位置に戻る。
氐の小隊群は、まとまったジュンカン軍に弾き返された。
「なかなか良い動きをする」
ヨウアンは秦軍の連携に感心した。
「だが、こちらはどうかな」
エイゲツの側面には、傭兵の大男たちが立ちはだかっていた。
「くそ! またこいつらか!」
エイゲツは毒づくが、内心では怯みが生じていた。
あの大男たちに締め上げられ、組み伏せられた記憶が、どうしても蘇ってしまう。
エイゲツ軍の動きは鈍り、大男たちに押さえ込まれる。機動力を失ったエイゲツ軍は、明らかに劣勢だった。
「このわたしが、ビビっているというのか!?」
エイゲツは自分を叱咤し、剣を石で巨大化させる。
振り下ろされる一撃で、大男たちの頭部が砕け散った。
モクランは、エイゲツ軍の動きが鈍っていることに危険を感じ、騎馬隊を援軍として送る。
その分、中央の本隊は薄くなる。
ヨウアンはそれを見越していたかのように、ニヤリと笑い、モクランへの攻勢を強めた。
鶴翼は中央が崩れれば、両翼は壊滅する。
ジュンカンは氐の騎兵と互角に渡り合っている。
勝敗は、中央――モクランの粘りにかかっていた。
遠くで、エイゲツ軍が押されているのが見える。
ケイは焦りを覚えた。エイゲツが崩れれば、モクランは側面から突かれる。
「ハクエン、サク、駆けるぞ!」
ケイの判断は早かった。反対側のエイゲツ救援へ向かう。
わずか五百人隊が、戦場のど真ん中を縫うように駆け抜けていく。
ヨウアンは訝しんだが、たかが五百人と判断し、無視する。
モクランは、ケイが戦場を横切るのを見て目を見開いた。
――戦場の端にいて、全体を見ているというのか……
ハクエンもまた、ケイの決断に驚いていた。
――まるで、カク様のようだ。
カクは無謀なことはしないが、判断が早かった。
ケイの姿が、わずかにカクと重なって見えた。
「いくぞ! 大男どもの背を撃つ!」
ケイは火の矢を放つ。威力を抑え、連射する。
火の矢は大男たちの背に突き刺さり、炎が立ち上る。
突然の背後攻撃に、大男たちは混乱した。
「ケイが来てくれたのか!?」
エイゲツは、これ以上無様な姿を晒すまいと奮い立つ。
「これ以上、舐めた真似は許さねえ!」
脳裏に浮かぶ下品な笑みを振り払い、拳大の礫を連続で放つ。
大男たちの頭が次々と吹き飛んだ。
「馬鹿な……なんだ、あの男は。五百人将のくせに……!」
ヨウアンは、完全にケイを見誤っていた。
「まさか……砦を抜いたのは、あの男か……」
芽を摘まねばならない。
ヨウアンは自ら剣を抜き、麾下の騎兵二千を率いて駆け出した。
「ケイ! 新手が来るぞ!」
ハクエンは即座に前へ出て、水流剣を振り下ろす。
ヨウアンの剣は弾かれ、ケイの首は守られた。
「ちっ……なんだ、あの女は!」
ヨウアンは退き、距離を取る。
五百人隊に将軍級が揃っている――想定外の事実に、背筋が冷えた。




