58話
ケイは砦をもう一度見渡す。
――間違いない。
そう確信した。
ケイはサクに、二百騎を連れて突入すると告げる。
「たったそれだけで大丈夫なの!? 死にに行くようなものだわ!」
「この砦を抜くには、素早さが命だ。大丈夫だ。俺の言うことが信じられないのか」
いつもより自信ありげなケイに、サクは少し驚きつつも、付いて行くと答えた。
「あの門から突入する。サク、入ったらすぐ、あの監視塔の兵を弓で倒してくれ」
ケイが指し示した門は小さく、中がどうなっているのか分からない。
サクは不安を覚えたが、黙ってうなずいた。
「あれを射ればいいのね……」
ケイは二百騎を率いて、門の一つから突入する。
それと同時に、サクは矢継ぎ早に矢を放ち、監視塔の兵を射殺した。
「さすがだ。このまま、あそこから抜ける」
ケイは中央――指揮官がいるであろう場所――には向かわず、侵入した門の対面にある門を目指した。
「あそこの監視塔を!」
サクは、ケイが指差した監視塔の兵を射る。
ケイの二百騎は一騎の損失もなく、砦を駆け抜けた。
砦の指揮官は、二百騎が抜けたと聞き、怒り出した。
ヨウアンからは「万が一、砦を抜ける者が出ても放置せよ。砦の先に布陣している本隊が狩る」と命じられていた。
だが、これほど容易く抜かれたとなれば、ヨウアンは自分の進言を忘れ、責任を押し付けてくるだろう。
指揮官は、これまで何度も同じ目に遭ってきた。
「追え! 絶対に逃すな!」
砦から千騎ほどが飛び出してくる。
それを見て、ケイはぐるりと方向を変え、最初に入った門とは反対側の門から、再度突入した。
「一斉騎射!」
この門には弓隊が待ち構えていた。
だが、ケイは敵の弓隊が反応するより早く騎射を命じ、次々と撃ち落としていく。
監視塔の兵が倒されていることで、明らかに敵の反応は鈍かった。
「中央を突破する。止まるな!」
ケイは中央へ向かう。
指揮官は、まさか再突入してくるとは思っておらず、慌てて砦の外に出た騎兵を呼び戻させ、ケイを包囲しようと動いた。
ケイは火の矢を前方に放つ。
敵は左右に散り、道が大きく開いた。
そこを、ケイは一気に駆け抜ける。
砦の中の氐軍は翻弄され、大きく乱れた。
「今だ! 突撃するぞ!」
砦の内側が乱れているのを感じ取り、ハクエンは最も大きな門から騎馬二千を率いて突入した。
ジュンカンは、その判断に一瞬ついていけなかった。
「くそ……出遅れたか!」
その時、ケイの騎馬隊が、別の門から飛び出してくる。
一騎の損失もなく、見事に砦の中を攪乱しきっていた。
そこへ、ハクエンが砦の中央へ飛び込み、指揮官の首を一瞬で落とした。
歓声が上がる。
氐軍は砦から叩き出され、秦軍がこれを占拠した。
ほとんど犠牲が出なかったことに、モクランは驚き、そして喜んだ。
帰還するケイを、思わず抱きしめてしまう。
「み、みんな見ています……」
ケイの言葉に気づき、モクランは顔を赤らめてケイを離した。
サクは、なぜケイが砦の仕組みを知っていたのか、不思議に思っていた。
ケイには、やはり自分の知らない秘密がある――そんな気がしてならなかった。
ジュンカンは、ハクエンのように瞬時に動けなかった自分を悔いていた。
「これが……将軍との差なのか……」
五千人将と将軍。
その力量の差を、痛感する。
⸻
砦があっさりと落とされた報告を聞き、ヨウアンは伝令を蹴り飛ばした。
落とされただけではない。
秦軍を、ほとんど削ることができなかったという。
ヨウアンは、この砦で秦軍を一万は削る算段だった。
「罠を見破った者がいるというのか……」
モクラン軍に軍師がいるという情報はなかった。
思わぬ事態に、ヨウアンは警戒せざるを得なくなる。
「将軍! 話が違うではないか!」
氐軍を率いるフトは、秦軍が五万五千ほどいるのを見て、ヨウアンに抗議した。
想定では、この時点で秦軍は四万ほどに削れ、氐軍が数的優位に立つはずだった。
「どうやら敵には、頭の切れる者がいるようです」
その答えに、フトは椅子を蹴り飛ばす。
「だったら己の用兵で挽回してみせよ!」
ヨウアンは頭を下げながらも、内心ではフトに強い苛立ちを覚えていた。
――無能なお飾り大将が……。
天水にいるフソウも、フトと大差はない。
涼の支援を受け、一時的に調子づいているだけで、本来はフケンに相手にもされない取るに足らぬ存在だ。
ヨウアンは、フケンの前王に近衛兵として仕えていた。
フケンがクーデターを起こし前王を殺した際、フソウに従って逃れ、氐建国に関わった。
前王は暴君ではあったが、ヨウアンは忠義を尽くしていた。
だからこそ、フケンを許さず、いつか討つと心に誓っていた。
だが、フソウもフトも、国を建てただけで満足し、フケン討伐の軍を動かさなかった。
その間に秦は代、燕を滅ぼし、国力差は開く一方だった。
ヨウアンは愚鈍な氐を動かすため、涼に支援を求めたのだ。
ようやく氐は、秦と一戦交えるだけの軍を持つ。
そこで初めて、フソウとフトは「フケンは正統な王ではない」と言い出したのである。
「フケンを討つまでの辛抱だ……」
ヨウアンにとって、フソウもフトも用済みだった。
前王の仇を討てば、それでいい。
この二人に国を治める器量はない。
⸻
秦軍が布陣する。
モクランは、回復したエイゲツを左翼に、ジュンカンとケイを右翼に置き、鶴翼の陣を敷いた。
ハクエンはケイの副官に戻る。
それを見たヨウアンは、即座に魚鱗の陣へと変える。
「瞬時に陣を変えるとは……何と統率の取れた軍だ……」
モクランは、滑らかに陣を変えていく氐軍を見て舌を巻いた。
魚鱗の陣は、中央――すなわちモクラン自身を突く構えである。
モクランは剣を抜いた。
「受けて立つ」




