57話
秦軍への伏兵による攻撃は何度も続いた。昼間も木の影から氐軍が襲いかかる。エイゲツはそれを払いのけ続けた。
夜は地下からの伏兵に警戒し、陣を張る前に魔法で土をひっくり返す。伏兵はいない。だが、そのたびにエイゲツは魔力を削られ、夜も眠ることが出来なかった。そして昼になれば、やはり伏兵が襲いかかってくる。
「くそ……しつこいやつらだ……」
エイゲツはかなり疲弊していた。足も重く、何日もまともに眠っていない。
だが、エイゲツが先行することで、モクラン本隊は安全に進むことが出来ていた。
エイゲツ軍は山中を進むこと七日目、広めの千畳敷に出た。斥候を放ち、そこに三千の氐軍が陣を構えているのを察知する。数の上では秦軍が多い。だが、エイゲツは疲労のあまり判断が鈍っていた。
「真っ向から受けるというなら、叩くのみだ! 突撃!」
エイゲツは先頭で駆ける。だが敵の目前に来た瞬間、足場が消えた。
落とし穴であった。
穴の中には槍が突き立っている。エイゲツは咄嗟に足元へ石の壁を張り、槍を塞いだ。しかし周囲の秦軍は次々と穴へ落ち、槍の餌食となった。
「こんな単純な罠に嵌るなんて……」
頭上から土が降ってくる。氐軍は、穴に落ちたエイゲツ軍を生き埋めにしようとしていた。
「まずい! 早く脱出しろ!」
エイゲツは石の壁で土を防ぎつつ、穴から這い出ようともがく。しかし土は次々と被せられ、前へ進めない。
「ここで死ぬのか……」
その頃、ケイはエイゲツが相当な苦戦を強いられていると感じ、本隊を離れて先行していた。前方から戦闘の気配がする。ケイは馬腹を蹴り、急いだ。
「エイゲツ!」
ケイは、生き埋めにされかけているエイゲツを見て怒りを燃やす。火の矢を敵陣へ放ち、サクにも一斉掃射を命じた。五百人隊と知った氐軍は、逆に打って出てくる。
そこへハクエンが前に出た。
「エイゲツ軍よ、続け! 将軍を救出せよ!」
ハクエンは後方で混乱していたエイゲツ軍をまとめ、出てきた氐軍を打ち破った。もともと将軍であるハクエンの指揮で、エイゲツ軍は立て直され、逃げる敵を追撃し粉砕する。
ケイはエイゲツを救い出す。
「遅かったな……ケイ……」
悪態をつくエイゲツだったが、ケイが顔についた土を指で拭うと、エイゲツはかすかに微笑み、そのまま気を失った。エイゲツは後方へ運ばれた。
ここまででエイゲツ軍は三分の一、三千を失っていた。モクランはそのまま、ケイにエイゲツ軍の残りを率いさせ、先行を命じた。
やがて砦が見えてくる。この砦を越えれば、天水へ通じる平野に出る。
砦は一見すると隙だらけだったが、ハクエンは罠が張り巡らされていると感じ、モクランの到着を待つべきだと進言した。ケイはその言葉に従った。
「思ったより削れていないな……」
砦の中にいるヨウアンは、秦軍の損耗が予想より少ないことに不満そうだった。それだけエイゲツがよく耐えたということでもある。
「まあよい。この砦で、しっかり削ってくれる」
そう言い残し、ヨウアンはフトの本隊へ戻っていった。
モクランは砦の異様な気配に攻撃を躊躇い、ジュンカン、ケイ、ハクエンを集め軍議を開いた。道中の伏兵と罠をエイゲツが引き受けたことで、本隊は無傷でここまで来ている。土まみれで運ばれたエイゲツの姿を思い出し、モクランは胸を痛めていた。
この砦の攻略にも、誰かが罠を踏む役目が必要になる。モクランは誰にその役を負わせるべきか、思い悩む。
「ここは、俺が先行して進む」
ケイが名乗りを上げた。
モクランは却下したかったが、頷くしかなかった。天水での決戦を見据え、主力を温存する必要があった。ケイの先行は理に適っている。
だが、ケイは五百人隊である。砦の守備兵に対しては心許ない。ハクエンが臨時に指揮するエイゲツ軍から、二千をケイにつけた。
「ケイが道を開いたら、順次制圧せよ」
モクランはジュンカンとハクエンに命じる。
ジュンカンは、ケイが死兵のように扱われることに抗議したかった。しかしモクランが拳を握り締め、血が滲むほど耐えているのを見て、言葉を飲み込んだ。
「ケイ……死ぬなよ」
それが精一杯だった。
ケイは砦の前を何度も往復し、観察を続けた。砦から敵は出てこない。中の兵力も分からない。
砦には不自然なほど多くの門が開いていた。大小様々で、まるで「入って来い」と誘っているかのようだ。そして、この砦を通らねば先へ進めない構造になっている。
壁は頑丈な石造りで、火の矢で焼き払うことは出来ず、破壊も困難だろう。
「こんな砦、見たことがないわ……」
サクが呟く。
だがケイには、この構造に確かではないが思い当たる節があった。
大小様々に開いた門。入れば罠が待ち、全滅の危険すらある。砦の内側には監視塔が複数立っている。侵入した敵の位置を知らせる役目なのだろう。
つまり――内部は迷路構造。
「この砦の仕組み……知っている気がする……」
ケイは呟き、門の位置と大きさを何度も見比べた。
――そうか。これは八門金鎖の陣だ。
転生前、教授として興味本位で調べた陣形。三国志演義に登場するあの陣だ。徐庶があっさり見破ったが、どのように破ったかは詳しく語られていない。
だからこそ、ケイは自分で研究し、何度も図解した。その記憶と、目の前の砦が重なる。
ケイは砦攻略の糸口を掴み、不敵に笑った。




