55話
モクラン軍は氐に侵攻する途中、首都長安でフケンの閲兵を受けるという。
長安と聞き、ケイの心は踊った。
ーーーレイの居場所がわかるかもしれない。
レイは長安に居るモウ家という上級貴族のもとに居るという。ケイはモクランにモウ家を訪問する事は出来るかと聞いた。
「あなたの幼馴染の子が売られたという家ね...」
モクランはモウ家の当主、モウハはオウモウと同じく中央の元官僚であり、フケンにより見出され大臣となっている。モウ家は三国に分かれていた頃の、ギの武将から続く家系であり、武将を輩出することもあれば、政治家も世に送り出すこともある文武両道の家柄であった。
「残念ながら閲兵は長安の郊外で行われる。その後はすぐに出発だ...」
モクランの言葉にケイは残念そうに肩を落とした。
モクラン軍は太原を出て長安へ向かった。総勢6万の軍である。対する氐も6万の軍を擁している。だが、氐はこのところ戦をしていない。数多くの戦を経験してきたモクランの敵ではないと思われた。
「ここにきて氐が強気なのは何か裏があるはずです...油断されないように」
ケイはモクランに告げる。
「氐は涼の支援を受けていると言う。他に何かあるのか?」
「杞憂だとよいのですが、氐には大物がいるかもしれません」
モクランはケイの言葉は誰を指しているのか分からなかったが警戒しようと言った。
長安が見えてくる。太原、そして鄴より遥かに大きな都市であった。歴史上、洛陽に並ぶ政治的中心地である。そして洛陽と違い要害でもあった。
モクランは長安郊外に陣取り、フケンの閲兵を受けた。
「よく訓練された軍である。モクラン、氐でうだうだ言っている者どもを尽く平らげよ」
モクランは拝礼し、フケンから節を受けた。モクランはそれを高々と掲げ、出陣の号令を下した。
歓声が湧き上がる。ここにきてモクランの人気はますます大きくなっている。トウキョウの後はモクランが大将軍になるとも見られていた。
氐に向けて進軍する。長安は春の息吹に包まれていた。
「女将軍の軍で攻めてくるとは舐められたものだ。大将も副将も女と言うではないか。フトよ!あばずれどもの首をとってくるのだ」
氐の国主であるフソウは、一族である将軍でもあるフトに迎撃を命じた。フトは氐の国都である天水から4万の兵を率いて撃って出た。
程なく、モクランはフトの軍を捕捉する。
「エイゲツ。渭水を超え氐軍より先に陣を構築せよ」
エイゲツは1万騎を率い渭水と呼ばれる川の浅瀬から対岸へ渡った。独立遊軍であるケイの五百人隊もそれに続いた。
エイゲツは氐より先に到達し、地形を見て陣を構える。渭水から先は山岳地帯だ。道も細くなる。本陣を構え氐軍と勝負するには渭水に接する平原がよいと考えた。
エイゲツが陣を構築してると、氐軍が見え始めた。氐の先鋒のようだ。およそ5千。対岸ではモクランの本隊が渡河を始めている。
「本隊がつく前に敵を叩くよ!」
本陣が出来る前に落とされては意味が無い。エイゲツは2千を陣の構築の為に残して8千を率いて氐の先鋒を迎撃した。
エイゲツは近づく氐軍の先鋒を見て驚愕した。5千人のうち先頭を走る5百人ほどが、常人より二回りは大きいと思われるほどの大男であった。全員金髪であり、瞳は青く筋骨隆々としている。そして何故か首輪をつけていた。
「あれはなんだ...西域の奴隷兵なのか」
エイゲツは先手必勝とばかりに、立て続けに拳大の礫を撃った。だが、大男たちは礫をまともに受けたのにも関わらず止まらなかった。なかには肩ごと腕をもがれた者や、腹に大きな穴が開いたものもいたが、まるで痛みを感じていないかのように突進してきた。
「馬鹿な!やつらは痛みを感じないのか!」
エイゲツは驚きのあまり立ち止まってしまった。まともに敵の体当たりを受け、馬から吹っ飛ばされる。
「くそ!まずい!」
エイゲツ軍の兵たちも百人の大男たちの体当たりを受け、馬ごと倒される。そこを首根っこを捕まれ、へし折られたり、投げ飛ばされたりしていた。
エイゲツは必死で礫を放つ。頭部を吹き飛ばされた大男がようやく倒れる。
「こいつらは頭を飛ばすかしないと死なないぞ!」
エイゲツは兵たちに確実に頭部を砕くか、首を飛ばせと指示する。だが、すでにエイゲツ軍は劣勢に立たされ崩れはじめていた。
エイゲツに大男が突進してくる。エイゲツは礫を飛ばす。だが、礫は大男の額に弾かれ、エイゲツはまともに体当たりをくらい馬乗りにされた。
ーーー殺られる!
エイゲツはそう思った瞬間、大男の首が水飛沫を上げ飛ぶ。ハクエンの水流剣が間一髪、エイゲツに跨る大男の首を飛ばしていた。
「助かったぞ!」
ハクエンは頷く。ケイの五百人隊が大男たちに雨あられと弓矢を浴びせる。
「確実に頭部を撃ち抜け!」
ケイの指示で大男たちは次々と倒れていく。エイゲツ軍も息を吹き返し立て直した。
「ケイ...まずいわ。囲まれてきている」
サクの言葉にケイは周囲を見た。大男たちと乱闘している間に氐軍に囲まれていた。敵の後続は次々と現れて包囲が厚くなっていく。
モクランは対岸の様子を見て、早く川を渡れと促した。その時である。浅瀬であったはずの川が突如うなりを上げ濁流となった。渡りかけていたモクラン軍の一部が流される。氐兵数百が川の上流から走り去るのが見えた。罠であった。氐軍は事前に川を堰き止めていたのだ。
「なんてことだ...」
モクランは愕然とした。対岸にケイとエイゲツ軍が1万弱が取り残される。モクラン本隊も今の濁流で3千は流された。次第に川は落ち着き始めるが、まだ渡れる程ではなかった。モクランは対岸の戦闘を見守るしかなく歯軋りした。
「ケイ...耐えてくれ」
ケイもエイゲツもハクエンも背後での異変に気づき焦りを感じた。エイゲツは旗を振り、陣を構築する為に残した2千を突撃させる。外からの圧力で緩んだところを突破し、2千と合流する。
だが、すでに千人ほどが討たれていた。ケイの五百人隊も犠牲を出しており、9千人強しかいない。氐の方は増え続けていた。おそらくすでに2万ほどに囲まれているようだった。
遠くの方に「ヨウ」と書いた旗が見えた。ケイはまさかと思った。ケイの危惧が現実となった。




