51話
洛陽を得て、フケンは秦国内の軍の配置を見直した。
トウキョウを引き続き襄陽に置き、洛陽までの一帯の防衛を任せる。ジョセイはトウキョウの補佐につけた。
秦に降ったボヨウタクは中山へ移し、旧燕北部一帯を監督させた。長安から役人を派遣し、秦の制度と法律を浸透させていく。
そしてボヨウスイには、もともとの領地である揚州を任せた。ただし、副将のヨウチョウは長安へ異動させ、トクは北部の治安維持に当たらせた。
ボヨウスイを重用することに、オウモウは強硬に反対していた。
「ボヨウスイは燕の象徴のような人物です。人望も厚く、秦に乱れがあれば、必ず独立します」
オウモウの弁は続く。
「秦の民と燕の民は、旧来の敵対関係にあります。長年の戦と騙し合いで、互いの反発は深い溝となっています。絶対に彼らに心を許してはなりません!」
フケンは溜息をついた。
「だからこそ、ボヨウスイを重用するのだ。彼こそが、我が統治の象徴となる」
オウモウは、ならばその力を削ぐべきだと主張した。
フケンはオウモウがあまりに言い募るため、ボヨウスイの副将であったトクを北へ、ヨウチョウを西へ動かした。エイゲツはすでにモクランの元へ戻っていた。
ソンキンは燕王を捕らえていた。
フケンは燕王を庇護し、長安に住まわせた。敵国の王族にも寛容である姿勢を示すことで、徳の王としての名声を得るためである。
ソンキンはモクランの元から引き離された。
フケンはカクとモクランの最後の戦いの顛末を聞いていた。このまま近くに置けば、いずれ抜き差しならぬ事態になりかねない。
オウモウの進言により、ソンキンはボヨウスイの監視役として揚州に派遣された。
秦にとって、敵は氐、涼、そして東晋を残すのみとなった。
氐は秦と同族であるが、フケンが王となったことを良しとしない者たちが建てた国である。フケンはクーデターによって前王を滅ぼして王位に就いており、本来、王位継承順位は高くなかった。
涼は騎馬民族の国ではない。
かつてこの世界が三国で争っていた頃に制圧され、中央の民が移住したことに端を発する。世の乱れによって中央の統治が西域の端まで及ばなくなり、やがて独立政権が成立したのだ。
「最近、氐はますます王を正統ではないと喧伝しているとのことです。燕の次は氐を討ち、王が名実ともに秦の王であることを世に示すべきかと」
オウモウの進言に、フケンはうなずいた。
「モクランに出撃を命じよ」
カクとの戦いの傷も癒えぬまま、モクランは再び戦場へ赴くことになった。
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モクランはハクエンに屋敷を与え、監視と世話のために侍女をつけた。
ハクエンは無気力そのもので、いつ自刃してもおかしくない状態であった。
「ケイ……ハクエンに声をかけてやってくれないか」
モクランは、ケイにそう頼んだ。
―――なんて無茶振りだ……
「なぜ、わたしなのですか?」
ケイは内心、とんでもない頼みだと思いながら尋ねる。
「お前は若いのに、なぜか大人びて落ち着きがある。それに、女性の心がわかるようだ……」
モクランの頼みを断るわけにはいかなかった。
外見は若者だが、中身は六十歳近い。転生前には離婚も経験している。この世界に来てからも、多くの女性と深く関わってきた。
だが、果たして自分に何ができるのか。
モクランの幕舎を出ると、エイゲツと鉢合わせした。
「よう、色男。次は、あのお綺麗なお嬢さんを慰めてやるんだって?」
「な……なんで知ってるんだ……しかも慰めるって……」
ケイが狼狽すると、エイゲツはニヤリと笑った。
「わたしがモクランに、お前を推挙したんだよ」
「!?」
「ふふ……お前はまだ、自分の魅力に気づいていないのかい? しっかり優しく包み込んでやることだね」
そう言い残し、エイゲツは手を振って去っていった。
―――いったい、どうしたらいいのだ……
思い悩んだケイは、ジュンカンの幕舎を訪れた。
余計な誤解を招かぬよう、すべてを説明する必要があった。
モクランからの命令であること、エイゲツの進言によるものだということを、包み隠さず話す。サクにも同じ説明をする必要があるだろう。
ジュンカンは複雑な表情を浮かべた。
ハクエンは不幸だ。辱めを受け、最愛の人を目の前で失った。その直接の引き金が、ケイの火の矢であったことも事実だ。
「……わたしも一緒に行こうか」
それは嫉妬ではなく、純粋な心配だった。
「ありがとう。でも、これは越えなければならない壁のような気がする。ひとりで行ってみるよ」
「……気をつけてね」
そう言って、ジュンカンはケイの肩に腕を回し、そっと口づけた。
戦続きで久しく触れ合っていなかったこともあり、その夜、二人は情熱的な時間を過ごした。




