45話
鄴からの援軍も来ない。
ボヨウスイは動かない。
ヒョウは苛立っていた。
カクが奮闘しているが、どこまで持つのか。
フケンはボヨウスイを警戒してか、本隊を動かさなかった。
なんとかボヨウスイを、あるいは東晋を動かさなければ、燕は敗北してしまう。
ヒョウは何か策はないか、必死に考えていた。
「ボヨウスイは何故だか動かない。やつが動く前に、あの邪魔な出城を破壊する策はないか?」
「誠に申し訳ございませぬ」
フケンは謝るトウキョウを手で制する。
「お主ほどの強者が攻めあぐねているのだ。カクを誉めねばなるまい。だが、そろそろやつとの決着をつけよ」
「あんたが愚図愚図してるのが悪い。疲れてヘロヘロのカクも討てないのか?」
エイゲツは、ジョセイを嘲笑うかのように言った。
「なんだと!このアマ!お前こそ、あの女将軍と乳繰り合っているんじゃねえぞ!」
ジョセイはエイゲツの言葉に激昂して立ち上がる。
ジョセイは心底、エイゲツのことが嫌いであった。
「やめよ!王の御前であるぞ!」
トウキョウは二人に座るよう命じた。
睨み合うジョセイとエイゲツ。やがてエイゲツが口を開く。
「あの出城を落とす策が、ないわけではない」
「なんだと!お前のようなあばずれが策があると言うのか!?」
トウキョウは怒るジョセイを制し、エイゲツに話を続けよと促した。
エイゲツが示した策は単純であったが、誰も思いつかなかったものだった。
ジョセイは渋る。
「お前がやらないなら、わたしが代わりにやってあげるわよ」
エイゲツはジョセイを挑発する。
「くそ!お前にされるくらいなら、俺がやる!」
ジョセイの言葉に、トウキョウはわずかに眉を顰めた。
だがフケンが「明日はその作戦で行け」と命じたため、軍議は終わった。
⸻
翌朝。
これまでと同じように、トウキョウが初手で炎の虎を放つ。
カクが水の壁で防ぐ。
互角で、大きな爆音とともに水の壁が蒸発する。
あたりに水蒸気が立ちこめる中、早くも二発目が来た。
再び、大きな爆音。
水蒸気の熱気に包まれる。
三発目。
カクは魔力を振り絞り、これを防いだ。
ジョセイとエイゲツの攻撃に備える。
だがこの日は、すぐには攻めて来なかった。
そして――四発目が放たれた。
――なぜ、四発目が撃てるのだ!?
トウキョウは魔力を温存していたというのか!?
迫り来る火の虎に、ハクエンは咄嗟にカクを庇うように覆い被さる。
火の虎は出城に直撃し、大きな音を立ててバチバチと燃え上がった。
トウキョウは魔力を温存していたわけではなかった。
三発目を撃ち、疲労で倒れ込んでいたのだ。
そこへジョセイが駆け寄り、魔力を流し込む。
トウキョウの口元へ、ジョセイは恐る恐る口を寄せる。
それを見て、エイゲツはニヤついた。
男同士で気持ち悪い、という顔をわざと作ってみせる。
ジョセイの魔力はすべてトウキョウに注がれ、トウキョウは立ち上がった。
「このアマ……覚えていろ……」
ジョセイは力なく倒れ込んだ。
トウキョウは四発目を放つ。
カクの水の壁は、もうなかった。
出城が燃え上がるのを見て、エイゲツは騎馬二万を率いて突撃する。
ジョセイの軍も、代わりに率いていた。
炎に包まれた出城から、燕軍が逃げるように飛び出してくる。
それをエイゲツ軍が討ち取っていく。
「乱すな!陣を組め!」
カクは庇ってくれたハクエンを背負い、指揮棒を振った。
ハクエンは崩れ落ちる柱に背中を打ち、気絶している。
カクの指揮により、防陣が組まれる。
エイゲツは無数の石礫を撃ち込む。
防陣に穴が開き、こじ開けるように突撃する。
エイゲツは防陣の中で暴れ回った。
そして、ハクエンを担ぐカクに目を留める。
拳大の礫を放つ。
カクは片手で必死に水流剣を振るい、礫を撃ち落とした。
カクは乱戦となった陣の中で、魔道具兵に一斉射撃を命じる。
敵味方の区別なく、水弾が撃ち抜いていった。
「くそ!なりふり構わないというのか!」
エイゲツは石の壁を作り、水弾を防ぐ。
その隙に、カクはハクエンを担いだまま馬に乗り、走り去った。
燕軍は、カクの撤退によって完全に乱れた。
「よっぽど、あの女が大事らしいな。
あれほどの男が、これほど算を乱して逃げるとは……」
エイゲツは、カクが軍の崩壊も顧みず、ハクエンを想って行動したことに、胸が少し寂しくなるのを感じていた。
――あれほど思ってくれる男が、わたしにはいるのか……。
エイゲツの愛の形は、いつも歪んでいる。
カクとハクエンの関係を、ほんの少しだけ羨んだ。
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洛陽内に撤退した燕軍は、一万を失っていた。
ヒョウはカクを怒鳴りつける。
「なんたる失態だ!」
だがカクは答えず、ハクエンを連れて自らの屋敷へ戻った。
治癒師に命じ、ハクエンの手当てをさせる。
白く美しい背中には、柱が当たった痛々しい傷跡があった。
ハクエンは時折、呻き声を漏らす。
この背中に傷が残ったなら、それは自分の責任だ。
カクはそう思い、静かに涙を流した。
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秦軍は出城を落とし、前進して陣を張る。
もはや洛陽の目前である。
秦軍の圧が、ひしひしと伝わってくる。
それでも動かないボヨウスイに、ヒョウは憤慨していた。
ヒョウは使者を送った。
だがそれは、ボヨウスイのもとではなかった。




