130話
50万という数の信者をたったの1日で失った。一方的に殺戮された。戦の指揮を取っているトクはあまりの衝撃で倒れてしまった。
ビャクレンは震えが止まらなかった。広固に来る入信希望者も、昨日の惨劇を聞いて引き返す者が多かった。城内は将校や末端の兵士、民に至るまで全員が意気消沈し、落ち込んでいた。
魏軍が前進してきている。もともといた10万に加え、ボヨウタクの3万が南下してきており、総勢13万で圧力をかけてきている。広固には8万の正規軍が残っており、戦局を打開することは可能であったが、指揮を取るトクが寝込んでしまって、誰も代わりになる者が居なかった。
「ケイ。この後はどうするつもりなの?」
ハクエンはケイの顔を覗き込んだ。ケイが昨日のように、広固の中にいる者たちも根絶やしにすると言うのではと恐れた。戦で仕方ない事とはいえ、ハクエンはこれ以上ケイに悪名に繋がることはしないで欲しかった。
「降伏を呼びかける」
ケイの答えにハクエンはほっとした。ケイがこれ以上汚れなくて済んだと思った。
魏の軍使が広固の城内に入り、ビャクレンに降伏を勧告した。
条件は、武装解除すること。信仰は認める。だが、信者は官僚にも軍人にも政治家にもなることは出来ないという内容であった。
ビャクレンは即答できなかった。太平道の理想が崩れてしまう。教義はあくまで宗教国家の樹立なのだ。政治力を持たないのであれば、存在意義がなくなる。
司教の中には魏が突きつけた条件に反発する者もいた。だが、戦争を継続するのかと問われると誰もが黙ってしまった。それだけ連環馬軍が残した爪痕は大きかった。
太平道幹部による協議は何日も続いたが、結論は出なかった。
だが、その間にトクが死んだ。倒れてそのまま目を覚めることなく死んでいった。ビャクレンとの儀式はトクの命を削っていたのだ。そこに50万の信者を失った衝撃が加わり、トクの命は完全に消えてしまった。
南燕の王であり、大司教であり、教祖ビャクレンに次ぐ地位にあるトクの死は幹部たちに衝撃を与えた。ビャクレンも深い悲しみに沈んだ。
トクとビャクレンとの間には実はチョウという子がいる。まだ幼く、その存在は一部の幹部しか知らなかった。
ビャクレンは魏の勧告に従うことにした。広固を明け渡し、徐州の下邳に移った。南燕の王をチョウとし、表向きは太平道の国とはしなかった。
広固を接収した魏は邯鄲に引き上げた。ケイは広固には入らなかった。城内には仲間の信者や家族を殺された者たちの怨嗟で溢れかえっていた。
南燕はわずかな都市を残すのみで、その勢力を大きく失った。実質的にこれで燕を名乗る国は消滅したのである。
邯鄲に帰還したケイは地図を広げる。秦の苻堅によって統一されかけた中華は、淝水の戦いによって再び多くの国が乱立することになったが、いまや残るのは魏、後秦、夏、そして東晋だけになっている。
ケイは深く息をついた。史実ではそろそろケイは死ぬ頃である。それも実の息子に殺されるという悲惨な最後であった。だが、ケイはこの世界に転生してからは、自身が死ぬ要因は意図的に排除していた。
正室にヨウカはいるものの子は作っていない。子供がいないので子貴母死というおかしな制度もなかった。
ケイの周りにいる女性たちとも結果的に関係は深くならなかった。もっとも関係のあったジュンカンは統万城におき、物理的に遠くにいる。サクは近くにいるが、ヨウカが正室となったことで、ケイとは主従関係だと割り切っているところがあった。
ハクエンとの関係は微妙であった。ケイの保護者のような態度を取っていたが、最近はどこか恋愛に似た感情を持っているような気がした。だが、一線は超えていない。ケイはハクエンとはそれでよいと思っていた。
子をなさないことで後継者をどうするのかの問題はある。それは賀蘭部の者なりを養子とすればよいと考えていた。ソンスウにも適した者が居ないか探させているのだ。
「邯鄲に遷都する。そして皇帝になる」
ケイはサイコウにそう述べた。遷都は以前から言っていることである。皇帝になるとは初めて口にしたが、後燕を平定し、南燕を退け、版図は皇帝を名乗っても差し支えのないくらい広がっているのだ。
ケイは史実のように死ぬことは無いと分かっている。ならば向かう先は中華の統一であった。カクレンとの決着をつける。そして東晋を討つ。それをケイ一代で行う。可能であると思ったし、サイコウも同意した。
邯鄲への遷都。そして戴冠の準備が着々と進んでいった。




