115話
3日目。
ボヨウリュウが前に出る。2日目の戦闘では、ただ突っ込んだだけで何も戦果を上げることができなかった。
「今日こそ我らの強さを見せつけてやる!」
ボヨウリュウはランカンの合図を待たずに勝手に突撃していった。
「愚かなやつだ……続くぞ」
ランカンはゆっくりと前に出る。策はなかった。ただ前に出た。向かい合う位置にいるハクエンの軍と睨み合う形になる。双方動かなかった。
「どうやらランカンはあの書状を見て、半信半疑のようだな」
ケイはランカンが停止したのを見て、昨夜の書状の効果が出たと感じた。
「なぜ魏王は私が王族だと知っているのか……」
書状には、ボヨウスイはまもなく死ぬ。その時は王族であるランカンを新王として支援すると書かれていた。
ランカンはボヨウ姓ではない。父はボヨウスイの祖父の私生児であった。そのことは隠されており、王室にも名を連ねていない。
それをケイが知っている。それだけ魏の間諜は優秀なのか。魏の支援を受け、王となるのは魅力的であった。自分より能力の低いボヨウ姓の者たちが、王位継承権を持ち、ちやほやされている。ランカンはそれが我慢ならなかった。
ボヨウリュウが強化魔法を使い雄叫びを上げている。ランカンは勝手に死ねと思った。もはや個人の武が通用する相手ではない。ボヨウリュウが死ねば邪魔なやつが1人減るだけだ。
「うおおおおおー!皆殺しだー!」
ボヨウリュウがブクレンの軍に突進する。盾兵を前面に並べる。
「そんな盾で我を止められると思うのか!」
盾兵とぶつかると思われた時、盾がすっと上がった。地面すれすれの場所から投げ縄が飛んでくる。木系統の中でも初歩的な魔法だ。
ボヨウリュウは投げ縄に絡め取られ落馬した。それに続く兵たちも次々と落ちる。
地に投げ出されたボヨウリュウは盾兵に囲まれ、鉄の盾で袋叩きにされた。
「ぐぬぬぬー!こんなくだらぬ罠で嵌めるとは!許さんぞ!」
ボヨウリュウは必死に盾兵を跳ね除けようと暴れるが、縄が絡みつき思うように動けない。やがて力尽き、全身を打ち砕かれ絶命した。
ボヨウリュウのあっけない最後にランカンはため息をついた。
「あの愚か者の兵を接収せよ……」
ランカンは将を討たれ逃げ惑うボヨウリュウの兵を受け入れるため、陣を移動する。ブクレンはそれを見て追撃しなかった。
その日はそのまま対峙が続き、日が暮れていった。
「ランカン!どういうつもりだ!」
ボヨウスイはランカンを怒鳴りつけた。
「あの愚か者が勝手に飛び出して行きました」
「お前はそれを見殺しにしたのだぞ!」
「対峙する軍に隙がなく、動けませんでした」
ランカンは太々しく言い訳する。ボヨウスイは怒りに震え、杯を投げつける。ランカンはそれを避け、踵を返して営舎を出ていった。
「昨日よりやつれている。もう長くはなさそうだ」
ランカンは自身の営舎に戻ると思案した。
魏は王になるために支援すると言っても信用できない。ランカンは自分の手で王になる方法を考えた。
「おい。出てこい」
ランカンの目の前に、すっと黒ずくめの人物が現れた。敏捷な身のこなしに鋭い眼光。ランカンが子飼いとしている間諜だ。
「中山に行け。邪魔者を消してこい」
ランカンが王になるうえで最大の障壁は宰相のサイコウである。サイコウさえいなければボヨウリンなど無力に等しい。ボヨウスイはもう長くない。ここが決断の時だ。ランカンは腹を括った。
黒ずくめの人物は音もなく消えていった。
4日目。
黄河に船団が現れた。ジュンカンの援軍である。
ボヨウスイはその報告を聞き、深々とため息をつく。
「もはやここまでか……かくなる上は中山へ戻る」
後燕の命運はボヨウスイが存命か否かにかかっている。ここで死ぬわけにいかなかった。
「ランカンに殿させよ」
ボヨウスイはそう命じると、ゆっくり立ち上がり鎧を身につける。
重かった。この数日で体力が大きく落ちている。今まで鎧を重たいと感じたことがなかっただけに、愕然とした。
「申し上げます!ランカン将軍が……」
伝令が血相を変えて飛び込んできた。
「なんだ?申してみよ」
「ランカン将軍が陣を払い、撤退を開始しています!」
「なんだと!どういうことだ!」
ボヨウスイが慌てて営舎を飛び出すと、ランカン軍は既に陣を払い出発していた。
「急ぎ呼び戻せ!王を置いて勝手に撤退するとは裏切りか!」
伝令が馬腹を蹴り駆け出す。入れ替わりで別の兵が、何やら棒状の物を持ち現れた。
「ランカン将軍の営舎にこのような物が……」
老人が使うような杖であった。ボヨウスイはそれを受け取り、まじまじと見た。
カラマツの木でできている。草原よりさらに北の地に生えている木である。宝飾があしらわれ、贈答用であった。だが、鮮卑族が元になっている後燕にはそのような杖を贈る文化はない。この杖は漢人の文化だ。
「なぜ、このようなものをランカンが持っていたのか……」
考えられるのは魏から贈られたものだということだ。
「先日、魏の軍使が来てランカン将軍が応対していました」
ボヨウスイはそれを聞き、一気に頭に血が上った。
「ケイは余を老人だと愚弄するのか!」
ボヨウスイが杖をへし折り、投げ捨てる。
「馬をひけ!ぐっ!」
ボヨウスイは血を吐いた。体の中で何かが破れたような感覚があった。
周囲の兵たちは慌てた。
「狼狽えるな……ゆっくりと撤退せよ。敵に隙を見せるな……」
ボヨウスイは立ち上がり馬に跨った。顔面蒼白であるが、目だけは異様に光り、怒気を孕んでいた。
ランカン軍の撤退していく姿を見ていた。足早に急いでいた。魏に襲われたらひとたまりもないであろう。
「何をそんなに焦っているのだ……まさか!」
ボヨウスイだけはランカンの血筋を知っている。中山に戻り王になるつもりだと気がついた。
「あいつではだめだ……後燕が崩壊してしまう……」
ランカンに出した伝令は着いているはずだ。だが、ランカン軍の足はかえって早くなった。
突如として馬蹄が聞こえてきた。
魏軍である。
まるでランカンをボヨウスイから逃すかのように立ちはだかる。
「ケイめ……よく聞け!後燕の勇士たちよ!」
ボヨウスイは自らを奮い立たせ、檄を飛ばす。
「目の前の魏軍を打ち砕き、反逆者を討つ!」
後燕軍は状況が飲み込めずざわついた。だが、ボヨウスイの鬼気迫る形相に押され、歓声を振り絞った。
ケイとボヨウスイ。最後の戦いが始まる。




