114話
2日目。
後燕は6万の兵を何列にも分け分厚い層状に組み上げていく。本陣はその後ろにいるようである。
ケイはこのような陣形を見たことが無かった。ハクエンもブクレンも分からなかった。
「一見すると守りの陣のようだが...」
ケイは魏軍を初日同様に組む。ただし初日のように左右に開かない。ハクエンとブクレンを前面に出し分厚く固める。守りに徹して援軍を待つ構えだ。初日のぶつかり合いから一転して睨みあう形になったと感じた。
「なんだ。攻めて来ないのか」
ランカンは手を振り下ろすと後燕軍は前進を開始する。
「俺の陣は攻守どちらも行けるぞ。驚くなよ」
「後燕は守りでは無いのか。このまま受ける」
後燕の層状が剥がれていくかのように分かれ広がっていく。千人隊単位でいくつもの分隊が出来上がり、魏軍を包囲するかのように動く。そしてまとわりつくハエの群れのように近づいては離れるを繰り返しだした。
「目障りな動きだが構うな」
ケイは後燕の意図がよく分からず、とにかく守りに徹しろと伝令を送る。
「敵は反応しないか。やれ!」
近づいては離れるを繰り返す後燕軍が、ランカンの合図で一斉に魏軍に向けて何かを投げた。
無数の玉が飛ぶ。地面に落ちると煙を発した。
「目からましか!慌てるな!それにしてもすごい煙だ」
魏軍は大量の煙で視界が遮られる。後燕軍の姿が見えない。
「ケイ!来るわ!」
サクが叫ぶ。煙で姿は見えないが馬蹄は聞こえる。正面中央に大きな衝撃を受ける。武器と鎧がぶつかる金属音。馬のいななき。
ボヨウリュウが突撃してきた。煙でよく見えないが、ケイのいる本陣に近づいてきている。
「まずい!横陣が抜かれる」
ハクエンもブクレンも対処が遅れた。大きく抉られた中央の穴を埋めようと、真ん中に兵を寄せる。
「サク!本陣の半数を率いてブクレンの右端へ!」
ケイは残りの半数を率いてハクエンの方へ向かう。
ハクエンとブクレンは真ん中に兵を寄せたことで、両端が薄くなっている。ランカンはそこに分散した兵を集め攻撃してきた。
「真ん中は囮だ!敵の狙いは横陣を両たんから崩すことだ」
ケイは後燕の意図を感じ取る。
ハクエンの軍の端に後燕軍が絡みついている気配を感じる。ケイはそのまま突進し、後燕軍を振り払った。
「ケイ!?助かったわ!」
「ハクエン!円陣に組み直せ!ブクレンも円陣になる!」
煙が晴れていく。魏軍の円陣が2つ。それをぐるりと後燕軍が取り囲む体制になっていた。
「対処が早いな...それにしてもボヨウリュウめ!ただ真ん中を駆けただけではないか」
ランカンは魏軍を削れず苛立ちを隠さなかった。ボヨウリュウは指示した場所に突撃しただけであった。魏軍が分かれたことで敵を見失い、そのまま突き抜けたところで止まってしまった。どちらかに方向転換すれば、片方の円陣は潰せたはずなのだ。
最初の横陣だった時より防御の姿勢が濃くなっている。
「ああ組まれては崩すのに犠牲が出すぎる。引くぞ」
ランカンの決断は早かった。包囲を解き元の位置に戻っていく。ボヨウリュウもランカンが引いていくのを見てその後に続き引き上げる。
「ボヨウスイ本隊は動かないのか...」
今の攻撃にボヨウスイが絡んできたら魏軍は壊滅だったかもしれない。
「もしや、本当に病に侵されているのか...」
ランカンはボヨウスイに報告に行く。その姿を見て愕然とした。昨日の夜より明らかに容態が悪化している。
「王よ....中山に戻り静養しては如何か...」
ボヨウスイは咳き込みながら、ランカンを叱責する。
「馬鹿なことを言うな。今ここでケイを討たないと後燕は終わる。それより今日の戦果はどうなのか?」
咳には血が混じっているようだ。口元を抑えた布が赤く滲んでいる。
「魏軍は固く守りに入った為、無理攻めせず引き上げてきました」
ランカンがそのように報告すると、ボヨウスイは手元にあった杯を投げつけた。ランカンの頭にあたり砕け散る。
「削れと言ったはずだ!ボヨウリュウを上手く使え!」
ボヨウスイは呼吸を乱しながら怒る。ランカンは額から薄っすら血が流れるまま、ボヨウスイの言葉を受け止めていた。
「まあ、よい。明日はしっかりやれ。魏軍も削ったところで余も出撃する」
そう言うとボヨウスイは目を閉じて座り込んだ。ランカンはボヨウスイが出陣することはもう無いの思った。この戦いの落とし所を決めなければならないと考える。
魏軍。灯りを囲み軍議が行われる。
「今日は危ないところだった。ボヨウリュウが脳筋で助かった」
ハクエンもブクレンも黙っていた。ケイの対処が早かったから被害をほとんど出なかったのだ。
「ボヨウスイは本当に病なのではないかな」
今日の戦闘に絡んで来なかった。初日の魔法の撃ち合いで疲れているのであろうか。そのような姿は、燕の英雄からは想像も出来ない。
「病だとしたら?」
ハクエンが問いかける。
「揺さぶりをかけようと思う。軍使を送ろう」
ケイはそう言うと書状をしたため、近衛兵の1人に耳打ちする。近衛兵は頷き出て行った。
「なに?魏軍から軍使が来ただと?」
ランカンは考え込む。軍使が来ることは珍しいことでは無い。だが、この状況で来ることは明らかな敵情視察である。
「まさか王の容態を探りに来たのか?」
軍使はボヨウスイへの贈り物を携えているという。王に会わせないのは礼を失するが、ランカンは自身が会うことにした。
「ご苦労である。して我が王への贈り物とは?」
ランカンは軍使が恭しく差し出したものを受け取り顔色を変えた。
杖である。書状が添えられている。
ーーー燕王におかれてはお身体の具合が悪く歩くのも困難であろうから、この杖を使われるとよい。
完全に老人扱いである。こんなものを見せてはボヨウスイは激昂するに違いない。
「分かった。ありがたく受け取ろう。軍使殿は帰られるとよい」
「実はもう一通、ランカン様へと我が王から預かっている書状があります」
ランカンは首を傾げ書状を受け取った。それを読みランカンは目を細める。誰にも表情を読み取らせてはならない。書状の内容はそれだけ過激なもので、ランカンにとって魅力的であったのだ。
ランカンは杖を隠し、書状も蝋燭の火で燃やした。
不意に笑いがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。




