113話
「ボヨウスイと真正面から戦う気なの!?」
ハクエンはケイの作戦を聞き、目を見開き驚く。横陣からの展開は作戦というほどのものでもない。ボヨウスイの副将を左右に遠ざけ、ボヨウスイの突撃を誘うものであった。
「この戦いでボヨウスイを打ち砕く必要があるんだ」
ケイの目はいつになく本気である。その覚悟にハクエンは頷くしかなかった。
史実にない戦い。いや本当はあったのかもしれない。ボヨウスイがいては魏に未来はない。病で死なないのであれば、討つしかない。
ケイは横陣の中央から突進してくるボヨウスイを凝視する。全て騎馬で4万。それが黄色い砂塵を巻き上げ迫ってくる。
後燕軍はボヨウスイの気迫が乗り移ったかのように闘気を纏っている。先頭のボヨウスイを抜き、騎馬隊が踊り出る。
黄色い砂塵を抜ける。後燕軍の目の前に突如として水の壁が現れる。
ボフッという鈍い音とともに後燕の騎馬隊は水の壁に弾かれる。
騎馬の脚が止まる。水の壁を乗り越え、火の矢が降り注ぐ。後燕軍は服に火が燃え移り、のたうち回る。
「こざかしい真似を!」
ボヨウスイは火の虎を放つ。水の壁が爆音をあげ、水蒸気となって霧散する。
水蒸気を掻き分け、サクの軽騎兵2千が突進してくる。脚の止まっている後燕軍に一撃を与え、矢を撃ちながら下がっていく。
「こうるさい奴らだ。追え!」
ボヨウスイは千人将3人にサクを追撃させ、自身は馬腹を蹴り突撃を再開する。
「駆ける余地を与えるな!詰めよれ!」
ケイが合図を送ると、魏軍から前進の太鼓が打ち鳴らされる。歩兵1万が後燕軍に絡みつく。
馬の脚を払われ、落ちたところを槍で突かれる。後燕軍は機動力を活かしきれず苦戦する。
サクの騎馬隊が迂回し、後燕軍の背後を削る。
「なかなかよい動きをする。だが戦いはこれからだ!」
ボヨウスイは騎馬を円を描くように旋回させる。直進のような助走はない。その場でぐるぐると回る。その回転は徐々に早くなり、魏軍の歩兵を弾き飛ばした。
そして円はあっという間に錐型となり中央を突破してくる。
「馬鹿な!あんな振り解き方があるのか!」
ケイは驚き慌てて水の壁を展開する。
「調子に乗るな!」
ボヨウスイが今度は剣に炎を纏わせ横薙ぎに払う。水の壁が横真っ二つに割れ水飛沫をあげ霧散する。
「くそ!分かれよ!」
ケイの本陣にボヨウスイが迫る。
魏軍は左右に割れ、後燕軍の突撃を避ける。
「我が軍の突撃を受けんのか!この臆病者め!」
ボヨウスイは分かれた片方に向きを変え突進する。 本陣の旗。およそ4千。
突き崩す。
「なに!?囮か!」
本陣の旗の方にはケイはいなかった。ボヨウスイが馬首を返すと、ぐるりと水の壁に囲まれる。
「仕留めよ!」
ケイの腕がプルプルと震える。3回目の水の壁。魔力を大きく消耗している。
後燕軍の頭上から矢が降り注ぐ。再び脚を止められた騎馬隊は矢に撃たれ次々と倒れていく。
「何度も同じ手を!舐めるな!」
ボヨウスイが咆哮する。
火の剣を薙ぎ払う。
水蒸気。
ケイは騎馬隊を率いて突撃する。サクも呼応する。挟み撃ちだ。
一撃。
ケイの水流剣とボヨウスイの火の剣がぶつかりあう。相殺され水蒸気が沸き立つ。
「くそ!仕留められないのか!」
ケイの騎馬隊はそのまま後燕軍を割り駆け抜ける。サクは背後に3千の騎馬隊に追われ脱出に手間取る。抜けた頃には半数を失っていた。
「サク!無理をするな!」
ケイは合図を送りサクを離脱させる。
分かれた片方の軍を接収し、歩兵の裏に下がった。
歩兵は1千ほど削られ、騎馬隊も3千は減っていた。対する後燕も同数が討たれている。兵力差が開いている。
「さすがに強い....」
ケイは改めてボヨウスイの強さをその身に感じた。エイゲツの仇を討つと息巻いていたのに、ボヨウスイを追い詰めることすら出来ず、ケイは悔しさで顔を歪める。
日が暮れていく。
両軍は離れ元の位置まで下がった。
左右の戦いは両軍それほどの被害もなく終わった。
「すまない....ボヨウスイを討てなかった」
「いや、あなたが討たれなくてよかったわ」
ハクエンはケイが無事なことに安堵した。
「明日はどう戦うの?今日のような賭けに近い戦いは出来ないわよ」
「左右の将はどうだったのだ?」
「ボヨウリュウは猛将だわ。でも頭を使えない。正面からぶつからないことね」
「ランカンは逆だな。戦術家の類だ。複雑な陣形で近寄ることも出来ない」
ブクレンが答える。
「そうか...ボヨウリュウとランカンか....」
ケイは考えこむ。手強い組み合わせである。ボヨウリュウだけなら策に嵌めることは出来そうだが、ボヨウスイはそれを許さないであろう。
「援軍を待つ。もうすぐジュンカンが来るはずだ」
「それが良さそうね。でもジュンカンが来ても戦局は大きく変わらないわよ」
ケイは頷いた。何か策を練らねばと考え込んだ。
「ケイという男はなかなかにやりおる」
ボヨウスイは今日の戦いを思い返す。魏軍はよく訓練されていて変幻自在だ。ボヨウスイは4万を分けたなら魏軍を抑え込むことが出来たはずだと考えた。だが、軍を分けて自在に操るほど将校の質は良くなかった。
ヨウチョウ、トク、そしてエイゲツ。ボヨウスイの全盛を支えた副将たちはもう居ない。彼らがいたからこそボヨウスイ軍は無敵であったのだと思い知らされる。ボヨウリュウは猛将だが脳筋だし、ランカンは優秀だがあまり周囲と連携を取らない。
ボヨウスイは大きくため息をついた。途端に胸に痛みを感じ咳き込む。少なからず血を吐いた。
「王よ。明日の作戦を....」
軍議の為に来たランカンはボヨウスイの異変に動転した。
「誰ぞ治癒士を呼べ!早く!」
「あまり大声を上げるな。士気に関わる」
治癒士が呼ばれ、ボヨウスイの胸に手を当てる。怪我では無く病なのだ。治癒魔法で治るものではないが、何もしないよりマシであった。
「明日はお主が指揮せよ。ボヨウリュウを駒とし魏軍を削るのだ」
ランカンは震えながら頷く。ボヨウスイの顔は土色になり冷や汗をかいている。
「大事ない。魔力を使い過ぎただけだ」
ーーー早くケイを討たねば....リンではケイに勝てない。
ボヨウスイは震える手でランカンに下がれと合図を送る。治癒士の手はほのかに温かく、ボヨウスイは睡魔に襲われる。瞼を閉じる。気がつくと朝になっていた。あと何回、朝を迎えることが出来るのかという悲痛な思いが、重くのしかかってきた。




