111話
「余が死んだという噂を鵜呑みにしたというのか!?」
ボヨウスイは後燕軍が魏の追撃を受け壊滅したという報告を聞き驚いた。体調が悪いのは事実である。その情報すらも魏に利用されたというのかと愕然とする。
やがて塩漬けされた首が送られてくる。ボヨウホウとボヨウノウの首であった。魏としては丁重に送り返したということなのであろう。ボヨウスイはその首を抱き慟哭した。
「余の不明を許せ!」
後継者を決めてなかった。
ボヨウリンだけを中山に残していた。息子たちが後継争いしているのを放置した為に、このような事態になってしまったのだ。
「出陣する! 息子たちの仇を討つ!」
ボヨウスイが立ちあがる。怒りに目を滾らせていた。廷臣たちが慌てて止めようとしたが、跳ね飛ばされる。敗残の兵はまだ帰還してもいない。中山に居る禁軍は2万弱である。それを率いて出陣したところで、魏の餌食となるだけなのは明白である。
「お気をたしかに」
宰相のサイコウが進み出る。
「邪魔をするな! 斬るぞ!」
「寡兵で出陣しては敵の餌食となるだけです。ここは策を用いましょう」
「策だと!」
サイコウはボヨウスイの気迫にたじろいだ。火に油を注ぐかもしれないと一瞬、言うべきか躊躇った。
「王が死んだことにし、葬儀を行うのです」
ボヨウスイが剣を抜く。サイコウの前髪がハラリと落ちる。
「もとは敵の嘘の情報です。それを利用し敵を油断させるのです」
ボヨウスイの呼吸が荒くなる。サイコウは斬られると思った。
剣は来なかった。ボヨウスイは玉座に座り込む。
「……分かった。うまく敵を騙せよ」
平城。
魏の国都である盛楽と中山のちょうど中間に位置する都市である。山間部にあり周囲からは孤立した都市ではあるが、中山を狙うには最適な場所にある。近くの山間には後燕の屍が放置されている。
魏が戦いに勝利した後に接収した都市である。
ボヨウスイが死んだという噂が流れてきた。中山では葬儀が行われているという。
「ボヨウスイが本当に死んだのか?」
ケイは中山に間諜を入れ調べさせる。噂は本当であった。大規模な葬儀が1週間続き、新王ボヨウリンが即位した。平城にも後燕から使者としてサイコウが訪れた。
「新王は喪に服されております。しばし停戦を申し入れたいと存じます」
ケイはサイコウの申し出を受けた。後秦の動きも気になる。一度、盛楽に帰還したかった。
史実ではボヨウスイの手痛い反撃に合い平城を落とされる。だが、こちらの世界ではボヨウスイは死に反撃は無いようだ。
ケイはエイゲツに4万の兵を与え平城を守備させた。守将はボクスウでも良いのだが、エイゲツは元燕将である。この辺りの土地勘もある。
「ボヨウスイが死んだとなれば後燕も終わりね。ここの守備はわたしに任せて」
エイゲツはケイを見送る。
北風が冷たかった。
「ボヨウスイが死んだだと? それでは魏が調子に乗りすぎるな」
カクレンはヨウコウを四つん這いにさせ、その背中に足を乗せている。立場上はヨウコウは後秦の王で、カクレンは太后なのであるが、ヨウコウは洗脳されており、カクレンが実質的な後秦の支配者になっていた。
カクレンは足を下ろし、ヨウコウの脇腹を蹴とばした。無様に転がっていく。
「介入しろ。魏がこれ以上、大きくなっていくのは許さん」
ヨウコウは平伏し、その命令を受けるのであった。
後秦が北上を開始する。ヨウセキトクの5万である。
「やはり動いてきたか」
ケイは後秦の動きを見張っていた。即座に反応し、ボクスウに5万を与え南下させる。
その動きは後秦より早く、太原を接収した。この時期の太原は西燕の残党が占拠していた。魏も、後燕も、後秦も自国のことに忙しく、この地域は後回しになっていた。
ボクスウは西燕の残党を打ち砕き太原に入場する。ヨウセキトクは遅れを取り悔しがった。
「まともに攻めるのは危険だ。遠巻きにする」
後秦軍は太原が見える位置に陣取り、無理に攻めなかった。ボクスウもまた、ヨウセキトクの構えを見て無理に撃って出ることはしなかった。
「後秦が動いてくれたのは天恵である」
ボヨウスイは密かに後燕各地の諸軍に集結の触れを出す。名目は新王ボヨウリンによる閲兵だ。続々と中山に向け兵が集まってきた。
「中山に兵が集まっているだと」
エイゲツは嫌な予感がした。魏と後燕は表向きは停戦している。だが、この時代にそのような協定など意味をなさない。
「ケイに知らせるのだ」
エイゲツは盛楽に伝令を走らせた。そして平城の兵たちに戦の準備をさせる。
ボヨウスイは中山を出撃した。後燕の禁軍2万である。平城を目指し駆けた。各地の軍の集結先が、中山から平城に変わった。
「中山から騎兵が来ます! その数2万。後からも軍が続いている模様!」
「やはり来たか! 迎撃し、敵の先鋒を叩く!」
エイゲツは3万を率い平城を出た。平城は堅城ではあるが、山間にあるが為に孤立しやすい。後燕に補給路を断たれると厄介である。囲まれる前に叩くべきだと判断した。
馬蹄が土煙を起こす。冬の乾燥した風に乗り、視界を悪くする。
土煙の中にぼんやり見える影。
エイゲツは戦慄した。
「まさか! あれは!」
前方から火の虎が迫ってくる。
エイゲツは咄嗟に石の壁で防御した。だが、火の虎はそれを打ち砕く。
2発目の火の虎がもう来ていた。防御が間に合わなかった。
エイゲツはまともに火の虎を受け吹き飛ばされる。
「エイゲツか……久しいな。悪く思うなよ」
「なぜ生きている……死んだはずでは……」
鎧が焼け、露わになった素肌は所々火傷を負い血が滲んでいる。
「それはお前たちが信じた嘘にすぎない」
「ケイすまない……」
エイゲツの目から涙が溢れる。ボヨウスイの剣が振り下ろされた。
守将を失った魏軍は壊滅した。平城は火の手が上がり陥落するのであった。




