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学生に不人気な時代を研究していた大学教授、異世界で奴隷から皇帝へ  作者: 越後⭐︎ドラゴン
北魏編

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110話

「その情報は本当なのかしら」


 エイゲツは中山から帰ってきた間諜かんちょうの報告に疑問を抱いた。かつてボヨウスイの副将であったため、あの英雄が病に侵されるとは想像もできなかった。


「それほどの情報が簡単に外部に漏れるのか?」


 ボクスウが間諜に問い詰める。


「しかと確認できたわけではありませんが、情報の出元はボヨウリンからです」


 ボヨウスイの末子である。まだ若いこともあり、今回の戦では中山に残っていた。どうやらボヨウリンを次の王にと考えている連中が慌ただしく動いているらしい。


「本当であれば、ボヨウホウはすぐにでも中山に戻りたいはずだ」


 ボクスウは間諜の話を聞き、言った。


「後燕軍にボヨウスイが死んだと噂を流す。それで動じなければ別の手を考える。退却が始まったなら追撃して強襲きょうしゅうするぞ」


「追撃っていったいどうやって?」


 ハクエンが問いかける。対岸の敵を追撃するとなると、船で渡っていては間に合わない。


「問題ない。道はできる」


 諸将しょしょうたちは怪訝けげんそうにケイの顔を見ていた。


 秋も終わり、冬の気配が訪れていた。


 ケイは間諜に大金を与え、ボヨウホウの耳に届くように噂を流すよう命じた。


 間諜は前線と中山を行き来する伝令部隊を丸ごと買収した。はじめから当たりをつけていたようだ。彼らは胡人の出で、このところの漢人の出世を快く思っておらず、買収は簡単であった。


「なんだと! 父が死んだだと!」


 ボヨウホウは驚いた。ボヨウノウも目を丸くしている。確かにこのところ調子は悪そうであった。常に戦場にいた父がこの戦に出なかったのも気になってはいた。


「それは確かなのか!」


「間違いありません。中山にいるサイコウ様が、急ぎ知らせよと命を受け、参りました」


 ボヨウホウは気が動転し、椅子に座ったまま動けなくなっていた。ボヨウノウは立ち上がり、天幕を出ていこうとする。


「どこへ行く!」


「こうしてはおられん。急ぎ中山に戻る!」


「勝手に戻ると言うな! 大将は私だぞ!」


「こうしている間にもボヨウリンが王になろうとしていたらどうするのだ! このような大事な知らせがボヨウリンからではなく、サイコウから来たのはどういうわけだ! 我々が知らないうちに王になりたいからだろ!」


 ボヨウノウの言うことはもっともであった。ボヨウスイの後継こうけいは決まっていない。その状況で急死となれば、近くにいる者が葬儀そうぎを行い、王となるはずであった。


 ボヨウホウとしても、それだけは避けねばならない。


「だが魏軍はどうする?」


「あっちは船で来るのだぞ! 馬の脚に追いつけるわけないだろ!」


 ボヨウホウは頭を抱えた。何も考えることができない。


「ぐずぐずしていると置いていくぞ!」


 ボヨウノウは飛び出していった。彼もまた後継候補なのだ。兄弟の中で最も蛮勇ばんゆうで、王になるには適していない。間違っても王にしてはいけない人物であった。


 ボヨウホウは意を決して、夜のうちに全軍撤退を伝えた。


 対岸の後燕軍がざわついている。その気配は魏軍にも伝わってきた。


「どうやら撤退するようだな。ハクエン、特に脚の速い騎馬を集めよ」


「いったいどうする気なの?」


 ハクエンは疑問に思いながらも、騎馬二万を人選した。禁軍から一万五千と、ボクスウの五千が選ばれる。


「出撃だ」


 ケイは先頭を駆けた。魏軍は黄河沿いに北上する。直線距離では対岸の後燕軍と離れていく。


「ケイ! いったいどこへ向かうの!」


「ここだ」


 ケイは止まり、黄河を見る。寒さで黄河は凍っていた。


「まさか氷の上を渡ると言うの!?」


 ハクエンは驚いた。馬で踏み入れたら割れるのではないかと思った。


「少し補強しよう」


 そう言うとケイは氷の上に手を乗せ、魔力を流し込んだ。氷は厚みを増していく。


 ハクエンは驚いた。ケイがここまで水魔法を極めているとは思ってもいなかった。


 ボクスウも信じられない思いでその光景を見ていた。黄河に氷の橋がかかっている。


 ケイは魔力を使い果たし、よろめいた。咄嗟とっさにハクエンが肩を支える。


「ハクエン。ちょっといいかな」


 ケイはハクエンの唇に口づけた。


「え! ちょっと!?」


 ハクエンは驚いた。魔力がケイに流し込まれていく。ケイとの初めての口づけであった。


「急にごめんね。おかげで回復したよ」


 ハクエンの魔力の半分くらいは持っていったであろうか。ケイは立ち上がり騎乗した。


 ハクエンは呼吸を整え騎乗する。顔は紅潮したままであった。驚きと恥じらいが混ざり合う複雑な気持ちであった。


「ゆくぞ! 後燕軍を逃すな!」


 ケイの号令のもと、魏軍二万の騎馬が氷上を駆け出した。馬蹄ばていが氷をザクザクと踏み鳴らす。割れなかった。一気に黄河を渡りきった。


 後燕軍は追撃などないと踏んでおり、完全に油断していた。中山へと向かう山間で小休止をとっていた。


 ケイは黄河を渡ると、馬に枚を含ませ、蹄鉄ていてつに布を巻かせた。足音を立てないように、静かに後燕軍に近づいた。


 後燕軍は夜中の急な出立のせいで、小休止中にうたた寝をする兵が多数いた。


 朝日が山間に差し込む。


 ボヨウホウは信じられない目で見た。


 魏軍がもう目の前に来ている。慌てて敵襲を知らせる鐘を鳴らす。だが、迎撃の準備は間に合わず、魏軍が突撃してくる。


 ボクスウが先陣をきり暴れた。


 鉄錘てっすいが炎をまとい唸りを上げる。油断した後燕の兵たちは休憩中、鎧も外している者が多かった。ボクスウの鉄錘に跳ね飛ばされる。


「馬鹿な! 敵襲だと! いったいどこから来たのだ!」


 ボヨウホウは慌てて、迎え撃てと叫ぶ。だが、ボクスウ軍の勢いは止まらず、後燕軍を討ちに討った。


「くそ! 兄上は早く引け! ここは俺が食い止める!」


 ボヨウノウがボクスウの前に立ちはだかる。巨大な鉄斧を軽々と持ち上げ、ボクスウ目掛けて振り下ろした。


「怪力だけが自慢の脳筋め! 隙だらけだぞ!」


 ボクスウは鉄斧をかいくぐり、鉄錘を薙ぎ払う。


 メリメリという音とともに、ボヨウノウの体がくの字に曲がる。


「ぐぎゃあーーーー!」


 そして炎を纏った鉄錘はジュウと皮膚、筋肉を焼き切る。ボヨウノウの上半身と下半身が分かれる。


「ひいいいー!」


 ボヨウホウの目の前に、ボトリとボヨウノウの上半身が落ちる。ボヨウホウは戦意を失い、降参とばかりに手を挙げた。ボクスウの兵たちが縛り上げる。


 後燕軍は、ケイが率いる禁軍に蹂躙じゅうりんされた。山間は逃げ場がなく、後燕の兵たちのしかばねで埋め尽くされていった。


 一人生き残ったボヨウホウが、ケイの前に引きずり出される。


「お前らが嘘の情報を信じてくれたおかげで楽勝だったぞ」


 ケイが皮肉たっぷりに言う。ボヨウホウは愕然がくぜんとした。父が死んだという情報は魏の計略であったというのだ。


「父に合わせる顔がない……殺せ……」


 ケイが手を振り上げると、兵がボヨウホウの首を落とした。首は塩漬けにされ、中山に送られるのであった。

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