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学生に不人気な時代を研究していた大学教授、異世界で奴隷から皇帝へ  作者: 越後⭐︎ドラゴン
北魏編

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104話

 ケイはソンスウの報告を黙って聞いていた。


「やはりそうなるか……」


 柔然を抑え込むには後燕の後盾が必要である。ここでボヨウスイの機嫌を損ねることは出来なかった。


「あら。よい話じゃない?何を悩んでいるの?」


 母の言葉に顔を(しか)めた。この人は本当に人の気持ちが分からない。


「ケイ様……ご決断を……」


 ソンスウが覚悟を決めろと言わんばかりに迫ってきた。


「分かった。ソンスウ……ご苦労様。ボヨウスイの姫を娶ることにする」


 ソンスウはほっとした表情をしていた。この時代に政略結婚は付きものである。個人の感情で断ることが出来るものではない。


 こうして、後燕の後盾を得たケイは王となることを内外に宣言した。柔然は反対の姿勢を貫いていたが、ケイの背後に後燕がいると知り、目立った行動はしてこなかった。


 そして戴冠の日。

 朝日に照らされた草原。空気は冷んやりとしているが清々しい。


 賀蘭部、匈奴から族長たちが集まってきた。


 ケイは黒の筵の上を、一歩一歩、しっかりと踏み締めて玉座へと進む。


 族長たちがそれを見守る。これまで付き従ってきた諸将たちも居並ぶ。後燕からも宰相のサイコウが来賓として参列していた。ケイを支援するに値するのか見定めるつもりなのであろう。


 ケイが玉座の前に立つ。

 振り返る。参列している一人一人の顔を見る。ジュンカン、エイゲツ、ハクエン、サク。これまで共に苦難を乗り越えてきた仲間たち。みんな笑顔であった。


 ソンスウが進み出る。(うやうや)しく黒の毛皮の帽子を掲げている。


 ケイがかがむと、ソンスウはその束ねた髪の上に帽子を被せた。


 ケイが体を起こす。


「余は王となった。国号は魏とする」


 居並ぶ者たちは恭手(きょうしゅ)した。

 ケイの視線は草原の果ての地平線にあった。


 夜、宴が催された。

 馬乳酒を蒸留した酒や、羊の肉が並ぶ。

 ケイの横には後燕の宰相サイコウが並んで座る。


「王は何故、故国の代ではなく魏とされたのですか?」


 サイコウの質問は鋭かった。鮮卑の一部族にすぎない賀蘭部が何故、魏を称するのか疑問に思うのは当然であった。


 六百年前、始皇帝により統一された国を源流とすると、それに続く漢、そして三国志の魏が禅譲(ぜんじょう)により受け継がれている。その後の晋は一応東晋として続いているが、ケイは晋を正統な王朝として見ていなかった。


 晋の成立は血生臭い簒奪(さんだつ)である。よって魏こそが今なおも正統であるという主張である。


 ケイが魏の正統性を言い王となるのは無理がある。だが、これから天下を統一するという意気込みも込めて魏を名乗ったのだ。小国の代ではその意味が弱すぎた。


 サイコウはケイの答えを待った。五胡の国々は、趙や燕といった六百年前に滅んだ国の名前を使っている。それがフケンが秦を名乗り、ケイが魏を名乗る。


 ――この男はフケンと同じなのか。

 ――迂闊(うかつ)なことは言えない……


 ケイはサイコウの質問の意味が分かっている。お前は天下を統一するために、後燕を踏み台にするのかと聞いてきているのだ。


「代は賀蘭部だけの国ですし、匈奴と一緒となったので別の国号が良いと判断しました。たまたま魏が空いていたので使っただけです」


「そうでしたか。後燕は魏との末永い友好を望んでいます」


 ケイの答えにサイコウはそう言ったが、腹の中では油断のならない相手だと思った。政略結婚と言えども、そんなことはお構いなく裏切る世の中である。


 たまたま魏を選んだと言っているが、他にも韓や斉など使える国名はまだあるのだ。サイコウはケイの野心を垣間(かいま)見て、静かに杯を重ねるのであった。


 宴は三日続いた。その間にサイコウはソンスウと輿入れの日取りを決め、中山へ戻っていった。


 ケイの王としての日々が始まった。


「当面の目的は柔然を本格的に抑え込むことだ」


 なによりもレイの仇を討ちたかった。だが、魏にとって目の前の課題は柔然なのだ。後燕の後盾を得たとはいえ、柔然を叩かなければ南下することは出来ない。


「軍制、内政を見直す。今は力をつける時だ」


 盛楽が国都である。南の統万城にはエイゲツとジュンカンを配置した。秦から連れて来た歩兵も多い。五万を置き、後秦の抑えとした。


 北はシトウ、ブクレンの五万を置いた。対柔然の主力は賀蘭部の将軍たちが担う。


 ケイの周りは五万が固めている。ハクエンを禁軍の将軍とし、サクを副将とした。


 ソンスウは外交官となる。戦も出来るが、文官としての適性があった。


「まだ足りない。有用な者は胡人でも漢人でも採用する」


 シトウがボクスウという人物を推薦してきた。若い頃は盗みを働き生計を立てていたのだと言う。だがシトウの元で数々の手柄を立て、のし上がってきた。ケイは一目見て、ボクスウが尋常(じんじょう)でないのを感じ取った。史実でもケイの右腕に近い存在である。取り立て、遊軍とした。


 魏は十五万の軍を有するまでに至った。


 だが、軍事面では充実してきたものの、強い国を作るには内政面で漢人の力が必要だ。後燕のサイコウも漢人なのだ。だが、かつての秦の宰相オウモウも胡人とうまくいかず、その死後に一気に秦は瓦解(がかい)した。


 おそらくサイコウも胡人の恨みを買っているであろうことが想像できる。ケイは後燕が史実では何故短命に終わったのかを知っている。漢人の登用は慎重に行うことにした。


 そんな折、後燕から使節が来た。サイコウの父のサイゲンハクという人物であった。


 なんとサイゲンハクを魏の要職につけて欲しいと言ってきたのだ。サイコウがボヨウスイに進言したようだ。


 監視の面が強い。ケイは躊躇(ちゅうちょ)したが、ソンスウと共に面談し、その博学さに舌を巻いた。ケイは転生前は教授として研究をしてきたのだ。だが、サイゲンハクの知識はリアルにこの時代を生きている人物のものとして、ケイの知識を凌駕(りょうが)した。


「分かりました。大臣の地位を与えましょう」


 サイゲンハクは笑顔になった。後燕では息子に先を越されたという思いもあるようだった。魏にはまだ内政機構が存在していない。大臣は実質的に内政の最高職なのだ。


「まずは法律をつくることじゃ。法の下に公平に裁くことが何より大事じゃ」


 サイゲンハクは法を整え、裁判制度を作るべきだと言った。草原の民にとって、明文化された法はないことはないが馴染みが薄い。王の独裁か、族長の話し合いで決まるのだ。


 ケイとサイゲンハク、ソンスウを交えての議論が始まった。サイゲンハクもまた、ケイの知識に驚いた。ケイは諸子百家の思想に通じていた。そしてサイゲンハクが思いもつかない発想を持っていた。


 当然であった。ケイは未来から転生してきているのだ。後の時代の制度も知っている。ケイにとっては発想ではなく、先人の知識なのだ。


 こうして着々と内政面でも整っていった。法は身分の高い者にも適用され、裁判は誰の目に見ても公平になった。ケイの発案で、裁判官の独断ではなく、裁判は誰でも傍聴することが出来、判決に不服があれば控訴することも出来た。このような発想もサイゲンハクには驚きであった。はじめは蛮族に講釈をするつもりで来たが、考えが変わった。そして監視を忘れて、魏の内政に夢中になっていくのであった。


 柔然との戦いは近い。

 そしてその頃、関中の動きも激化していた。

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