101話
大地を揺るがす馬蹄。すぐに激突音が空気を震わせる。
賀蘭部と匈奴の軍が衝突した。弾き飛ばされる兵。脚を折り、倒れ込む馬。あちこちで響く金属音。
後秦のヨウセキトクは、最初のぶつかり合いで崩せないと見ると、第一陣を早々に引いた。
「なんだ!? 罠か!?」
シトウは、後秦の騎馬隊が後退するのを訝しむ。後秦の軍は円陣へと変わっていく。防御の体勢であった。
ブクレンが追い、そのまま円陣に一撃を加える。だが、ヨウセキトクは盾兵を並べてがっちりと構えており、削ることも出来なかった。
「ちっ! 後秦は様子を見るつもりか!」
カクレンは、早くも円陣を組んで動かなくなった後秦の軍を見て舌打ちした。
これは匈奴の戦いなのだ。後秦としても、犠牲は最小限に抑えたいのだろう。
「ん? なんだ。大将が早くも前に出たか?」
ケイが二千騎ほどで前に出てきていた。水流剣を振り回し、狂ったように暴れていた。剣筋が乱れていた。
「怒っているのか? 何か様子がおかしい」
カクレンには、ケイがただ怒って暴れているようにしか見えなかった。前線にいるエイゲツもジュンカンも、明らかに戸惑っている。連携した作戦ではなかった。
「ジュンカン! ケイの援護を!」
サクがジュンカンの元に駆け込み、叫んだ。ケイが序盤で前に出てきている。遠目で見てもただ暴れているようで、危なっかしい。
「何があったの!?」
「突然、レイが死んだと言いだして、暴れだしたの!」
ジュンカンは驚いた。虫の知らせというものだろうか。それほどケイとレイは心を通わせていたのだと感じ、胸が痛んだ。
ケイが突進してくる。ハクエンが必死にケイを守るように動いている。だが、明らかにカクレンの方、一番分厚いところに突っ込もうとしていた。
「ケイが来る! 側面より援護する!」
ジュンカンは、ケイに並走するように五千の騎馬隊で寄せた。ケイに絡みついている匈奴軍を蹴散らす。
エイゲツも異変を察し、同じように五千の騎馬隊を率いて寄せた。
「ケイの様子がおかしい! 護るぞ!」
ケイを中心に、一万二千の騎馬が放たれた矢のように突出している。
「我を失ったか! 囲め! 殲滅せよ!」
ケイの軍は前後に分断されていた。カクレンは左右に騎馬隊を走らせ、一気にケイを包囲する。
主だった将はケイに付いてしまっているが、後方の軍の将校たちは危険を察し、ケイを囲った匈奴軍を崩すべく必死に前へ出た。
包囲が完成する。カクレンは大剣を抜き、駆けた。ケイに真っ直ぐ向かっていく。
「一撃で仕留める!」
「ぐおおおおー! レイー!」
カクレンの姿を見たケイは、馬腹を蹴った。ぐんと加速する。
ケイは、カクレンがレイを殺したのだと思っていた。怒りで毛が逆立つ。完全に我を失い、突進した。
「待て! ケイ! 止まりなさい!」
ハクエンは焦った。今の状態のケイに、カクレンを討てるとは思えなかった。だが、ケイの馬は速く、追いつくことが出来ない。
カクレンが大剣を振り上げたまま近づいてくる。ケイは剣を前に突き出した。
激突すると思った瞬間、矢が飛んできた。
「ちっ!」
カクレンは矢をかわす。大剣の狙いがずれた。振り下ろした剣は、ケイを掠め、乗っていた馬を両断した。
「この小娘が! また邪魔するか!」
カクレンはサクを睨みつけた。サクは咄嗟に顔を伏せ、目を見ないようにする。
ケイは投げ出され、顔面から地面に叩きつけられた。ハクエンが駆けつけ、ケイに近づく匈奴の兵を斬り捨てる。
「ケイ! しっかりしなさい!」
ケイは頭を打ち、朦朧としていた。腕を引っ張られ、馬に乗せられる。
「離脱するわ!」
ハクエンはケイを馬に乗せて駆けた。ジュンカンが追いつき、退路を確保する。
「逃すか!」
カクレンはケイを追おうとしたが、石の壁が現れ、遮られる。
「借りは返させてもらうわ!」
エイゲツが石礫をカクレンに向かって放つ。カクレンはそれを大剣で受ける。ガキーンという音が響いた。
ケイの後軍の圧力で包囲が緩んだ。カクレンの必殺の一撃は外れ、討つ機会を逸した。ジュンカンは包囲の中から飛び出す。
石礫が無数に飛んでくる。カクレンは大剣で捌ききれず、いくつかを体に受けた。
「ぐふぅ……」
カクレンは痛みで悶絶し、馬の上でうずくまる。エイゲツが剣を振り下ろす。
「とどめだ!」
「舐めるな!」
カクレンは体を起こし、大剣を薙いだ。エイゲツは咄嗟に剣で受けたが、馬ごと吹き飛ばされた。
「くっ! この化け物が!」
カクレンを守るように騎馬隊が立ち塞がる。目が血走っていた。カクレンの近衛兵だ。カクレンは後方へ下がっていく。
エイゲツは、カクレンを討てないと見て諦めた。両軍は乱れていた。エイゲツとジュンカンは軍をまとめ、横陣を組みながら下がっていく。
両軍は距離を取った。後秦も円陣を組んでおり、賀蘭部の軍も無理はしなかった。
初日の戦が終わった。
「ケイ……」
ハクエンは馬からケイをそっと下ろし、軍営に連れて行った。横に寝かせる。
「ハクエン……レイが……」
ケイはハクエンの手を握り、涙を流した。ハクエンはそっと抱きしめる。ケイはハクエンの体に顔を埋め、ただ泣き続けるのであった。




