99話
生い茂る木々。
差し込む日差しは少なく、空気は冷んやりとしている。
小高い山の上には歪な城郭が聳え立ち、その麓の石室にレイは監禁されていた。
連日のようにヨウコウが訪れ、求婚してくる。
レイは無視を決め込み、口をきかなかった。
「ケイ……会いたい……」
夜になると、レイは咽び泣くのであった。
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敦煌。
砂と風の街。
この街の雰囲気は独特である。
仏教の寺院が建ち並び、巨大な岩肌には仏像が彫られている。
このところ長安などにもその名が伝わってきており、敦煌は仏教の聖地となりつつあった。
天水から馬を飛ばして十日の距離。
ヨウアンは額の汗を拭い、水を飲む。
リョコウは王となっていた。
その側にはランカの姿がある。
レイの侍女筆頭であり、陳倉の守将であった人物が、今はリョコウの妻となっていた。
「久しぶりだな、ヨウアン。少し老けたんじゃないか」
リョコウは王となっても何も変わっていなかった。
相変わらず口も悪く、王の品位の欠片もなかった。
ランカは、戦場で見たときよりも荒々しさが削げ落ちていた。
「賀蘭部を討つため、兵を出してもらいたい」
「賀蘭部? 何を馬鹿なことを言ってる。そんな遠くまで兵を出せるわけがないだろ」
敦煌から賀蘭部まではかなりの距離がある。
どんなに急いでも一ヶ月はかかる。
「見返りは?」
リョコウは、遠征するならそれなりの対価が必要だと言った。
ヨウチョウとは喧嘩別れしたが、涼と後秦が直接争っているわけではなく、むしろ交易を通じて関係は良好だった。
「当然の話だ。河西回廊の徴税権だ」
河西回廊とは、敦煌と天水の間にある酒泉、張掖、武威といった都市群である。
その支配権は曖昧で、交易税も涼と後秦で二重に取られることがあった。
涼にとっては、悪くない条件だった。
「匈奴が大将なのに、お前らが報酬を払うのか?」
リョコウの指摘はもっともだった。
後秦が最も負担しているように見えた。
「ヨウチョウはな……女で手を打ったんだ」
ヨウアンは苦々しげに言った。
「女だと? まさか……」
「そのまさかだ」
ヨウチョウが欲しがる女など、一人しかいない。
ランカは、レイが生き延び、しかもヨウチョウのもとにいると知り、愕然とした。
―――なんてことなの……。
リョコウとヨウアンは、ランカの顔色が変わり、震えているのを見ていた。
二人とも、何と言っていいかわからず、複雑な表情を浮かべていた。
「よかろう。兵を出す。ランカ、お前が大将だ。好きにやれ」
ランカは驚き、リョコウの顔を見た。
ヨウアンも、その意図を察した。
口は悪く、碌でもない男だと思っていたが、どうやら優しい一面もあるようだった。
「すぐに知らせることにしよう。俺はしばらく逗留させてもらう」
ヨウアンは、後秦は長くないと感じていた。
たとえ連合して賀蘭部を攻めても、勝てるとは限らない。
仇討ちは、ヨウチョウがフケンを殺したことで果たされていた。
これ以上、後秦に留まる理由はなかった。
「仏教の寺院でも見て回るか」
敦煌の空気は新鮮だった。
ヨウアンは、ここで骨を埋めるのも悪くないと思った。
「爺みたいなこと言うなよ」
リョコウは揶揄った。
ヨウアンは微かに笑うだけだった。
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ランカは五万の軍を率い、敦煌を出発した。
天水、統万城へ向けて伝令が先行して駆ける。
槍を握る手に、自然と力が入っていた。
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「敵が集結する前に叩くべきだ」
賀蘭部の軍議。
諸将の意見は一致していた。
ガナツの帰還を待ったばかりに、カクレンに時間を与えてしまった。
レイの命の危険はあったが、もはや動かざるを得ない。
ケイは賀蘭部、そして新たに傘下に入った匈奴の族長たちに号令を下した。
統万城へ向けて進軍する。
道中、各地から軍が合流し、その規模は十万に膨れ上がった。
匈奴・後秦・涼の連合は十五万と称しているが、統万城にいるのは匈奴と後秦の十万である。
涼は遠い。到着する前に決着をつけたかった。
統万城を背に、右にカクレン率いる匈奴五万、左に後秦のヨウセキトクが率いる五万が並ぶ。
ケイも軍を二分した。
後秦軍にはシトウ、ソンスウ、ブクレンの五万を当てる。
ケイはハクエン、ジュンカン、エイゲツ、サクを従え、カクレンと向かい合った。
「匈奴の兵たちに、離反を呼びかけましょう」
ソンスウの進言だった。
カクレンは再び兵を集めたとはいえ、恐怖で縛っているに過ぎない。
いまや匈奴の大半はケイの傘下にある。
呼びかければ、離反する可能性は高かった。
ケイは頷き、水面下での接触を認めた。
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カクレンは主だった族長たちを集めた。
「これは、匈奴の誇りを取り戻す戦だ。我に従え!」
カクレンの目が光る。
男の象徴を斬り落とされてなお、視線による洗脳は健在だった。
族長たちの目は虚ろになり、カクレンに平伏した。
ガナツが引きずられてきた。
「まずは、こいつを血祭りにあげる」
カクレンは大剣の腹でガナツを殴りつけた。
ガナツは頭から血を流し、気を失う。
族長たちが囲み、代わる代わる棒で叩いた。
ガナツの身体はぼろぼろになり、やがて絶命した。
首が飛ばされる。
カクレンはそれを兵に持たせ、ケイに届けよと命じた。
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賀蘭部の陣前に、匈奴の兵が一騎、近づいてきた。
ケイは様子を見守っていた。
兵は、何かを放り投げた。
ガナツの首だった。
陣が騒然となる。
ケイは怒りに震えた。
シトウが弓を引き、兵を射抜いた。
矢は頭を貫き、兵は倒れた。
それが、開戦の合図だった。
匈奴と後秦の軍が同時に動く。
賀蘭部も左右同時に動いた。
草原が、馬蹄で揺れる。
ケイとカクレン――
最後の戦いが、始まった。




