KILLER(3)
私が、果物の入ったカゴを持って病室に訪れると、ベッドの上のなずなは、体を反転させて、私の方を振り返った。
――もう意識を取り戻しているのか。
そのことが私にとっては驚きだった。昨夜のなずなの様子を見た時には、もうダメかと思っていた。
さらに驚きだったのは、私の顔を見たなずなが、ニコリと笑ったことである。
「じゅりちゃん、お見舞いに来てくれてありがとう」
私はベッドに駆け寄り、布団の上にカゴを置く。
そして、なずなに向かって、「バカ」と言う。
「あはは。なんか鍵を閉め忘れてたみたいで……」
「そっちじゃない!!」
私は、なずなの頬を叩こうと手を振り上げたが、すんでのところで思いとどまる。なずなは、病院着に身を包んだ病人なのである。
代わりに、もう一度、「バカ」と言う。
「なずなちゃん、何考えてるの!? あんなことをして!!」
「うーん、上手く寝付けなくて、いつもよりたくさん睡眠剤を飲んじゃったんだよね。そうしたら……」
「違う! 嘘つき!」
私に、「嘘つき」と指摘されたなずなは、信じられないことにヘラヘラと笑っている。
「看護師さんから聞いたよ。家で倒れてた私を見つけてくれて、救急車を呼んでくれたのはじゅりちゃんだって」
私がなずなの家に行ったのは、悪寒がしたからである。
いつもは返事が早いなずなから、LINEがいつまで経っても返って来ず、さらに電話をしても出なかった。
まさかと思い家を訪ねたところ、最悪の想像が当たっていたのだ。
不幸中の幸いは、なずながおっちょこちょいで、家の鍵を開けっ放しにしていたことだろう。
そうでなければ、私は、ワンルームの床で倒れているなずなに気付けなかった。
「……なずなちゃん、自殺なんてバカなことはもうしないで。なずなちゃんの命は、なずなちゃんのだけのものじゃないんだから」
「……どういう意味?」
「分かってるでしょ? なずなちゃんが死んじゃったら、セゾンstationのみんなが天国で悲しむよ」
それに、と私は続ける。
「なずなちゃんが死んじゃったら、私だって死にたくなっちゃう」
「ダメだよ。じゅりちゃんは前を向いて生きなきゃ」
「なずなちゃんもだよ!」
「いや、だから、私は、いつもより睡眠剤を飲み過ぎちゃっただけで……」
「違う!」
私は、ヘラヘラと笑うなずなの鼻先に、便箋を突きつける。
「……あ、バレてた?」
「なずなちゃんのバカ!」
私がなずなに見せたのは、なずなが書いた遺書だった。
救急車が来るのを待つ間、なずなの部屋の机の上で見つけたのである。
「まあ、その便箋はなんというか……じゅりちゃんの方で適当に処分しておいて」
「な、なずなちゃん、どうしてこんなことするの……?」
「……うーん、私みたいな奴が生きてて良いのかなっていうかなんというか……」
「バカなこと言わないで!」
私の頬から溢れた涙が白いシーツを濡らす。それを見て、なずなもようやくヘラヘラするのをやめた。
「じゅりちゃん、私、これから先どうやって生きていけば良いのかな?」
「どうやってって……」
「私にとって、セゾンstationが全てだったの。聖奈も喜帆も蘭も、それから麻美もいない世界で、私はどうやって生きていけば分からない。私、どうすれば良いのかな?」
そんなの私に訊かれたって困る。
私だって、三年前の放火事件で姉を失ったことで、全てを失ったのである。
私がなずなみたいに自殺を図らないのは、生きる意味を見出しているからではない。単に死ぬのが怖いからに過ぎない。要するに、なずなよりも度胸がないだけなのだ。
「……なずなちゃん、大丈夫だよ。いつか見つかるよ。私たちの生きる意味が」
「……本当かな?」
私は首を縦に振る。
根拠も自信さえもないのだが、そう考えないといけないのだ。そう考えないと、死の誘惑に呑まれてしまう。
「とにかく、なずなちゃん、自殺することは絶対禁止だから。私と約束して」
「どうして?」
「とりあえずは私のため!」
私は、ベッドに横たわるなずなの手を引き上げると、無理やりに指切りげんまんをした。
「それから、なずなちゃんの部屋にあった錠剤は、私が全部捨てたから」
「え!? それはダメ! 私、睡眠剤がないと寝れないの。あの日のことがフラッシュバックしちゃって……」
なずなが「あの日のこと」と言ったのは、三年前のビル火災の日のことに違いない。
私だって、その場にいなかったものの、その日の光景を想像してしまい眠れなくなることが未だにある。
ゆえに、私も毎晩睡眠剤を常用している。
「なずなちゃん、睡眠剤は、私が処方してもらってるのを分けてあげるよ」
「どういう意味?」
「私もなずなちゃんも睡眠剤に頼り過ぎなの。だから、私の睡眠剤の量を半分にして、残り半分をなずなちゃんに分けてあげる。そうすれば、お互いの睡眠剤の量を減らせる」
それに、と私は続ける。
「睡眠剤を手に入れるためには、なずなちゃんは私に定期的に会わなきゃいけない。そこで話し合おうよ。これからの私たちの生き方を」
なずなはしばらく考えた後、「悪くないアイデアだね」と言う。
「だけど、本当に上手くいくのかな?」
「分からない。でも、やるしかないでしょ」
――やるしかない。
絶望的なこの世界で生き残るためには、傷を負った二人で支え合うしかないのである。
私は、なずなの手を掴み、再度、指切りげんまんをした。




