名前
「……それで、なずなちゃんは、シオンとしてアイラッシュのメンバーになったということ?」
「そうだよ」と風華が答える。
「なぜなずなが名前とルックスと声を変えたのかについては、未だに私もよく分からないんだけど……」
なずながミライではなくシオンになった理由――それは、アイラッシュが「セゾンstation」であることをファンに気付かせないためではないか。
なずながミライを名乗れば、五人中五人全員の名前が一致してしまうことになる。それはさすがに「偶然」と言い訳できない。
それに、なずなが声を公表してしまえば、なずながセゾンstationの元メンバーだと同定されてしまう可能性が出てくる。それもまた動かぬ証拠となりかねない。
他方、セゾンstationとアイラッシュとの間には、五年の歳月の差だけでなく、実物アイドルとVRアイドルという差がある。
アイラッシュのファンには、私のように、元々地下アイドルが好きだった者もいるが、それは少数派で、多くは、元々はVtuber好きやアニメ好きだった者である。
セゾンstationが世間的には知名度のない地下アイドルであることを考えても、アイラッシュのファンがセゾンstationを元々知っている可能性は低い。
さらに、「セゾンstation」でググってみたものの、画像や動画等は全て削除されており、メンバーの容姿はおろか、名前すらも確認できなかった。
おそらくプロデューサーであり、楽曲制作も行なっていたことから、セゾンstationに関わる権利関係を一手に握っている風華が、ネット上の情報を削除したのだろう。
ゆえに、アイラッシュのファンが、セゾンstationとのリンクに事後的に気付く可能性も低い。
なずながミライとならなかったことは、アイラッシュの秘密を保持するための最後の安全弁となるのだ。
「……果乃、もうシオンにはなりたくないよね?……こんなユニットになんてもう入りたくないよね?」
ビル火災に巻き込まれ、メンバーの大半が死亡し、解散に追い込まれたセゾンstation。その「生き写し」がアイラッシュなのだとすると、アイラッシュに加入することには抵抗があるのが普通だ。
おそらく、アイラッシュのメンバー募集も、セゾンstationのことは伝えられないままで行われたのではないだろうか。
今いるメンバーにも、アイラッシュの秘密を知らない者がいるに違いない。
「……いや、そういうことはないんだけど……」
アイラッシュの秘密を知って、衝撃を受けたことは否めない。
とはいえ、私の場合は、死んだ者の代わりをすることについては、最初から了解している。私は、なずなに代わってシオンをやることを打診されているのだ。
その意味では、せっかく調べてくれた妃芽花には申し訳ないが、アイラッシュの秘密を知ったこと自体は、私の判断には影響しない。
他方、私にとってアイラッシュの秘密が意味を持っているのは、なずなの死との関係である。
なずなが殺されたことと、アイラッシュの秘密とは、必ず関連しているはずなのだ。
そして、その鍵を握ってるのは――
「ふうかちゃん、この記事を見て欲しいんだけど……」
私がテーブルの上に置いたのは、妃芽花にもらったコピー用紙である。
雑誌の記事が印刷されているものだ。
初見ではなかったようで、風華は「ああ。これね」とぼやいた。
「ふうかちゃん、この記事には、亡くなったセゾンstationのメンバーの本名が書かれてるの」
私は、記事に書かれた被害者の名前を読み上げる。
「茨木聖奈、団藤喜帆、仲宿蘭」
それから、と私は最後の名前を読み上げる。
「琴平麻美」
珍しい名字である。偶然の一致ではないだろう。
「亡くなった琴平麻美は、琴平珠里のお姉さんだよね?」
しばしの沈黙。
その後、風華がようやく、「そうだよ」と答える。
「……セゾンstationを復活を望んだのは、私となずなだけじゃなくて、珠里もだった」
さらなる真相が明らかになったところで、私は大きな引っ掛かりを覚える。
珠里は、姉である麻美のことを嫌っていたのではなかったか。
そして、何より、珠里は、姉がアイドルであるということを私に話してくれた一方で、その姉がすでに死んでいるという話はしてくれなかった。
珠里は、そのことを私に隠していたのである。おそらく意図的に。
「……ふうかちゃん、今日はアイラッシュはオフだから、じゅりちゃんもオフだよね?」
「もちろん」
「じゅりちゃんは家にいるかな?」
「……多分。珠里はインドア派だから」
「じゅりちゃんの家はどこか分かる?」
昨日、珠里は、東西線の車内で、私に「高田馬場で乗り換える」という話をしていた。家はおそらく山手線沿線か西武線沿線にあるはずだ。
「中野だよ」
「え!?」
私は唖然とする。
中野に住んでいるのだとすると、高田馬場で乗り換える必要はない。中野は東西線の終点だ。そのまま電車に乗っていれば着く。
珠里は、私に嘘をついていたのか――
「じゅりちゃんって中野のどこに住んでるの?」
「中野駅から徒歩三分くらいかな」
やはり珠里は私に嘘をついていた。
乗り換える必要などどこにもない――
そして、次の風華の発言は、さらに衝撃的なものだった。
「珠里が住んでるアパートは、皐月が住んでたアパートと一緒だよ。皐月には自傷癖があったから、珠里は心配して、皐月の隣の部屋に住んでたの」




