犠牲者
妃芽花が指差したのは、歌舞伎町によくある雑居ビルである。
すなわち、一階にはいわゆる「無料案内所」があり、二階以上にも、名前からしていかがわしそうなテナントが入っている。
「……ここにアイラッシュの秘密が詰まってるの?」
アイラッシュの背後には、怪しい風俗店の経営者――おそらくヤクザ絡みだろう――がいるという意味だろうか?
「正確に言うと、今あるこのビルはアイラッシュと関係がない。関係があるのは、七年前までここに建っていたビル」
たしかに言われてみると、妃芽花が指差した雑居ビルは、築年数がそれほど経っていないように見える。
「……その、七年前まで建っていたビルがどうしたの?」
「燃えたんだよ。ビル火災でね」
妃芽花は、ショルダーバッグから、四つ折りにされたコピー用紙を取り出す。
「これが当時の新聞記事。図書館で印刷してきたの」
妃芽花に手渡されたコピー用紙を広げると、たしかに新聞の一面が印刷されていた。
夜深くであるが、街のネオンによって、難なく文字を読むことができる。
見出しはこうである。
〜歌舞伎町ビル放火 少女四人が犠牲に〜
「果乃、記憶にない?」
「うーん……」
ぼんやりとだが、当時そのような報道を見たような気がする。
たしか――
「……地下アイドルの子が死んじゃったんじゃなかったけ?」
「そうだよ。その記事にも『死亡した四人の少女は、アイドルとしてライブ活動を行っていた』って書いてある。ビルの地下がライブハウスで、高層階が楽屋になってたんだ」
たしか消防法が守られておらず、本来の避難経路が改築によって塞がれていた、というような報道もあった覚えがある。ビルのオーナーが謝罪会見をしていた。
覚えているのは、このくらいである。
アイドルが四人も死んだというのは、とてもセンセーショナルなことにも思えるが、所詮、地下アイドルである。
世間的な知名度はなく、報道が加熱することもない。
「放火犯は、アイドルファンの男だった。ただ、動機はよく分かっていない。その男も焼死したからね」
だとすると、なおさら報道は落ち着く傾向にあるだろう。
犯人死亡で、動機も不明となると、ワイドショーのコメンテーターも何も言うことがない。
「……それで、妃芽花、その放火事件がアイラッシュと何か関係があるの?」
「大アリだよ。これを見て」
妃芽花がまた四つ折りのコピー用紙を私に手渡す。
開いてみると、今度は印刷されていたのは雑誌の記事である。
〜逃げ遅れた地下アイドルの悲哀 ビル火災の犠牲者は全員同じユニットだった〜
そんなタイトルの記事だ。
その記事には、新聞以上に詳細に被害者の情報が記載されていた。
被害者である四人の本名も載っている。
私が目を奪われたのは、被害者のうちの一人の名前である。
もしかすると、私はその人物を知っているかもしれない。
しかし、妃芽花が雑誌の記事を示したのは、私に被害者の名前を見せるためではなかった。
妃芽花が指摘したのは、犠牲となったアイドルの所属ユニットである。
「亡くなった四人ともが、セゾンstationっていうユニットのメンバーだったの」
「セゾンstation……」
聞いたことはない。
おそらく当時の報道では、犠牲者が所属していたユニット名までは出ていなかったはずだ。
それに、おそらくはそれほどメジャーなユニットではないのだと思う。
「最後にこれを見て」
妃芽花がショルダーバッグから取り出したのは、コピー用紙ではなく、フライヤーであった。
地下アイドルがライブハウスや路上でよく配布しているカラー印刷のチラシである。
「これって……」
「当時、セゾンstationが配ってたフライヤー。オーロラ・ドミナントの運営に、こういうのを几帳面に集めている人がいて、もらってきたんだ」
そこに記載されていた情報は、あまりにも衝撃的なものであった。
セゾンstationのメンバーである五人の女の子の写真。そこに記載されているメンバー名は――
「ゆうき、すみれ、みま、ひなの、みらい」
「みらい」を除き、アイラッシュメンバーと名前が一致しているのである。
否、名前だけではない。
ルックスの特徴も、アイラッシュのビジュアルと共通している。
すなわち、ゆうきはユウキのように丸顔で愛嬌のあるルックス、すみれはスミレのようなクールビューティー、みまはミマのような長身のお姉さんタイプ、ひなのはヒナノのようなベイビーフェイスなのである。
ルックスの特徴に加えて、担当カラーもそれぞれ一致していた。
さらに――
私にとって最も衝撃的だったのは、唯一、アイラッシュのシオンと名前も特徴も担当カラーも一致していない「みらい」の写真である。
見間違いようがない。
それは私の恋人――幼き日の楠木なずなの写真であった。




