メトロ
今日は、アイラッシュのライブを「見学」させてもらった。
元々アイラッシュのファンなので、客席でライブを見たことは何度もある。
しかし、今回は、中の人が踊っている様子を見させてもらった。はじめて、客席のある一階ではなく、撮影を行っている二階の部屋に通してもらったのだ。
その部屋は、なずなが毒殺されたまさにその部屋でもある。
モーションキャプチャーの仕組み自体は知っていたが、イメージしていたのと、実際に見てみるのとではやはり違った。
VR加工されてしまい、その場面が直接配信されないのがもったいないほどに迫力があった。レッスン以上の迫力である。
どうせVRになるのだから、と手を抜いている様子は一切なかった。表情の一つ一つ、指先の動作まで、メンバーは集中して行なっていた。
また、モニターの映像も大変興味深かった。
百五十センチ四方くらいの大きなモニターが、メンバーの対面の壁に設置されていて、客席の様子が大映しになっているのである。
客席と部屋とは別空間で、階層も違うのだが、想像以上に一体感がある。
モニターを通じて、観客の一人一人がしっかりと見えるのである。
メンバーは、配信などで、「昨日上手で見てたよね!」とか「後ろにいてもバッチリ見てたよ!」などとファンとコミュニケーションをとっているが、たしかにこの大きなモニターがあれば、そこまでハッキリ見える。
私は、緑色のペンライトを必死で振っている莉亜を見つけ、微笑ましく思った。
そして、私は、ある衝撃的な事実にも気が付いてしまった。
メンバーに付けられたモーションキャプチャーの位置の調整等のために、ライブ中、スタッフがメンバーの身体に触れる場面が多くあるのである。
そのことはすなわち、なずなに毒を飲ませる機会があったのは、メンバーのみではない、ということである。
部屋には、スタッフが八人ほどがいた。そのうち、顔と名前が分かるのは風華だけで、その他のスタッフは、アイラッシュのライブに常駐しているのかどうかも分からない。
もしかすると、なずなを殺したのは、私の知らないスタッフなのかもしれない。
なずなは美少女だ。なずなに一方的に恋愛感情を抱いていた男性スタッフが、逆恨み的になずなを殺した可能性すらありえる。
そうだとすると、私に犯人を特定することはもはや不可能だ。
「じゃあ、みんな、私はここで」
ライブからの帰り道、私は、人知れずに絶望を感じながら、メンバーと風華の後をついて行っていた。
メトロに通じる階段を降りたところで、真央李が手を振る。
「まおりちゃん、どこに行くの?」
「私の家は半蔵門線なの。だから、みんなとはここでお別れ」
半蔵門線と聞くと、なずなが住んでいた清澄白河駅を思い出す。
なずなにあんなことがなければ、何度も利用したであろう駅。
「かのちゃん、じゃあね……あ、海老以外にアレルギーあったら教えてね。歓迎パーティーの場所選びの参考にするから」
真央李の中では、私がシオンになることが既定路線のようである。
私はまだ何も決断できていないため、勇み足にもほどがあるが、もしかするとこれは真央李なりの策略なのかもしれない。既成事実を作り、外堀を固めようとしているのかもしれない。
真央李と別れ、残ったのは、凛奈と珠里と風華、そして私。
看板に描かれた水色の標識が指す方へと進んで行く。残ったメンバーは、いずれも東西線ユーザーらしい。
東西線のホームへと向かうエスカレーターの前で、今度は凛奈が手を振る。
「私、みんなとは逆方面だから」
「逆方面というと……」
「千葉の方。田舎の方が家賃が安いから」
凛奈はそういうところはしっかりしてそうである。
「果乃、今日のライブを見て感じたでしょ?」
「……何を?」
「シオンがいないと、とても寂しいの」
それはそうだ。そもそも、元々五人組のユニットが三人でステージに立つこと自体、なかなか寂しい。
「果乃の前向きな返事を待ってるね。バイバイ」
凛奈は、普段はクールで飄々としているが、この件については押しが強いように思える。私のことを気に入ってくれているということかもしれない。
珠里と風華と、三人でエスカレーターに乗る。
すでに電車がホームに来ていたため、最後は駆け足でエスカレーターを降りた。
出発には間に合った。
ただ、満員電車、とまではいかないが、座れる席はどこにもない。
三人が吊り革を掴んだところで、電車のドアが閉まり、発車する。
「果乃、私は果乃の決断を尊重するよ」
風華が、私の肩を触りながら言う。
「果乃がシオンをやりたくないなら、それはそれで構わない。もちろん、やってくれたら嬉しいけど」
それから、と風華は続ける。
「もしもなかなか決断できないなら、それもそれで良いと思う。今日みたいにライブもたくさん見学してくれて良いよ。他に見たいこととか知りたいことがあったら言って」
風華は優しい。私は風華の優しさに甘え過ぎているのかもしれない。
本来であれば、もっと早く決断するべきなのだ。
シオンの「暫し休養」期間が長引けば、ファンは不審がるだろう。
それに、今日のライブで、チケットを持て余してしまっていたシオンファンも少なくない。
優柔不断な私は、みんなに迷惑を掛けてしまっている。
加えて、時間が経てば経つほど、決断は難しくなってしまっている。
なずなの死の真相はますます分からなくなってしまっているし、それに――
妃芽花からの勧誘もあった。
妃芽花の言葉を額面どおり受け取って良いのかは分からない。
とはいえ、私にとって、妃芽花は特別な存在なのである。妃芽花の提案を無下にすることなどできない。
「まあ、あんまり考え過ぎないでね。じゃあね」
風華は飯田橋で降りた。
ここから有楽町線に乗り換えるとのことである。
珠里と二人きりになった。
「じゅりちゃんはどこで降りるの?」
「え……? わ、私は高田馬場」
「高田馬場に家があるの」
「ううん。そこから乗り換えるの」
高田馬場は、山手線と西武線と連結している。珠里の家はその沿線のどちらかなのだろう。そういえば、猫を飼えるように近々引っ越すという話をしていた気がする。
「……か、かのちゃん、アイラッシュのこと嫌いになっちゃった?」
「え!?」
「なずなちゃんのことがあったから……」
嫌いになる方が普通なのかもしれない。
それがメンバーではないとしても、なずなを殺した犯人はアイラッシュ関係者で間違いないのだから。
ただ、アイラッシュに対して一時は抱いていたかもしれない悪感情は、私の中で消えつつあった。
アイラッシュに懸けるメンバーの想いを知ったからだ。
それに――
アイラッシュはなずながメンバー選考に関わり、なずなが作ったユニットである。
アイラッシュはなずなの遺産、ともいえるかもしれない。
「かのちゃん、私はね、なずなちゃんは、かのちゃんにシオンをやって欲しがってると思う」
「……どうして?」
「だって、かのちゃんがシオンをやれば、それはなずなちゃんの意思を継いだことになるでしょ?」
「……どういうこと?」
「かのちゃんも分かってるでしょ? なずなちゃんは、毒で苦しみながらも、最後まで踊り切った。それは、シオンを生かすため」
珠里の言わんとしていることは分かる。私も、そのことに気付いていないわけではない。
「なずなちゃんは、自分は死んでも、シオンには死んで欲しくなかったんだよ。シオンは生かし続けて欲しい、というのがなずなちゃんの意思なの」
そういう考え方はできないでもない。
ただ――
「じゅりちゃん、それは、なずなちゃんが自殺した、という前提と矛盾しないかな?」
「……え!?」
「なずなちゃんがシオンを生かそうと思っていたなら、そもそも、ステージの上で自ら毒を飲まないでしょ?」
「それはそうだけど……」
珠里は考え込んでしまう。
珠里をなずな他殺説に誘導しようとした、というわけではない。
私自身、何が何だか分からなくて、混沌とした思考の中にいる。それを思わず披瀝してしまっただけなのだ。
珠里から答えが返ってくることがないまま、電車は早稲田に到着する。
「じゅりちゃん、じゃあね」
「……バイバイ」
ホームに降り立つ。
珠里の乗った電車は、次の高田馬場駅に向けて出発する。
私は、エアコンの室外機からの生温い風を受けながら、ため息を吐く。
「なずなちゃんの意思かあ……」
同時に、ポケットの中のスマホが振動する。
画面を確認すると、それは、妃芽花からの着信だった。
探偵小説であれば、ここまでが【出題編】で、ここから先が【解決編】というところでしょうか。ただ、探偵小説ではないので、必ずしも全ての手がかりを記しているわけではないですし、ここから先の展開で書きたいことは単なる種明かしでもありません。
ただ、ここから先は無駄な寄り道をすることなく、スピーディに進んでいきます。一時はゼロであったストックも回復傾向なので、更新頻度も上がるかもしれません。
どうでも良いですが、筆者は、本日で33歳になってしまいました。
グラビアアイドルの鈴木ふみ奈さんと同じ日に生まれました。彼女がグラビアを頑張っている限りは、僕も老いぼれるわけにはいかないなとは思いつつも、過度な飲酒のせいでおそらく長生きはできないので(苦笑)、創作も書けるうちに書いておかねばなと思っています。
長くなりました。
ミステリー的にはここから面白くなると思うので、応援よろしくお願いします!




