アミューズメントカジノ
「りんなちゃん、ここはヒット? スタンド?」
「自分で考えて。果乃は頭良いんでしょ?」
「いや、こういうの初めてで……」
「自分で考えて」とは言われたものの、頭など少しも回らない。
簡単な計算はできる。八足す四は十二である。
しかし、次の「アクション」をどうすべきは分からない。
私の隣に座ってる凛奈は、チョッキを着たディーラーの女の子の呼び掛けに応じ、テーブルをタンと叩く。
凛奈に新たなカードが配られる。
ハートの五である。
十三足す六足す五は……二十四か。
二十一を超えたので、凛奈はドボン負けということになるだろう。
しかし、凛奈は表情一つ変えない。ポーカーフェイスなのだ。
「ヒットオアスタンド?」
ディーラーは、今度は私に問い掛けている。
凛奈の手札に気を取られていて、自分自身の「アクション」について考えていなかった。
混乱した私は、先ほどの凛奈を真似て、テーブルをタンと叩く。
叩いた後で、これは「ヒット」、すなわち、カードの追加を求める動作なのだと気付く。
動作の意味すら、私の頭から抜けていたのだ。
そして、私に配られたカードは、スペードの十であった。
八足す四足す十は……二十二。
二十一を超えてしまったので、「バスト」。
つまりドボンである。
「ああもう!」
私は、凛奈のようにクールではないので、子どものように悔しがる。我ながら、今いる薄暗いシックな空間に馴染んでいない。
ゲームが終わり、私がベッドしたチップはディーラーによって回収される。
度胸のない私は、そもそも大した枚数は賭けていないのだが、それでもやはり悔しい。
「え!?」
私が声を上げたのは、私と同様に負けたはずの凛奈がチップを受け取っていたからだ。
「りんなちゃん、どうしてチップがもらえるの?」
「もちろん、勝ったから。十足す六足す五は、二十一でしょ?」
あれ? 私がさっきした計算と違う。
どこで計算を間違えたのだろうかと検算をしていると、凛奈が「十以上のカードは十と扱われる」と、私の頭から抜けていたルールを指摘する。
「ああ! なるほど!」
それにしても、二十一を揃えて勝利したにもかかわらず、顔色一つ変えない凛奈はすごい。
「ブラックジャックは初心者には少し難しいかな? もっと単純なやつ……たとえば、ルーレットでもやる?」
「やる!」
それなら私にでもできそうだ。
スミレの中の人である凛奈が私を誘ったのは、アミューズメントカジノであった。
行き先を聞かぬまま六本木駅で待ち合わせした。
ゆえに、駅の出口で、凛奈から「これからカジノに行く」と聞いた私は唖然とした。
凛奈に、違法な場所に連れて行かれると思ったのである。
しかし、凛奈の話によれば、カジノは現行法上違法だが、お金を賭けないアミューズメントカジノは適法だということである。
チップを換金できるかできないのかが分水嶺とのこと。
他方、日本で適法なものとされているパチンコは、建前は球を換金することができないものの、換金用の施設を店外に別に設けることで、違法の誹りを免れているとのこと。
私が法学部生だと知っている凛奈は、「釈迦に説法だけど」と説明を締めくくるのを忘れなかった。
いくら大学で勉強していても、社会に疎いと意味がないのだなと思い知る。
「うわっ、本当に回ってる」
「ちょっと、果乃、笑わせないでよ」
「なんで?」
「反応がウブ過ぎ」
そうかもしれないが、ゲームか映像化でしか見たことのないルーレットが目の前でビュンビュン回っている光景は壮観である。
このまま永遠に止まることがないのではないかと思うほどスムーズな回転。
それでも、やがて減速し、激しく動いていた球も、やがて一つのポケットに収まる。
万物流転。
しかし、その行き着く先は静――
「よし、果乃、次はベットするから」
「……どうやって賭ければ良いの?」
「見てて」
凛奈は、テーブルに描かれた図の中に、素早くチップを配置していく。
四角の中に配置したり、その角に配置したり。その見事な手捌きに目を丸くする私だったが、賭け方のルールはよく分からなかった。
「もうルーレット回ってるけど……」
「回ってる最中も、ディーラーの制止の指示があるまでは賭けられるの」
つくづく知らない世界である。
私がウブなだけなのか、それとも凛奈が熟れているのか。
凛奈は、金髪の美形である。
その見た目を裏切らず、中身もメンバーで一番大人で、落ち着いている。
凛奈との会合の前に、真央李と珠里とも会って話をしたが、率直に、二人ともシロだと感じた。
二人とも人殺しには見えなかったし、ましてや、大事な仲間であり友達であるなずなを殺すようには見えなかったのである。
とすると、消去法で、犯人は凛奈ということになるだろうか――
凛奈は凛奈で人殺しには少しも見えない。
ただ、話を聞くまではまだ分からない。
ルーレットは良い。
ルーレットが止まって玉がポケットに入るまで、会話をする時間がある。
「りんなちゃん、一つ訊いて良い?」
「何?」
「なずなのこと、どう思ってた?」
ディーラーが球をルーレット台に投げ入れる。
「果乃のことを憎く思うくらい」
「……え?」
「私もなずなと付き合いたかった」
球が数字の外周をグルグルと回る。
「……それって……」
「単なる冗談」
カツン、と球が菱形の出っ張りにぶつかり、数字の上へと下る。
「果乃、本気にしないで」
「でも……」
「要するに、それくらい、私もなずなのことを気に入ってたってこと」
球が、ポケットの側面に弾かれる。出目が決まりそうで決まらない。
「もしかして、果乃、なずなは私が殺したと思ってる?」
「え!?」
結果、球は黒いポケットに吸い込まれた。
「図星だったかな」
凛奈は黒に張っていたようで、コインが何倍にもなって返ってくる。
「……べ、別に疑ってるわけじゃ……」
「果乃の気持ち、分かるよ。私も似たような経験がある」
凛奈が、次のゲームに向けたベットを開始する。
「私のママがギャンブル好きだった」
「りんなちゃんのママが?」
「うん。とっくに死んだけど」
凛奈は、チップを図に配置しながら続ける。
「私のママは殺されたの」
「え!?」
「まあ、自業自得なんだけど」
私が言葉を失っているうちに、凛奈はベットを終えた。
「ロクな仕事に就いたこともなくて、身体を売ってその日暮らしをしてた」
それで、と凛奈は続ける。
「ママは、ある日、行きずりで寝た男から金を騙し取ろうとしたの。それで男と口論になって殺された。最悪でしょ? でも――」
凛奈が重ねたチップにさらに重なるように、凛奈の涙が落ちる。
「ママは、私にとっては最高のママだった」




