勅使河原凛奈
あつい――
のどかわいた――
まま、たすけて――
ままは、いま、りんながぴんちだということにきがついていない。
つめたいかぜがでてくるやつ――たしか「えあこん」といった――それがとつぜんこわれてしまって、うごかなくなったのだ。
それから、りんながいまいる「くるま」のなかはどんどんあつくなってきた。
こんなにあついのははじめてだ。
あまりにあついから、おようふくはきていられなかった。
あまりにのどがかわいたから、ままがかってくれたぺっとぼとるのみずも、ぜんぶのんだ。もうからっぽだ。
あせがとまらない。
あたまがぼーっとしてくる。
このままここにいたら、りんなはどうなってしまうのだろう――
だいじょうぶ。ままはきっとりんなをたすけにきてくれるはずだ。
ままはりんなのためになんでもしてくれるのだ。
だから、いまは「ぱちんこ」をしていてりんなのぴんちにきづいてないかもしれないけど、ぜったいにままはたすけにきてくれる。
だって――
だって――
ままは、りんなのことがだいすきだから。
「くるま」のまどのそとに、かみぶくろをかかえたままがみえた。
「まま!!」
りんながまどをたたきながら、さけぶと、ままはびっくりして「くるま」まではしってくる。
ままが「くるま」のどあをあけて、「ちゃいるどろっく」をかいじょしてくれる。
「凛奈!!」
「まま!!」
ままがかみぶくろをほおりなげ、はだかのりんなをぎゅっとだきしめてくれる。
「凛奈、ごめんね!! 凛奈!!」
「……まま、ありがとう」
ほら。やっぱりままがたすけてくれた。
ままはいつだってりんなのことをたすけてくれるのだ。
…………
母の葬式の参列者は、わずか三人だった。
叔母、叔母の夫、そして、私である。
無念の死だっただろう。
母は、殺されたのだ。
それも、行きずりで出会った、ほとんど面識もない男に。
葬式の直前、警察から祖母に電話があった。
母を殺した犯人は、元暴力団員で、逮捕直後の尿からはわずかながら覚醒剤が検出されたということだ。
そんな毒にも薬にもならない情報を遺族に伝えて、一体何になるというのか。
今回の事件は、そんな男を捕まえて一夜をともにしてしまった母に責任がある、とでも言いたいのだろうか。
私は、母を殺した犯人には、これっぽちも興味はなかった。
「晴奈、どうして、どうして死んじゃったの……?」
叔母が、棺の中の、真っ白な顔の母に問いかける。
「どうして? どうして、こんなに幼い子を残して……」
幼い子、とはもちろん私のことである。私は十五歳で、中学の制服を着て葬式に参加している。
母に涙ながらに話しかける叔母を見ながら、私は叔母の真意はどこにあるのだろうかと訝しむ。
私を憐んでいるのか。
それとも――
私を叔母夫婦に押し付けた母に恨み言を言いたいだけなのか。
母は、シングルマザーで、常に孤独だった。
友だちもおらず、親戚も遠くに住む叔母しかいない。
母には、娘である私しかいなかった。
その母が死んだ今、私の引き取り手は叔母夫婦しかない、ということになる。
それは死んだ母も、叔母夫婦も、私も、誰も望まぬことである。
しかし、そうするほかないのだ。
私は、叔母夫婦の家に置いてもらうことはやむを得ないとしても、それ以上は絶対にお世話にならないと心に決めていた。
生前、母はまともに働いたことがない。
身体や心に病気があったわけではない。
学も職歴もないシングルマザーが、昼間に働いて子どもを育てていくことがどだい無理なのである。
母は、私を育てるために、いわゆる売春婦をしていた。
売春婦ならば、夜に短時間働くだけで、それなりのお金がもらえるからだ。
それは極めて合理的な選択だ、と私は思う。
しかし、叔母が違う考え方をしていることは明らかだった。
叔母は、返事ができなくなってしまった母を一方的に責める。
「晴奈、あんたがギャンブルになんか狂っていないで、まともな仕事さえしていたら……」
「ギャンブル狂い」と言えるまでなのかどうかはさておき、母がパチンコや競馬などのギャンブルに興じていたことは事実である。
とはいえ、私は、それとこれとは話が別だと思う。
ギャンブルは、母の唯一の楽しみだったのだ。
ギャンブルという息抜きがなければ、母の心は折れていたと思う。
それとも、叔母は、母に、休みのときは常に部屋に篭り、昨日寝た男の気持ちの悪い顔を思い出しながら暮らせとでもいうのか。
母が売春婦をやっていなければ、母が死ぬことはなかった、というのも正しい。
母は、売春相手から小遣いをせびろうとして殺されたのである。
しかし、それはあくまでも結果論だ。
母はたまたま運が悪かっただけなのだ。
母と同じような生き方をしている多くの女性は、ほとんど死なずに済んでいるのだから。
「果てには凛奈にもあんなことをさせて、晴奈、あんたは本当に最悪だよ」
「叔母さん!!」
さすがに黙っていられなかった。
「ママのことを悪く言わないで! 私は自分の意思でやってるんだから!」
「本当かしら? あなたが稼いだお金は、全てママがパチンコで溶かしてるじゃない」
「それも私の意思なの!」
叔母が、「あんなこと」と言ったのは、私の仕事のことである。
私は、十一歳の頃から、いわゆる「ジュニアアイドル」をやっている。
中年おじさんカメコが集う撮影会に出たり、水着や薄着でイメージビデオを撮影したりしている。
その仕事は、私にとって決して気持ちの良いものではない。
下心を隠そうとしない大人たちに囲まれて、人間の醜さに嫌気がさしてくる。
水着の面積が小さくなればなるほど、人が群がり、お金が集まる。
私はこの仕事を誇らしく思ったことはないし、むしろ、同級生にバレないように必死で隠していた。
それでも、私は、決して、母に命じられて無理やりその仕事をしていたのではない。
私のために、私なんかよりももっと辛い思いをして稼いでくれている母に、少しでも恩返しをしたかったのである。
ゆえに、私が稼いだお金を母が持っていてしまうことは当たり前なのだ。
その使途がパチンコであっても一向に構わない。
「凛奈、あんたはママに洗脳されて、利用されてたの!」
「違う! 叔母さんは何も分かってない!」
「ちょっと、晴子、今は葬式だぞ。死者の悪口を言うなんて、みっともない」
「……そうね。ごめんなさい」
叔母の夫が仲裁に入ったことで、その場は何とか収まった。
叔母は決して悪い人ではない。社会的にそれなりの地位も築いている。
しかし、私は、絶対にこの人とはやっていけない。
一刻も早く叔母の家から出よう、と強く決意した。




