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青色はぐれ星  作者: Full moon
第1章
8/21

第六話 汚染と二人の少女

泣き叫ぶ声がする。すすり泣く声がする。流れ落ちた水滴が足元で海を作る。その中を、水しぶきをあげながら泳いでも、一向に岸にたどり着くことはない。悲しみの奔流は、とどまることを知らず、襲いかかる。


何かのたかが外れた音がした。何かが頭の中をうごめいているような気がした。鳳蝶のように、儚く弱く、ふらふらと。


虫取り網に残酷に捕まり、地面に押さえつけられる。羽を痛めつけられ、ボロボロに砕けたそれに、容赦なく針が刺さる。


どうしようもない大きな存在。人に標本にされる虫のように、心は押さえつけられ、箱の中にしまわれる。









時は少し遡る。それは如月未来が転校してきた日。二人の生徒のお話。


「マヤちゃんありがと〜」

休み時間になった途端抱きついて来る。いつものことなのでそれを大きく受け止めてやった。バフン、と音を立てて、私の胸の間に彼女が収まる。

彼女は堀田椎名。私の、口に出しは決してしないけど、親友。

「全く、少しは勉強しなさいよね。いっつも助けてあげてる私の身にもなってよ」

少しキツイ言い方かも知れないけれど、こうでもしないと治らない。将来が心配なんだ。この子はいっつもふわふわしている。言動も、髪も、そして、まぁその、体つきも。

「うん・・・ごめんね?」

そう言って上目遣いで謝って来る。見る人によってはぶりっ子だと思ってしまうかも知れないけれど、シィは超がつくほどの馬鹿正直だ。その上シィはこの表情を私にしかしない。私限定で甘えて来るのだから、悪い気分はしない。

「ま、まぁ、助けてあげるのは友達として当然だし、別にいいんだけど・・・・・って何してるの」

シィが盛んに頭を振っている。ふわふわした髪が時折腕をかすめる。

「やっぱり〜この硬さが一番安心できる〜ギャン!」

拳をグーにして、頭にゲンコツを落としていた。

「学校でそんな話をするな!」

「いてて、ひどいよ〜」

とか言いながら、全く痛がる様子を見せないシィ。こういうのには慣れているのだろう。私が慣らせた。

ただまぁ、こういうのは私とシィの間では当たり前の光景になりつつある。少々不本意だが、周囲はいつものことだと思って話しかけようという人はいない。

「変なこと言うからでしょうが」

そりゃ私はシィほど胸大きくないよ。・・・まな板だもん。そんなのわかってるし。


「ねぇねぇ知ってる?胸って揉むと大きくなるんだよ?」

声のトーンがひときわ落とされて、声を出して来る。

耳元に近づく。ふわふわした声のはずなのに、斬るように感じる。

「学校じゃなかったら、いっぱいしてもいいよね?」






「お邪魔しま〜す」

元気な声を出して、シィがやって来る。勝手知ったる風で、自分専用のスリッパを履き、パタパタと音を立てながら、部屋の中へ入って来る。

「・・・何で制服なの?」

そうたずねると、シィは不敵に笑った。

「マンネリ防止ってことで」

私はその返答を無視して、紅茶をマグカップに入れた。シィはミルクティー、私はレモンティーだった。


「何でレモンティーなの?!」

シィに紅茶の好みを言った時のことだ。そこまで驚くことか、と疑問に思ったが、シィは力説してきた。

「知ってる?紅茶の歴史って古いんだけどね、紅茶を日常的に飲むようになったのは大航海時代のイギリスなんだよ。イギリスは一年中ジメジメとした雨が降って寒いのよね。だから最初人々は寒さ対策でお酒を飲んでいたの。でも酔っ払いが大量に生まれたわけ。その時、ちょうど紅茶が発見されて、政府が紅茶を飲むように推奨したの。でもね、緑茶とかウーロン茶でも言えることなんだけど、あれは胃の内壁を傷つけるの。だから紅茶をたくさん飲んだイギリス人は腹痛に苦しんだの。だから牛乳を入れることでそれを中和したの。だから紅茶はミルクティーが王道なの!」

ハァそうですか、とその時は思った。というかシィがここまで力説したのは後にも先にもこれが最後だった気がする。


「はい」

そう言ってお茶を持って来ると、シィはすでにベッドに座っていた。テレビをつけて、何か見ている。

「なにやってるの?」

「昔のドラマの再放送」

それは結構マイナーな作品だった。病気の女の子のために、主人公の男の子が頑張るお話だ。一言で言ってしまえば簡単なんだけど、まぁそれにドラマがあるんだろう。

「おもしろい?」

「うーん、どうだろ。一応原作小説は全巻揃えているけど・・・」

「それなら面白いんじゃないの?」

「そうなんだけど・・・なんていうか、こんなイケメンじゃないっていうか」

シィはテレビに映る俳優を指差す。確かにイケメンだ。名前は知らないけど。

「普通の男の子が、普通の人でもできそうで、でもなかなかできないことを一生懸命するところが感動するんだけど・・・・・・」

どうやらお気に召すところはないらしい。つまんない、と結論づけてしまった。


「ごはん作ろうよ〜。お腹減った」

キッチンの方に近づく。まぁキッチンといっても安物のアパートなので、とってつけたようなものだが。

「何食べたい?」

「オムライス!」

元気な声が返って来る。本当に、こどもみたいな返答するんだから。

「あたしも手伝う!何すればいい?」

ワクワクしながら近づいて来るシィ。ちょっと恐怖心がよぎった。

この前料理を一緒にした時、まぁその・・・ものすごく料理がうまかった。私の比じゃないくらい手際よく、綺麗に料理を作っていく。

それがなんか悔しくて、シィに負けた気がして、嫌だった。


「じゃあ・・・・・・野菜切っててくれる?」

「了解!」

トテトテと歩き、包丁を手にトントントンと切っていく。形や大きさも正確。この時点で私は負けていた。


「ねぇマヤ」

「ん?何?」

ちょうどごはんを炒めている時だった。シィが話しかけて来る。さっきまでとっても軽い感じで、あの先生ちょっとうざいよね〜とか。宿題ヤバス、とか。最近の好きな小説の話とかしていたけれど、なんかこう、改まった感じ。

「最近、どう?・・・家族の人と」

遠慮がちではあるが、はっきりとした言葉。

「・・・連絡、来てる?」

「・・・・・・・・・」

「そっか」

私が無言を貫いていると、シィは納得したように頷いた。私が肯定したのか、否定したのか、彼女にはわかっているのだろうか。


炒め物が音を立てる。早くかき混ぜないと焦げてしまう。でも、そんなことは頭になく、頭は真っ白だった。



虐待を受けていた。


シィはそれを知っている。私の口からはっきりと言葉にしたことはない。でも、私とシィがした時、きっと彼女は、私の体に走る醜い跡を見たんだろう。薄暗い明かりの中でもそれはきっと彼女の網膜に焼き付いたはずなんだ。


野菜が焦げる。肉が黒ずむ。それでも私の手は動かない。


シィはすごい人。ふわふわしてて、いかにも頭が悪そうな言動と行動をする。でも・・・・・・そう、知ってしまったんだ。以前シィが、テストで明らかに手を抜いていたこと。


私は憤った。本気でシィのことが嫌いになりかけた。私たちは本気で勉強して、本気で取り組んで、本気で努力して。なのに、シィは手を抜いて、いっつも下位にいる。それが許せなくて、いやで。


でもシィは、私がクラスで上位を張れるように、そして、シィというバカな生徒と一緒にいることで、私を返って目立たせようとする、シィの企みがあった。彼女はツンデレなんだ。いっつも心配してるくせに、それを表に出すくせに、行動して助けようとするときは、人に隠しながらこっそりとする。


気にくわない。気にくわない。気にくわない。なのにこんなにもシィに頼っちゃうのは、なんでなんだろう。



火を止めた。焦げ臭い匂いが立ち込める。換気扇をつけた。野菜と鶏肉は、見るも無残に黒く染まっている。

キッチンの明かりを落とす。


「料理終わった?」

テレビを見ていたシィは何も気づかずにこっちに顔を向ける。笑顔だった。ふわふわしてて、いっつも私はそれにいやされる。でも、今は違う。今はシィのその笑顔を、


「うん。今から美味しいもの食べよう」


明かりを消した。

え?とシィがこっちを向く。テレビの変化していく色合いに照らされるシィ。なんの躊躇もなく、シィをベッドに押し倒した。


ぎしり、と軋む。両手首を抑える。足の上に乗って、暴れられないようにする。ブレザーを脱いだシィ。カッターシャツが、シィの大きな胸で盛り上がる。


「マヤ・・・ちゃん・・・」

「シィはさ、ずるいよ」

首元に顔を寄せて、息をわざと首筋に当てる。ヒゥ!っという声が漏れ出た。

「今日も私のこと子供扱いするつもりだったんでしょ?」

今度は耳元。「〜〜〜〜!」と言葉にならない声が上がる。

「・・・シィ、私ね、シィが泣いている姿が見たいの」

耳の中にほとんどキスするような距離。声帯をふるわせず、か細い声で、語りかける。

「どうしようもなくて、怖くて、痛くて、でも気持ちよくて、逃れられなくて、逃げたくなくて、そんなシィの顔が見たい」

「マヤちゃん・・・」

シィの顔はなおも心配そうな顔。それは、私の体にあざを見つけた時と同じ。きっとシィは私がまた苦しんでるんだと思ってるんだろう。苦しんで、その八つ当たりにシィに乱暴してるんだと思ってるんだろう。

飛んだお門違いだ。私は、私の意思で、シィを、傷つけたい。


「・・・・・・我慢しなくていいよ」

そっと呟いた。シィの耳から口を離す。シィの手首から手を離す。でもシィは何もしなかった。

暑苦しいリボンを外す。第一ボタンを外す。首元が緩くなる。

そっとシィの唇に、私の唇を落とした。

シィはこわばっているけど、ちょっとリラックスして私の唇を受け止めてる。きっとシィは、私が優しいと思ってるんだろう。


いいよシィ。シィのこと、ぐちゃぐちゃにしてあげるから。





「マヤちゃん、好き」

その言葉をどれほど聞いただろうか。私とシィの間の、愛言葉。



警報が鳴り響いた。高い音に、私はガバリとベッドから飛び起きる。

ケータイを開き、場所を確認する。ここから自転車で3分ほどの港。


「うん・・・なに・・・うるさい・・・」


シィが寝ぼけ眼で訴えてくる。

「そんな可愛い声で言わない!早く服着て!」

私は彼女に服を押し付ける。

「あ・・・ルシアニウム?」

「そう!だから早く!」

制服に袖を通す。どうせすぐに激しい戦闘が始まるんだから、寝癖とかどうでもいい。

「りょ、了解!」

シィも急いで服をき始める。ワタワタとしていて、転ばないか心配だけど。

3分ほどで身支度を整え、私とシィはR.I.Rデバイスを持って外に飛び出る。ふと、シャワーを浴びていないことに気がついた。汗臭さもかなりあると思うんだけど、それ以上に、恥ずかしい匂いがしていないだろうかと心配になった。




港では、サイレンがけたたましく鳴り響いていた。避難する人々。それに対応する軍の職員。彼らは戦闘を行うわけではない。しかし、軍も人で不足が甚だしいので、事務員が駆り出される。


私とシィは人の波に逆らって、海岸に進む。


まだ青白い閃光は見えない。どうやら一番に到着したのは私たちだったようだ。


海を見る。汚染物質とかゴミとかが大量に浮いている。その中に、ピンク色の物体がうようよ。

ルシアニウム。海からくるタイプか・・・

スコープで遠くの様子も確認する。そこまで数は多くない。30体くらい。


「シィ、防波堤に上がったやつを攻撃。サポートする」

ケータイに向かって言うと、了解、と元気のいい声が聞こえてくる。


私はスナイパーライフルを取り出し固定する。スコープを覗いてまず入ったルシアニウムを、狙撃。

青白い光が銃口から放たれ、ルシアニウムを射抜く。


一撃で倒せたことから、装甲は硬くない。おそらく味方のサポートなしでも、このレベルなら殲滅できるだろう。


「マヤちゃん!戦闘開始します!」

シィからの声が聞こえた。彼女の様子を確認すると、右手に剣型、左手に銃型を持っている。そして迫り来るルシアニウムに斬撃を振り下ろした。





「ふい〜終了」

額に流れる汗を拭うシィ。足元にはバラバラになったり頭を撃ち抜かれたりしたルシアニウムが大量に転がっている。

他の生徒とか、軍の関係者がやってきて状況を整理している最中。

結局のところ、私とシィだけでほとんどのルシアニウムを倒すことができた。

「お疲れマヤちゃん」

「お疲れ」

スナイパーライフルを肩に背負う。


ルシアニウムの襲撃は定期的に来る。政府からの説明によると、ロシアで行われているルシアニウムの大量生産、その失敗作なんかが海に投げられ、それが日本に来るのだと言う。私たち東京蒼穹学校の生徒の主目的はそういったルシアニウムを倒すことだった。

失敗作であるから、戦闘能力は低い。知能も低いので強敵とは言い難い。


「あ〜、学校の生徒にはよく頑張ってもらった。もう帰っていいぞ。後処理は我々が行う」

軍の職員から言葉がかかる。ここ近辺の港を担当している職員は、比較的優しい人が多かった。酷いところだと、戦闘から被害調査まで全部丸投げしてくるところもあるからだ。


「どうする?マヤちゃん。続きする?」

シィが笑いながら尋ねてくる。私は恥ずかしくなって顔を背けた。昨晩、頑張ったはずなのに、結局彼女に上を取られる羽目になった。


「朝ごはん食べなきゃ。話はそれから」

「はぁい。じゃあ今度は私が腕によりをかけて作ってあげる」

シィが腕によりをかけちゃったら、多分どんな料理人も顔負けになるよ。

そんな口からほとんど漏れ出た言葉は、照れ臭さが打ち消してしまった。


「それと、お兄さんのこと、なんとかするね」

「え?何か言った?」

尋ねる。シィが何かを喋ったような気がしたんだけど、聞き取れなかった。

「ううん、なんでもない。ほら、早くご飯食べよ」


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