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青色はぐれ星  作者: Full moon
第1章
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第七話 役目と会話




「なんで昨日帰っちまうんだよ!」

その日の屋上。僕は佐藤に怒鳴られていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。よほど悲しいのか、いや男の涙の安請け合いはしてはいけない気がする。

「・・・僕にも予定があるんだから」

ボソボソと言い訳にならない言い訳が出てくる。そんなことなら彼に一報すればよかったのだ。彼の連絡先を知らないにしても、誰か他のクラスメイトに言伝を頼むというてもある。


「まぁいい、今回は水に流そう。実は俺も予定があって、あの日は変えるつもりだった」

さらりと言われた言葉に唖然とした。僕の数秒前の反省はどこに行ったのだろうか。


「ま、それで俺は気づいたわけだ。俺たちはお互いの連絡先すら知らない。というわけでだ、お前のケータイの連絡先を教えてくれ」


このケータイは便利なものだ。しかし、先の大戦で追い詰められた日本にそのようなインフラを享受する余裕はない。しかし軍事学校の一部にはそれが支給されている。戦闘が起こった際、可及的速やかに情報を伝達するにはやはりケータイが早い、という学校の判断のようだ。

安物のガラケーではあるのだが、それでも十分高価なものだ。


あまり登録数のない軽いケータイを取り出す。そこに書いてある名前といえば、小鳥の家の固定電話だけだ。


ここに佐藤の名前が入る。果たしてそれは喜ばしいことなのだろうか。少し悩む。こいつからずっとメールが来たり電話が来るのも悩みどころだ。今までほとんど電話がなっとこはないが、それでも電話がなった時は、小鳥の家に何か起こった時のこと。今まで果穂が倒れたり、子供が熱を出したりとなまじ緊急性の高い案件が多かったせいか、多分ケータイがなった瞬間、心臓が悲鳴をあげるだろう。


「ああ、いいよ」

少し悩んだ末。承諾した。佐藤は自分のケータイのメアドを教える。ああ、そうか。ケータイか。こういう手もあるのか。







乾いた音が響いた。なんで、と心の中で思いながら、頬に走る痛みを感じる。ベッドから起き上がった如月さんは、怒りと悲しみの表情で僕を見ている。


「誰が助けてって言ったの」


その声は素直にいうと、怖かった。拒絶の声だった。背筋が震え上がった。


ここは小鳥の家の一室。僕の部屋だ。果穂に事情を話せば、他の子供達にはバレないように協力してくれるらしい。家族が男を家に連れ込んだ、ということになるのだが、その点はいいのだろうか。


『それはそれ、これはこれでしょう?それに困っている人を、なんだかんだ言って言い訳して、こっちが恥ずかしくなるくらいな照れ隠しして、必死になって助けようとする優一、私は嫌いじゃないよ』

色々余計なことを言われた気がしたが、ここは無視しておいた。


「私は・・・一体なんのために戦ってるか・・・」


彼女の声は今にも泣きそうだった。握りこぶしを作って今にも殴りかかりそうな勢いだった。

彼女の体には無数の傷がある。どれも致命傷とは言い難いし、重症とも言えない。それは彼女があのルシアニウムの攻撃を上手に避けていたからなのだろうか。それとも弄ばれていただけなのか。


それを見ていると、どうしても怒りが湧いてこない。命がけで助けて、介抱までして、それでありがとうの一言ももらえないことになんの怒りもない。まるで僕の頭がどこかで申し訳なさで泣いているようだった。


如月さんは目をそらした。握りこぶしを胸に当て、深呼吸を繰り返す。

窓からの光はすっかり紅に染まっていた。カラスが鳴く。影が少しずつ伸びていく。西日が頬に当たって暑い。


「・・・ごめんなさい」

彼女は小さく呟いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

何度も何度も、まるで独り言でも言っているかのように、連呼する。


何をそんなに謝る必要があるのだろうか。理解はできなかった。なぜなのだろうか。どこかに何か後ろめたいことがあるのだろうか。それがあるのはむしろ自分の方のような気がするのに。


「私が勝手に始めて終わらせるはずのことだったのに・・・巻き込んでごめんなさい・・・」

「・・・いえ、僕が勝手にしたことですので・・・それに僕の方はなんの怪我もなかったので・・・」

答えると、なぜか如月さんは泣きそうな顔をさらに歪める。どうして、そんな顔をするのかわからない。彼女の心が理解できない。

不思議な香りがした。如月さんの香りだった。甘い香りだった。果穂の隣にいてもこんな感じにはならない。ずっと嗅いでいたい。でもそれは許されない行為のような気がして。


「・・・・・・あれはなんだったんですか?」

その問いに、彼女の目が迷いに揺れた、ように見えた。

「ルシアニウム・・・・・・優一くんも戦ったことがあると思う。あれはルシアニウム」

その言葉を聞いて、思い浮かべるのはあのピンク色の甲殻を持った、不気味な兵器。どうやら生きているらしい、というところまではわかっている。僕はいつも遠距離から迎撃しているからそれを間近では見たことはない。だが、そうか、あれが。

「でも・・・・・・ルシアニウムは・・・その、人型ではなかったような」

ロシアで報告が上がっているルシアニウムは全て、人の姿ではない、昆虫のような姿をしているという。僕たちが迎撃するのもそうだ。人の姿は根本的に戦闘向きではない。敵と向かい合った時、敵に晒す面積が広すぎる。そもそも直立二足歩行が、動きにくいし、転倒しやすく、重心が高くなり、足元がおぼつかなくなる。そんな学者のご高説を聞いたことがある。それに普通に納得していた。


すると如月さんは首をふるふると振る。


「違う、ルシアニウムの人型は多数存在している。ただ・・・ロシアでの報告がないのは、多分絶対数がまだまだ少ないのと・・・・・・多分目撃した人間は殺されているからよ」

ぞっとするような回答が来た。

「・・・・・・多分人型は戦闘に向かない。四足歩行に動きで負け、水中ではろくに動けず、頭は重く、重心は高い。それは事実。でもね、多分なんだけど、そのせいで人は強くなりすぎたんだと思う」


どういう、と聞こうとしたが、如月さんはさらに言葉を重ねた。


「あれは『チーター』」

彼女は呟いた。

「ま、私が勝手に名付けたんだけれど。なかなか洒落込んだ名前だと思わない?」

チーター。ああ、なるほど、チートみたいに強いからチーター、か。

「それが、どうして?」

その言葉に如月さんは僕のことをじっと見つめた。何かを算定しているようだ。全てを見透かされているかのような透き通った瞳。ゴクリと唾を飲み込むと、何かを諦めたかのように、彼女は目を伏せた。

「今はまだ・・・・・・わからない。でも、ルシアニウムというだけで、殺しておく理由は十分・・・少なくとも、この日本という国では」

それは確かにその通りだ。街中にルシアニウムがいるというだけで、それは・・・

「どうして、政府は発見できていないんですか?」

口を突いて言葉が出て来た。そうだ、発見できないわけがないのだ。ルシアニウムは当たり前だが、日本だって所有している。つまりそれを発見するすべを持ち合わせているはずなのだ。そして今まで、散発的なルシアニウムの襲撃を、日本は完璧に発見し、速やかに迎撃して来たはずなのだ。

「優一くん。ルシアニウムはね、人間の命の定義に当てはまらないかもしれないけど、生きているの。自分がより強くなるために日々動き続けているの」

つまり、如月さんが言いたいのは、ルシアニウムは進化した。だから日本に入り込めている。

だが、だとすればそれは国家の一大事のはずだ。簡単にルシアニウムの侵入を許せば、それはすなわち、日本の敗北を意味する。

絶望に脳を焼きそうになった時、如月さんが口を開く。

「まだ、大丈夫。進化した奴はそんなに多くない。だから、今のうちにプラスミドが広まる前に、奴を片付ける。そうすればまだ希望は残ってる」

どうして、彼女はこんなに詳しいのだろう。こんなこと、誰も解明していないはず。でも多分、それを聞くのはダメなことなんだろう。それはわかる。彼女の瞳が、今は全てを黙って受け入れて、と訴えているのが、僕であってもわかる。

如月さんは少しの間黙っていた。多分僕に考える時間をくれているのだ。そして再び目があった時、もう一度彼女は口を開いた。


「優一くん。もしよければなんだけど、今度私の家に来ない?」


コンコン、と扉がノックされた。


「あの、話し声が聞こえたので・・・目が覚めたと思って・・・」

その手には湯気の立つマグカップが握られていた。果穂は別に如月さんの返答を聞くまでもなく、彼女がいるベッドの隣にやってくる。

有無を言わさず、果穂は如月さんにマグカップを押し付ける、ように見えていた。多分果穂にはそんなつもりはなく、ただ単純に渡しているだけなのだろうけど。

「・・・ありがと」

如月さんが頭を下げて、それを受け取る。チョコレートの匂い。

「あ、ごめんなさい。ここだと布団を汚しちゃうかも・・・」

そう言いながら起き上がろうとした如月さんを、果穂はなだめるように手で制する。

「いいんです、いいんです。どうせとっくに汚いんで。それにこぼしたら優一が責任持つんで大丈夫ですよ」

笑顔で言ってのけるのは酷い言葉。僕のことも少しは考えてくれよと、言いたいところなんだけど、如月さんも笑っているところを見ると何も言い返せない。そのせいでマグカップが揺れていることに気づいているのは多分僕だけなんだろう。

「ああ、でも、それだとわざとこぼしたくなるよね〜そしたら掃除している間、果穂ちゃんといっぱいおしゃべりできそうだから」

如月さんは嬉しそうに話し出す。

「ええそんな、私なんか喋ってもつまらないだけですよ」

戸惑ったように、果穂が手を振る。おい、お前いつからそんなぶりっ子になった。お前におしとやかさなんて絶対に似合わないと思うんだが。

「そう?私はいっぱい話したいけどなぁ・・・・・・だって、やっぱり家族の人の了承は先に埋めといたほうがいいじゃない?」

一瞬如月さんがなんの話をしているのかわからなかった。

しかし果穂の方は難なくそれを理解していたようで。

「直球タイプだと思ってたんですけど、そっちから来ますか。なかなか慎重ですね」

「好きな人相手には、慎重かつ大胆に、それでいて繊細に、ね。果穂ちゃんも好きな人できたらわかるよ」

「うっっわあああ、なんか惚気られた。まだ成就してもいないのに惚気られた〜〜。なんか屈辱的!」

いつの間にか果穂の口調も砕けたものになっていた。なんだこれ、いつの間に仲良くなっているんだ。こういうものなのか?

「果穂ちゃん可愛いんだから、すぐに男なんか寄ってくるって」

今なんか聞き捨てならないことを聞いてしまった。

「ん〜いやまぁ告白されないわけじゃないんですよ?」

脳が固まる。は、どういうことだ。だって、果穂が、は?

「おおっと、これ以上は男人禁制!さぁ、出てった出てった!」

如月さんが突然声をあげ、びっくりしている間に、果穂に追い立てられた。

「あ、洗い物と洗濯がまだだから、やっといてね」

僕の部屋なのに、追い出され、挙げ句の果てに雑用を押し付けられた。なんだかよくわからないが、扉の向こうで二人が楽しそうに話しているのが聞こえた。


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