第十八話 救援と狙撃
戦いが繰り広げられるビルの真下。燃料はほとんど底をつき、動かぬ鉄塊と成り果てた戦車から、狙撃銃のスコープでビルを見る。
鈴支那優一は、狙撃銃を手にしていた。
(・・・ここからじゃ、様子がわからない)
舌打ちする。ビルのほぼ真下。屋上のほとんどが死角になっていた。
佐藤と如月がビルの屋上に行くと言い出した時、当然彼も一緒に行くものだと思っていた。「お前はここで待機だ」
しかし佐藤から下された言葉はそれだった。
「なんで・・・」
「おまえは接近戦が苦手だろ。屋上なんて狭いところ、スナイパーのお前が戦える場所じゃない。それに、このビルの周辺は建物が低い。だから矢部は狙撃ポイントに選んだんだが、それが返って仇になった。多分他の建物に上がっても、十分視野を確保できない。だからここで待機だ」
佐藤は早口でそう言いながら、装備を整える。その言葉に僕は返す言葉がなかった。如月さんも同意見のようだった。優しく僕の肩を叩き、
「大丈夫。終わらせてくるから、待ってて」
そう言い残して、二人はビルに入っていった。
残された彼はただ待つ、ということを強いられていた。
(心配だ)
待つ、というのはある意味、もっとも苦行だろう。人は、哺乳類は、心臓が動いている。血液が流動している。動いていること、行動していること、それは当たり前のことだ。それができないのは、苦痛だ。
空にオゾン層製造機が浮かんでいるのが見えた。政府が多大な予算をかけて作ったただのハリボテ。それは機能しているようだが、実のところなんの意味もない。火星に一本の苗を持っていったところで、大気が酸素で溢れることはないだろう。
ただそこにいるだけの存在。なんの役にも立っていない存在だった。
そういえば・・・どうして彼女に、如月さんと行動をするようになったのだろうか。
彼女の言動は、端々に自分が人間でないことを示唆している。隠そうともしてないように思える。だが、それについて尋ねたことはない。機会があれば聞いてみよう、くらいは考えたことがあるが、次の機会では、また次に、と考えてしまう。遠慮しているというわけではない。
そして、彼女と会うたびに感じる心のくすぶり。なんなんだろう。彼女の考えている僕の意思が、僕の中に入っているのだろうか。
もしそうなら・・・それは気持ち悪さをあふれさせるのに十分なもの。僕の中に何かがいる。何かが存在していると考えるのが、怖い。
今までは如月さんが僕に近づいてくれる、それが嬉しくて、その感情を騙してい
ジャリっ!
背後からの音に振り返り、銃口を向ける。
何もない。誰もいない。だが確かに・・・音がした。数十年前なら、たとえ人がいなくても犬か猫、とか考えることができただろう。しかし今やそんな動物どこにもいない。だから、選択肢は二つ。人か、ルシアニウムか。
狙撃銃を構えたまま、後ろに数歩下がる。
突然、腹部に衝撃が走った。肺から空気が吐き出る。
蹴られた、と認識したのは僕が数m吹っ飛んでからだった。迫り上がる気持ち悪さを耐えながら、鈴支那は立ち上がる。
恐怖と、絶望が立ち込める。
目の前に立つのは、ほぼ完璧に人型の姿をとり、一瞬で姿を消し、一瞬で現れる。攻撃を当てることすらできないのに、奇跡的に当てれても、すぐに再生してしまう。
如月未来が、チート級の強さを持ってるからという理由で命名した、チーターと言う名のルシアニウム。
狙撃銃を握ろうとする。だが、手が震えて地面に落ちる。終わったと思った。誰かが助けに来ることはない。勝つこともできない。逃げることもできない。希望はない。どうしようもない恐怖が彼を蝕んで行く。
「・・・・・・」
だが、チーターは動きだす様子がない。今ならいつでも攻撃を加えることができるはずなのだ。そしていつでも彼を殺すことができる。だが動き出さない。
まじまじとチーターを見るのは初めてだった。ピンク色ですらりとした肢体。顔は何か仮面のような甲殻に覆われ、まるでのっぺらぼう。
その姿に見惚れていると、自分でも気づかず見惚れていた、チーターは近づいていた。
腕が伸ばされる。殺される、とわかっていても体が動くことができなかった。いや、彼は感じていた。チーターは、自分を殺そうとしているのではないかもしれないということを。
チーターの人差し指が鈴支那の額に当たる。
瞬間、頭の中に映像が流れた。空中。宙に浮いている。屋上にあのゴリラのようなルシアニウムと、如月さんがいる。二人が戦っている。如月さんは大剣を振り回し、一歩も引かず、自分の何倍もの相手と互角に。
狙撃銃が見えた。それを構えた。そして僕は、
(ちくしょう、やばすぎる)
秋庭がやられた。もう背後にいるやつでまともに戦える奴はいない。その上アレは堀田が素体となったルシアニウムだ。頼みの矢部はアレに攻撃を加えられないだろう。
(一か八か)
佐藤はさっきしようとしていたことをもう一度決行する。これは、目の前のルシアニウムが、余田を素体にしていることを頼りに行うことだ。
佐藤はわざと体を投げ出した。狭い階段。左右に飛び出すスペースはない。前方はルシアニウムがいるし、上方に飛んだところで意味がない。だから佐藤は後ろに飛んだ。文字通り、階段を背中から落ちる。
もしこの敵が余田でなければ、もし余田の癖を受け継いでいなかったら。
余田は軽度の高所恐怖症だ。高いところは苦手。多少のめまいがするし、気持ち悪くなるそうだ。そして、一番嫌いなのが浮遊感。
普通のルシアニウムならそんなことはない。感情などなく、人を取り込み、繁殖するために動く。だが、目の前にいるルシアニウムはまだ取り込まれてから30分と立っていない。だから、もしかしたら、
賭けに、勝った。
ルシアニウムは硬直した。ふわりとした浮遊感に行動を止めた。これがもし普通のルシアニウムだったら、なりふり構わず、追撃してくるだろう。
佐藤は剣を捨て、銃を取り出した。両手に二つ構え、ルシアニウムを狙う。それは余田の顔そのものだった。彼はあまり目立たなかった。あまり話したこともない。だが、それでもクラスの一員であることに変わりはなかった。
だから、佐藤は、なんの躊躇もなく引き金を引いた。
彼を、彼に仲間殺しの汚名なんて着せたくはない。そんなもの、俺が背負えばいい。
青白色の銃弾は、ルシアニウムのピンク色の甲殻を貫いた。脳天を撃ち抜いた弾丸は、貫通し、一筋の青い閃光を描く。
背中に強い衝撃。中腹とはいえ、階段から落下したのだからかなりのダメージが体にくる。しかし、まだ終わっていない。堀田を素体にしたルシアニウムがいる。痛む体に鞭打って起き上がった。
銃を向ける。だがそこに、ルシアニウムの姿はなかった。
未だ呆然と、震える矢部。その背後で、ほとんど倒れるように狙撃銃にすがる数人のクラスメイト。
あのルシアニウムはどこにもいない。誰にも触手を植え付けることなく。確かにあったのは秋庭の遺体だけだった。
風を感じた。
視界が開ける。そこは空。青い空。雲が流れる。オゾン層生成装置が近くに見える。肌寒さを感じる。
その光景を理解するまでに2秒。その間に、体は重力に引かれていた。
だが、なぜだろうか、彼の体は自然と動いていた。イメージはそこにあった。先ほど見た映像。まるで夢のように、ほとんど記憶に残っていない。だが、体は覚えている。まるでその動きをするよう、刷り込まれたかのように、彼はスコープを覗き、ルシアニウムに照準する。
屋上の様子が見える。ゴリラ型のルシアニウムに如月未来がたった一人で応対している。
彼女の瞳が僕を捉えた。それは驚きに見開かれる。僕は合図をした。どんな合図かも知らない。それがどんな意味かも知らない。けど、それは多分、僕ではないどこかの僕が、如月さんと決めた合図なんだろう。
さっきまで僕は、この僕に恐怖していた。でも今は、如月さんと言葉をかわす方法をくれたことに感謝している。もしかしたら、信頼しているのかもしれない。
トリガーを引いた。弾丸は軌跡となり、まっすぐ、ひたすらまっすぐに伸びる。
ルシアニウムの後ろ足、その関節に当たった。
例えば背後から突然針を刺されたら、びっくりするだろう。それが感覚の鈍い尻でも。それが背中なら、それが首筋なら、驚きでとび上がってしまうかもしれない。
ルシアニウムでもそうだ。たとえ痛みを気にしないとはいえ、痛みを感じてはいる。それはむしろ反射として、体が反応してしまう。
ルシアニウムは慌てて僕の方を向いた。多分、視界の中に僕の姿を捉えただろう。だけど僕は遠い空の上。いくらあのゴリラのような体躯が巨体でも、届くことはない。
そして、こっちに振り向かせること、それこそが僕の目的。
大剣を捨てる。両手に持つ刀。つくことよりも、着ることを重点においた武器。青白く輝き、その動きは、目に軌跡を残らせる。
一瞬の、無防備なルシアニウム。後ろ足の関節。足の健。如月は目にも留まらぬ速度で肉薄し、両の足を刈り取った。




