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青色はぐれ星  作者: Full moon
第1章
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第十六話 果汁と唇




風が吹く。ビルとビルの間をチリと瓦礫の破片が駆け抜けて行く。遠くには、あの巨大な芋虫みたいなルシアニウムが残した傷跡がくっきりと見て取れる。死骸はない。少なくとも、人の死骸は。ピンク色の塊に吐き気を催す。あんなのがいるから、この世界はおかしくなる。あんなのなくなればいい。だから私は学校に入った。あんな奴らを一匹のこらず殺すために。

矢部真哉花は金色に染めた長い髪を束ねる。

その手には長い狙撃銃。愛用の武器を手に、地上を見下ろす。


「みんな、準備はいい?」

「いつでも!」

「マヤちゃんのためなら!」

「やってやろうじゃないの!」

「はい・・・ていうか高いところ苦手なんだけどな・・・」

「頑張らなくちゃね」

晴れ渡る空。地上の惨劇とは裏腹に、太陽は眩しく、空は蒼い。


全員、固定した狙撃銃のスコープを覗き込む。彼ら、訓練兵が持つことのできる最大火力かつ低減衰率の武器。あまりにも重すぎ、大きすぎ、反動が高く、扱いにくい。これを戦闘中に取り回しながら扱えたのは、ここを指揮している矢部真哉花、そして今あの戦車の中にいる鈴支那優一。


「佐藤、2ブロック先の交差点を右。あとはそのまま直進」

『了解。一発で仕留めてくれよ』

「言われずとも」


矢部も狙撃銃を構える。そりゃあだって、いつも狙撃銃ランクで2位ばかりか攫ってるままじゃ終われない。こういう実戦でこそ私が役に立つのだと証明できる。


スコープの中で、見えた。

無骨な鉄の塊。戦車という、全時代の兵器。ルシアニウムが、ほとんどの旧兵器。すなわち、爆薬と硬い金属などを組み合わせた武器は意味がなくなった。あれもすでに生産が中止された、骨董品みたいなものだ。しかし一応学校ではああいう武器もまなばされる。実戦では使用されないと確信されているのに、美術品見たいに学校に飾ってあった。

それを実践で使用できるように魔改造を施したのがあれ。やったのは、クラスの武器オタク。そして佐藤も一枚噛んでいたというのは、矢部をはじめとした一部の人しか知らない。


強引な動き。あんなトルクで回し続けたら、すぐにガタがくる。いつ爆発してもおかしくないだろう。


その後ろにぴったりつけているルシアニウム。ゴリラのような筋骨隆々で、ピンク色どころか真紅の甲殻。顔は甲殻が発達し、ほとんどを覆い尽くしている。体長は・・・目視だけど6mくらいある。最初の佐藤の報告より大きい。成長しているのかもしれない。だとしたら、早急に終わらせる必要がある。


「構えて!」

合図に全員がトリガーに人差し指をかける。矢部も指をかける。

巨体が街を横切る。道路が、並木が、店が、壊されて行く。


「撃て!」

声とともに、引き金を引く。人差し指第一関節の感触が強く押される。


蒼い光線。弾丸のような短い一撃ではない。それはレーザー。銃身に貯蔵室続けたエネルギーを一気に解き放つ。そのため準備に時間がかかるので、絶望的に実戦向きではない。


ゴリラ型のルシアニウムに、直撃する。その数、合計7本。多少、狙撃がずれてもいい。超高火力のエネルギーが、相乗効果により増幅され一定範囲を焼き尽くす。


蒼い光がまばゆく輝く。それは地上に光るもう一つの太陽。いや、蒼い光の分、太陽よりはるかに高いエネルギー。




スコープで覗き続けば、目が焼ける。裸眼で見ても、とてつもない光だった。


「・・・やった?」

おそらく、現在用意できる最高火力の攻撃。これで勝てなきゃ、もうどうしようもない。


光が終息して行く。そのあとに、何も残らないはず。そう、そこには何もあるはずがない・・・なのに。


雄叫び。重低音の音は、まるで心臓を破壊するかのように胸に響く。その落ち窪んだ瞳が、ビルの上にいる。矢部たちを捉えた。


「っっっ!、撤退よ!急いで!」

命令する。また返事が返ってくると、思ったら、それは来ない。

「・・・矢部・・・ちょっとやばいかも」

高火力の狙撃銃。それを放った使用者は、体内のエネルギーを使い果たす。それは通常の装備の比ではない。矢部のように使い慣れていたり、生まれながらにしてエネルギーの変換効率の高い人間でなければまともに動けない。


「・・・みんな」

まともに動ける状況ではない。誰も彼も、額に脂汗をにじませ、狙撃銃に寄りかかっている。矢部自身も、体が重い。


ゴリラ型が彼らを捉える。甲殻から煙が出ていて、ところどころはげかけている。全くダメージがないわけではない。しかし、致命傷には程遠い。


ビルに近づき、その壁に指を突き立てる。ビルが揺れ動いた。まるでゴキブリが壁を貼って行くかのように、壁を登るゴリラ型。


「・・・くそっ!」

ビルの真下に向かって、苦し紛れの銃弾を放つ。しかし、最初と比べて貧弱。


ゴリラの頭部をかすめるだけで、ほとんど効果はない。ゴリラは減速することなく、壁をよじ登ってくる。


「みんな離れて!!」

矢部は叫んだ。みんなにそんな力は残っていないかもしれないけど、それでも叫ばずにはいられなかった。

矢部も体を引き剥がすように、体を動かす。


数瞬前まで彼女が立っていた場所が、木っ端微塵に砕け散っていた。破壊音、振動、瓦礫と粉塵が飛ぶ。目の前にそれは現れた。6mはあるかとおもう巨体。全てを破壊するであろう腕。ゴツゴツとした甲殻は、ところどころ壊れているが、依然としてそのルシアニウムを守るために健在している。


ルシアニウムの手が伸びる。まるでハエをなぎ払うように。たったそれだけで、そこにいた男子生徒が吹っ飛んだ。

それはバットに打たれた野球ボールのように宙を舞い、バウンドすることなく、こんくりーとの床に叩きつけられた。トマトが割れたような音がした。

それを現実だと飲み込む前に、ルシアニウムはその赤い塊に近づき、体からピンク色のヌメヌメしたものを吐き出した。

「・・・余田」

矢部は呆然とそれを見ていた。

余田の体はそれに飲み込まれた。意識のない矢部を、いや、もう命さえあるかどうかわからない余田の体を、それは飲み込んだ。


ゴリラのようなルシアニウムが咆哮。鼓膜が破裂するような爆音。思わず耳を抑える、暇なんてない。


矢部は手に残るライフルでゴリラを攻撃した。わかっている。効果なんてない。意味がない。だが、例えばハエが顔にたかっていると、人は嫌がる。別に害があるわけでもないのに、人はそれを嫌う。ハエを殺そうとする。それと同じだ。

矢部というハエを殺しにくるルシアニウム。それでいい。その間に仲間達が逃げる余裕ができるのだから。

ゴリラのような手をしたルシアニウムの手が私の方に伸びてくる。ああ、きっとすぐに潰されるんだろうな。報いかも。こんな無茶な作戦を決行した。でも立案者は佐藤だっけ?関係ないや、佐藤の考えに賛同したのは私だし。




「マヤちゃん!」

そう叫んだのは、私の親友の堀田椎名だった。疲労困憊の体で、ライフルを杖になんとか歩いている。




シィは要領の悪い子だった。入学時、どんな学校であっても入学時は勝負の時だ。後から少しずつ友達を作っていこうとか考えている男どもとは違う。女子は最初の1日目が大切なのだ。それでヒエラルキーが決定される。女子の階層とグループはとてつもなく明確で、強固で、排他的だ。仲間意識が強いくせに、気に入らない奴はすぐに追い出す。


シィは最初のそれでグループに入り損ねた。一人でぼーっとしていることも多いし、よくわからないホワホワした性格だったのが仇となったのだろう。

そのせいでクラスに馴染めていなかった。

当時の私は今と同じ委員長的な立ち居位置でみんなのまとめ役。そんな私だから彼女と話さなくてはいけない時も出てくる。こういう立ち位置だから周りからはぶられることはないのだけれど、その分自分の役割はきちんとこなさなければならない。

彼女に話しかけた。彼女はホワホワしていた。ホワホワしすぎていて、この先彼女は戦場に行くことができるのか、と心配になった。まぁ、学生時代で行うのは基本的には殲滅戦になるので大丈夫なのかとも思うのだが。

「堀田さん」

そういうと彼女は目を丸くした。不思議そうに目をこちらに向けている。それはよくわからない目だった。目は口ほどに物を言うなんて、信じていないが、その時の彼女の瞳が何を表しているのかさっぱりわからなかった。すると彼女はぷっくりした唇を開く。

「わぁ、あたしのことホリタってちゃんと呼べるんだねぇ。みんなホッタって最初呼ぶの」

そっちかい!と私は声にならないツッコミをした。こっちは周囲の女子たちの視線からビクビクしながら話しかけているのに。

私はそのホワホワが嫌いだった。なんかこう、調子が狂う。調子が狂うのは嫌だった。


シィは私とルシアニウムの間に飛び込んだ。ルシアニウムの腕はシィを捉える。


シィの姿が赤く染まる。私の目の前で。

ゴリラが咆哮をあげた。ああ、なんて汚い。なんて汚いんだろう。


シィ、いい加減にそのボサボサ髪やめなよ。あんた、顔立ちは多少可愛いんだからさ。

ええ、マヤちゃんの方が可愛いよ。マヤちゃんだって、髪伸ばせばいいのに。せっかくストレートなんだからさ。

シィ、甘いものばっか食べないでよ。私だって食べたくなっちゃうじゃない。

いいじゃない、いいではないかぁ。この欲望の甘味を、心の赴くままに喰らおうではないか!体重なんか気にするな!

シィ、わかんないとこあったら言ってね。

ここ!全部わかんない!

シィ、口にアイスついているよ。

あ、ホントだ・・・・・・とって?

シィ・・・ごめんね、八つ当たりしちゃって・・・ごめんね・・・・・

いいよ、マヤちゃんが笑ってくれてたら私幸せだから。だから笑って?

シィ、なんで私なんかといつも一緒にいてくれるの?

強いていうなら、愛、かな。

愛?何それ。

わからない?

うん。

じゃあこうしたらわかる?




飛び散った鮮血が私の顔を濡らす。ああもう。あんたって血までホワホワ柔らかいじゃない。こんなの、思い出しちゃうじゃない。あなたの唇を。


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