第十三話 バイクと扉
「なな、何これ、なんか鳴ってる!」
彼女の手元には音とともにバイブするケータイ。僕のケータイも同時になっていた。そういえば、如月さんがやって来てから、この警戒が発令されたのは初めてのことだ。
「落ち着いください。ただの警報なんで・・・」
ただの、という言い方はおかしいが、いつも通りなら、ルシアニウムの接近。学校の生徒に発令されるようなあまり強くはない個体であることが多い。
そう思いながらケータイを開く。『特別警戒』赤と黒で彩られた大きな文字が、ケータイの画面いっぱいに広がった。
「ゆ、優一くん、これって大丈夫な・・・え?」
画面が切り替わり、機械音声が発する。その内容は、
『特別警戒。太平洋沖で確認されたルシアニウムが「ものすごい速度で来てる」』
機械音声に被せるように、如月さんが呟いた。彼女は遠い空を見ている。
「優一くん!多分このルシアニウム、こっちに来る!」
如月さんの言葉、そして画面にも、ルシアニウムが急速接近しているという有無が記されている。
『いかに示す地域にて、うごける人員は第一戦闘配備。繰り返す、第一戦闘配備』
その地域に、この地区は入っていた。
第一戦闘配備。それが突然発令されたのは初めてだった。普段なら、第二戦闘配備から起こり、迎撃隊が準備をし、そこから敵の接近を待って、第一戦闘配備、その後敵を殲滅する、という形だった。日本軍のレーザー技術が改良されたおかげで、敵の接近が未然にわかるようになってから、日本軍の損害はほぼゼロに近い。
初めてのことに緊張が頭を走り回る。ケータイを持つ手が、汗で滑り落ちそうになる。
「優一くん。小鳥の家に向かってる」
「え?」
よく知る単語が如月さんの言葉の中に含まれていた。
「このルシアニウム、小鳥の家の方向に向かってる!」
それがなぜ彼女にわかるか、それは僕にはわからない。けど、その声が緊迫しているというのはわかる。そして、なぜだかわからないけど、彼女の言葉は信じれると。
頭の中に、液化窒素でも打ち込まれたような気がした。痛みとともに、暑かった脳が一気に冷やされていく。脳の片隅に浮かぶ、家族。守らないと。また、あの時みたいに自分のせいで失う。そしてありもしない責任を他人におしつけ、自分だけが何も知らずに生きるように・・・
突然頭の中に激痛が走った。
「優一くん、大丈夫!?」
頭を押さえた僕に、如月さんが声をかけて来る。
「大丈夫・・・です」
声を出した。でも、さっきまで何を考えていたか忘れてしまった。多分、どうやってルシアニウムを止めるか考えていたんだろう。
「如月さん、ルシアニウムが小鳥の家に行くまで、どれくらい時間があります?」
「あと5分くらい・・・でもここからじゃいくら頑張ったって間に合わない・・・」
5分・・・そうだ。間に合わない。走っても、昔あったという車という機会を用いても、5分では小鳥の家まで行けない。助けられない?いや、そんなわけない。何ができる?考えるんじゃない、そんな時間はない。
僕に何ができる?僕ができること、僕が得意なこと・・・
「・・・これしかない・・・か」
思いついたと同時に走り出していた。そうだ、今度は僕が助けなくちゃ。
頭の中に周辺の地図を思い浮かべる。この近くで一番近い、一番高い建物・・・
それはかなり近くにあった。かつて、東京一円に電波を飛ばしていた鉄塔。もはや見る影もなく錆つき、周辺は立入禁止区域となった場所。
ひらけた道。刑法を聞きつけてか、走って逃げる者、自転車で逃げる者、そして、お目当の人を見つけた。
「おい、こら!邪魔なんだよ!!」
怒声が浴びせられる。バイクに乗っている男の前に出れば普通そうなる。だけど拳銃を抜き、相手に見せると、途端に男はすくみ上る。
「いいからどけ!後でちゃんと返してやる!」
僕じゃない誰かが喋っているようだった。というか人に銃を向けている時点で、バイクを盗もうとしている時点で、僕ではないようだが。
バイクの男は、頼むから打たないでくれ、と涙さえ流しながらバイクを降りる。もしかしたらかつて拳銃で撃たれた経験があるのかもしれない。だとしたらフラッシュバックでも起こしたのかも。ちょっと悪いことをしたと思った。
バイクに乗り込むと、後ろから如月さんがしがみついてきた。
「やっほー。これこそ、盗んだバイクで走り出すってやつだね!」
「・・・落ちないでくださいよ」
アクセルを全開にする。思ったよりも静かに、そしてとてつもなく加速する。オートマチックに、次々とギアが重くなって行く。
風が顔をなぶる。後ろで如月さんが何かを言っているような気がするが、風の音が耳を塞いで聞こえない。
ほんの2分ほどだ。目的の場所。鉄柵に囲まれて侵入者を阻む。このまま突っ込めば、金網でスライスされるかもしれない。もし良くても、転倒は避けられないだろう。
「私の出番だな!」
如月さんが銃を取り出して、金網にめがけて打つ。銃数発を一気に打ち切り、金網に円形の形を作る。
僕はさらに加速し、その穴へとバイクで突っ込んだ。
金網はそのままバイクに弾かれて飛んで行く。見えた、東京タワーの階段。
かつては観光客で賑わったであろう。はげかけた看板が所狭しと並んでいる。バイクを乗り捨て、狙撃銃を持って階段に足をかける。
「あと、1分くらい!」
「方角は?!」
「北東!25度!」
それだけ聞いて、階段を駆け上がる。確か600段。普通の人が普通に登れば15分程度かかるはず。だけど僕は今、R.I.Rデバイスを起動したことによる筋力強化、そして絶対に家族を守る、という気持ちがある。
階段を叩き壊すか、というくらいの勢いで、階段を駆け上がる。というか、所々朽ちていて、本当に叩き壊しそうになっていた。そんな恐怖なんてものともしない。そんなのは関係ない。足が悲鳴をあげる。明日は絶対に筋肉痛確定だ。果穂と同じようになって、多分彼女に笑われるんだろうな、と思いながら、走る。まぁ、その時は、誰かにマッサージでも頼むとするか、と笑う。
残り時間10秒。てっぺん付近、とは言い難いが、かなり上まで来たはずだ。高層ビルのてっぺんが、目線より下か、同じくらいに見える。
鉄柵でその先へ侵入できないようにしてあるが、それも銃で破壊する。蹴倒し、命綱無しでは到底踏み入れられないような場所まで行く。
下は見ないほうがいい。見たら多分落ちてそのまま死ぬだろうという心配があった。
こんなダサい死に方はしたくないな、と思いながら、柵など何もない、本当にただの鉄骨の上を走る。
北東二十五度付近。見れば、確かにピンク色の塊が急速接近しているのが見える。狙撃銃のスコープから覗けば、その全容が見える。
例えるなら巨大な芋虫だ。全長は、あまり推し量れないが、30m以上はあるだろう。うねうねとした肌。そして背中には、多分飛ぶのにはあまり関係なさそうな翼が生えている。
見たこともないルシアニウムだった。形態については、あいつらは色々な形をとっているが、あんな無防備な、ただのピンク色の塊みたいなやつは見たことがない。
いや、今は関係ない。
狙撃すればいい。飛ぶタイプなのだから、あの背中の翼が動力を生み出しているのだろう。どうやってそんなことができるのか物理学を完全に無視している気がするが、そもそもルシアニウムが物理学を根本から叩き壊したと言われている物質だ。関係ない。
狙いを定める。狙撃なら得意、と自負はしていたけど、これはあまり関係なさそうだ。的はかなりでかい。当てれる。できる。自分に言い聞かせる。
トリガーに指をかける。ためらいなく、引いた。
高出力の青白いエネルギーが発射される。一直線に伸びたそれは吸い込まれるように、芋虫型のルシアニウムに向かう。そして、その無骨でハリボテのような翼を貫いた。
一瞬、打ち損ねたかと思った。ルシアニウムは相変わらず超スピードで移動し続けていたから。しかし、ルシアニウムは徐々に高度を落とし始めた。そしてついに、高層ビルの一つに引っかかり、破壊音を響かせながら、墜落した。
その男の子は、不満だった。
何に不満なのかはわからない。なぜなら、不満だから。不満の理由は、何かが足りない、と感じるからだ。食事の時、なぜだか張り合いがない。いつもなら、もっと熱くなって、白熱した何かがあるはずなのに、それがない。わからない。でも不満と同時に、不安でもある。もしかしたら、何か大切なものをなくしてしまったのではないか。大切な場所を忘れてしまった。わけがわからないけど、彼は不満で不安であった。
「果穂姉ぇ」
こういう時は水谷果穂に相談する。彼女は小鳥の家の子供たちに一番長く接してくれる。お母さんのような存在だ。以前一度、お母さんと呼んでしまった子供がいた。すると水谷は怒った顔で、私はまだそんな歳じゃない!と憤慨したそうだ。だから彼らはもう彼女のことをお母さんと呼んでいない。しかし、特に男の子は、お母さんを欲していた。だから、もし理由があれば、年頃の恥ずかしさや意地っ気を隠して、彼女に甘えようとするのだ。
男の子は少しの気恥ずかしさがあった。しかしそれを超えるくらいの不安が押し寄せていたのだ。それなら水谷に相談してもいいだろうと。確かな理由になっているだろうと。
ドアをノックした。彼女の部屋に入った人は誰もいない。いつも必ずロックがかかってるし、誰かが入ろうとすると、キレるからだ。その時の恐怖を子供たちは知っているから、彼女の部屋に無断で入ろうとしない。
返事は返ってこなかった。
留守かな、と思った。でも退院して来たばかりで、まだ体は万全でないはず。外に出るなんてことほとんどないと思う。
ダメ元でドアノブに手をかけた。どうせ鍵がかかっているからと。
だが予想に反して、ドアノブは回った。扉が音を立てて開いた。
それは未知の冒険と同じであった。誰も知らない、開かずの扉。それが開いているのだ。ましてや彼は男の子。好奇心を抑えられるほど、頭が言い訳ではなかった。
そっと部屋に入る。




