⑥-1
西の大国が関税を引き上げた。
それに伴い、この国の経済に陰りが見えはじめた。中でも、西の大国と密に取引を行っていた地方の困窮は著しく、日に日に膨れ上がっていく不満の声は中央にまで届いている。
ダンは、馬車に揺られていた。
目指すのは、北のとある町。酪農が盛んで、周辺国とも貿易上の交流が活発であったため、現在は国内で一、二を争う困窮地域となっている。
ダンは目を上げる。向かいの席、アルタが静かに座っている。その北の町でアルタはこれから詠唱する。ダンが遠征に同行するのは二度目だ。一度目の時は、まさか次があるなんて思いもしなかった。ただ、今回の遠征の同行は、正確には「同行者の同行」というのが正しい。正式な同行者は父・ヒューゴだった。今は前を行く別の馬車に乗っている。ヒューゴに命じられ、ダンはこうしてここにいる。
アルタとの間に会話はなかった。アルタは格子窓の向こうに目をやっていた。白い祭服の上で緩く手を組んでいる。道が悪く、馬車が大きく跳ねるたび、指通りの良さそうな黒髪がさらさらと揺れる。時々、眠たそうにパチパチと瞬きを繰り返す。
ダンは、なぜ自分が遠征に同行させられているのか、知らない。父親と言えど、相手は軍事部副長、一般の警吏では顔を合わせることもまずない要職者だ。上の命令には黙って従う。いちいち疑問を感じていたら身動きがとれない。
……それにしても、と、ダンは肩をすくめる。「軍事部副長」と「〈鐘〉の専属警吏」という組み合わせは、遠征の警護としてはいささか濃すぎる。アルタはそこら辺をどう思っているのか。思うところがないわけではないだろうが、彼もまた、それを口にすることはなかった。元々口数が少ないのか、それともある程度のことは察しつつも、だからこそ自分から口にすることでもないと思っているのか。
アルタを見る。目は合わない。新しい〈鐘〉になるかもしれないこの若者が何を考えているのか、ダンには想像がつかない。
(想像がつかないのは、副長にしても同じだ。あの人が何を考えているのか、読めない)
黙って従いはするし、疑問はできる限り無視するが、相手の意図を探るくらいのことはやむを得ない。
……ヒューゴの動向の目的くらいは、ダンにもわかっている。国内情勢が不安定になっている今、アルタを正式に新しい〈鐘〉の候補として推す、その最終判断をするためだ。が、そこに今の〈鐘〉の専属警吏を立ち会わせるというのは……どう考えても不自然だ。まさかリリーとアルタ、どちらが〈鐘〉に相応しいかダンの意見を参考にするわけでもあるまい。
馬車が大きく跳ねた。ダンは両脚に力を入れ、体勢を保つ。ごつん、と鈍い音が聞こえた。そちらを見ると、アルタが頭をさすっていた。どうやら格子に打ちつけたようだ。
(コブでもできないといいが)
ダンは少し笑う。
(こうして見てると、普通の子どもだな)
……最近のアルタの遠征先にはある共通点があった。隊員としての活動歴は浅いとはいえ、アルタは現状どの隊員より各地域の教会から詠唱の依頼を受けている。その中でどの地域を優先させるかは、聖務院が決める。そこには常にいろいろな事情や思惑が絡み合っているが、今のアルタの遠征先の選定には、明らかにヒューゴたち改革派の影が見える。
改革派は軍事部に所属している人間のイメージが強いが、各組織に理念を共有している者が少なからずいる。おそらく聖務院にも、だ。これから向かう北の町もそうだが、今、アルタに振り分けられているのは、関税引き上げの煽りを受け、国内経済の混乱が生活を直撃し、王宮に不満を抱いている……そんな地域ばかりだ。
アルタの歌声は、その小柄な体躯から発せられているとは思えないほど力強く、聴く者の胸を貫く。
不安を追いやった後に残るのは、癒しや安心ではなく、漲るような高揚。ダン自身、前回の遠征でそれを体感した。多くの人々が、耳で、脳で、心で、きっとそれを感じ取っている。今こそ、この歌声が必要だ、と。
いつの間にか馬車の揺れが小さくなっていた。舗装道に入ったらしい。もうすぐ町に着く。
無事、遠征は終わった。
ダンの体内にはまだアルタの〈声〉の余韻が残っていた。前回よりもさらにその歌声に「力」を感じたのは、きっと気のせいではない。
詠唱は、広大な牧草地で行われた。「町」と聞いていたものの、民家はほとんど見当たらず、普段は芝生の緑が延々と続いている場所なのだろう。ダンがその光景を想像するしかないのは、到着した時すでに、そこは数えきれないほど大勢の人で埋め尽くされていたからだ。〈鐘〉の定期詠唱で見慣れているはずなのに、これだけの数の人が今までどこにいて、どうやって集まってきたのかと、ダンは思わず呆気に取られてしまった。
アルタの歌声にあてられた人々の熱気は凄まじいものだった。人々は荒々しいエネルギーを爆発させていた。アルタの歌声がそれを煽り、歓声が歌声をもう一段階押し上げる。与えるだけ、受け取るだけの、一方通行ではない、それは新しい詠唱の形だった。
……現地で一泊した後、中央教会に戻り、大聖堂前の広場で馬車を降りた。
遠征中、新しい〈鐘〉についての話はでなかった。一体何のための同行だったのか。このまま解散するのだろうかと、ダンは横目にヒューゴを窺う。
「戻って来て早々申し訳ないですが、アルタ、あなたに話があります。少しお時間をいただけませんか」
ヒューゴが言った。
アルタはピクリと眉を動かしたものの、何の話か聞き返すことはなく、小さくうなずいた。
ヒューゴがこちらを見る。同席するように、と、その目が言っていた。
……執務館へ移動する。向かう先は、軍事部副長室。軍事部は、第二広場を訓練に使用するという理由から執務館の最奥(正確には、渡り廊下の先の別館のような建物)に各部屋を持っている。権力の衰退によって追いやられたようにも、復権を狙う反王宮組織として隔離されているようにも、見えなくはない。
「狭いところですが」
副長室には、ダンもはじめて入る。
ヒューゴの言葉通り、そこは以外にも手狭な空間だった。内装も簡素で、無駄な調度品も一切ない。ダンはふと、幼い頃に何度も忍び込んだヒューゴの書斎を思い出した。
ヒューゴは、アルタにソファを勧めた。二人が向かい合ってかけたのを見て、ダンはアルタの隣に腰を下ろした。
「アルタ、あなたの詠唱は何度も聴きに行かさせてもらいましたが、こうして話をするのははじめてですね」
感情を感じさせない声で、ヒューゴが言った。
ダンは、そっとヒューゴに目をやる。その見た目は自分とは似ても似つかない。ダンが退廃的な雰囲気を持つのに対して、ヒューゴはどことなく気品があり、体格も警吏や軍人らしい厳つさはなく、身のこなしのしなやかさが目を引く。軍事部の中ではかなり異質な存在だろう。
「そう固くならないで。詠唱の時のように堂々としていてください」
昔からヒューゴは表情の変化に乏しい。常に限りなく「無」に近い。それは周囲に底知れぬ印象を与える。ダンも幼い頃、……今も、この人が何を考えているのかわからず、背筋が寒くなることがある。
(アルタに対する今の発言も、嫌味っぽく聞こえないでもない)
ちらり窺うと、アルタの表情はさらに固くなってしまっていた。
ダンは、咳払いした。
ヒューゴとアルタが揃ってこちらを振り返る。二人が何を思ったのかはわからないが、必要以上に張り詰めていた空気が瞬間だけ緩んだ。
「単刀直入に言います」
ソファに背を預け、ヒューゴがゆっくりと口を開いた。
「私は、この国を建て直したいと考えています。この国は変わらないことを選択してきました。国の平和を謳いながら、その意味など考えず、目先の安定ばかりを優先させてきた。本当の意味で平和や安定を手にすることには、いつだって及び腰です。その原因の一つが、〈声〉でしょう。この国は、国民は、〈声〉に縋り、深く思考することを放棄してきた。また、より縋りたくなるような歌声の持ち主を代々〈鐘〉に選んできました。今の〈鐘〉も例外ではありません」
アルタの眉がぴくっと動く。
「ただ、今の〈鐘〉はそうした人々の思惑を超え、歴代の〈鐘〉と比較しても圧倒的な詠唱力を誇り、奇跡のような美しい歌声を持っていることは確かです。本当に神の愛というものを感じさせられることだってある。だからこそ、国民はもう何も考えられなくなる。永遠の平和や絶対的な安心などという、この世のどこにもない夢を見てしまうのです」
ヒューゴが目を上げる。アルタを見る。
「アルタ――あなたの〈声〉はその夢を醒まさせます。新たな〈鐘〉となって、この国をあるべき姿に導いてくれませんか」
〈鐘〉の選任には、民意が大きく影響する。が、最終的な決定権は君主をはじめとする要職者たちにある。ヒューゴの発言は、アルタが〈鐘〉に選任されるようあらゆる手を尽くすという宣言だった。アルタの歌声が「響きそう」な地域の教会に積極的なコンタクトをとり、王宮や中央教会での根回しも行う。アルタの歌声こそがこの国に必要であることを、決定的にしていく。
「〈鐘〉になる覚悟はありますか――?」
問いかけは、静かだった。なりたいか、なりたくないか、ではない。必要なのは、覚悟。この国の中心でたった一人歌い続ける――未知のさみしさを受け入れられるかどうか。
(あいつも、こんなふうに『覚悟』を問われたんだろうか)
それとも、〈声〉を授かったその瞬間から、たった一人違う場所へ行ってしまったんだろうか。
沈黙が落ちる。
たった数秒、けれどそれよりもずっと長く感じられた無音の後で、アルタが顔を上げた。
「はい――」
ヒューゴを見すえる……いや、未来を見すえているのだろう、アルタのその視線の強さに、ダンは小さく息を呑んだ。
「〈鐘〉に、なります。この国をあるべき姿に導きたいから」
「あなたの考える『あるべき姿』とは?」
「……副長がおっしゃったことと、同じです。みんなに考えることをやめてほしくない。この国がどうなるべきなのか、もっと考えてほしいんです」
ヒューゴは何の感情も読み取らせない表情で目の前の若者を数秒見つめてから、「そうですか」とうなずいた。
「よかったです。あなたの気持ちを確認できて」
その後、当たり障りのない会話を少しだけ交わしてから、アルタは席を立った。宿舎まで送り届けようと、ダンは腰を浮かせたものの、ヒューゴに引きとめられる。
一礼して、アルタが部屋を出て行く。その足音が完全に遠ざかるのを待って、ヒューゴが口をひらいた。
「ダン。おまえとこうして話をするのも、久しぶりですね」
「ええ、そうですね」
ダンは目を伏せる。〈鐘〉の専属警吏になった当初から、ヒューゴとの接触を避けてきた。警吏として何も果たせずこの国の中心に身を置いてしまった不甲斐なさと、誰よりも〈鐘〉に近づいてしまった後ろめたさが、そうさせた。
「おまえとしては、どうなのです? 同席させておいてあれですが、今の話は聞いていて気持ちのいいものではないでしょう」
ダンは役職上最も〈鐘〉に近い立場ではあるが、この国の行く末について明確な理念があるわけではない。周囲からは当然のように今の〈鐘〉を支持する保守派だと思われているものの、正直なところ彼らの考えには違和感があるし、だからといってそれが改革派を支持する理由にはならない。
(結局、どっちつかずで何も考えていないってことになるんだろうな)
ダンは祈るように組んだ自分の手に目を落とした。
「〈鐘〉の選定に関して個人的な気持ちはありません。ただ、アルタが〈鐘〉になることは、隣国からの脅威に対して、この国が武力で立ち向かう可能性を意味しますよね?」
ヒューゴは「ええ」と静かにうなずいた。
「副長は、なぜ改革が必要だと?」
アルタに語ったことがすべてではないだろう。
ヒューゴはソファの背に凭れた。脚を組み替え、短く息を吐く。
「この国が生贄の上に成り立っているからです」
「それは……」
「改革派は、国を大戦前――逸話の司祭が声〉によって平和をもたらすより以前ですね――軍事力が平和の要であった時代を取り戻そうとしている。そう思われています。そういう人間もいることはいますが、私は、私たちは違います。むしろ、〈声〉と、それを授かった者たちに畏怖の念があるからこそ、この国のあり方に疑問を抱いているのです」
「西の大国との『取引』ですね?」
「『この国の安全を保障する代わりに、〈声〉の持ち主の遺体を提供する』。その目的は〈声〉を解明し、軍事転用することです。大戦直後からこの国はこの『取引』を続けている。いえ、この『取引』のおかげもあって無事に終戦を迎えられた。……国民が知ったらどう思うでしょうね」
その「国民」には声果隊員も含まれる。そして、〈鐘〉も。彼らは何も知らないまま、脱退後も自身の居所を中央教会に報告し続ける。生を全うした後、中央教会が管理する墓地で眠ることができると思って……。
「この国からすれば苦渋の決断だったでしょうが、西の大国からすれば『取引』はかなり譲歩した内容のはずです。それだけ〈声〉に価値を見出しているということでしょう。しかし、結果として、長い月日が経過した今でも西国は〈声〉の解明に至っていません。軍事転用もできていない。西としては、もっとサンプルが欲しいとずっと思っていたはずです」
「評議会で上がっていた懸念が現実になりそう、ということですか……?」
「〈声〉の持ち主の遺体とは別に、『現役の声果隊員をサンプルとして提供する』――。東の大国との緊張状態、そしてこの国の窮状に乗じて、それを持ちかけてくることはまず間違いないでしょう。ですが、こちらとしてもさすがにそこは呑めません」
だからといって、東の大国に飛びつくこともこの国にはできない。東に安全を保障してもらうのに、西に見せていたものを見せないわけにはいかない。結果、この国の財産である〈声〉において、西と同様の『取引』を求められる可能性は高い。
自身の立場を表明しなければ貢納金の引き上げ、重い重税。国民からはすでに不満の声が上がっている。限界が迫ってきている。どちらの国にもつかず、両大国に立ち向かうか? そうして戦争に不慣れなこの国がどういう結末を迎えるかは、考えるまでもない。
この問題は、現在進行形で評議会で話し合われている。ダンは、末席から、煮え切れない要職者たちを内心でなじっていた。一刻も早く決断すべきだ、優柔不断だ、と。……自嘲する。ダンは本当の意味で蚊帳の外だったのだ。発言権がない、決定権がない、だから責任もない。目の前で繰り広げられている国の危機を、どこか遠い場所の出来事のようにしか捉えられていなかった。
「国民の負担は増えていく。しかし新たな『取引』には応じられない。かといって、西と東、どちらか一方につけばもう一方を敵に回す。では、両国に立ち向かうのか。……今回ばかりは、どう転んでも『変わること』は避けられないでしょう」
そしてその時、国民を鼓舞し、奮い立たせるのは、アルタの歌声である、とヒューゴは考えている。
ダンは唇を噛んだ。口を挟む隙など寸分もなかった。もはやなぜここでこうしてヒューゴと向かい合っているのかもわからない。
ヒューゴが短く息を吐く。
「実は、軍事部長が、アルタを〈鐘〉に推すことにどうも懸念があるようで」
「なぜです?」
軍事部部長は改革派の筆頭だ。評議会でも参戦の意向を強く示している。ヒューゴと理念が一致しているとは言い難いが、アルタの歌声に疑問を抱く理由はないはず。
「私もずっと不思議でした。だから今日までアルタに声をかけられなかった」
「ということは、軍事部長が懸念している理由がわかったのですか?」
ヒューゴが立ち上がる。机の引き出しから何かを取り出した。ソファに戻ってくると、ダンにそれを差し出す。
「理由は、これです」
古紙が、数枚。かなり年季が入っているらしい、変色が著しく、触っただけでボロボロと崩れてしまいそうだ。
「君主と、各組織の長だけが読めるものです。内容については口外厳禁ですから、守ってください」
ちなみに、と、ヒューゴは目を上げる。「これを持ち出したことが知れたら、私にこれを預けた軍事部長も、私も、即投獄です。いや、投獄で済めばかわいいものかもしれない」
「そんなものを、よく預けてくれましたね」
「人は誰しも、絶対に知られたくない秘密を抱えているものですからね。それを暴露されることは、軍事部長にとっては投獄されるより恐ろしいのでしょう」
……この人が警吏としての階段を駆け上がり、転属して尚この地位に就けたのは、目に見える功績だけが理由でないことを、ダンは今さらながら実感させられる。
たった数枚の、重たい紙。ここに一体何が書かれているというのだろう。
「ダン。読まないこともできます」
ヒューゴと目が合う。ヒューゴとは、顔も、雰囲気も、声も、生き方も、似ていない。でも、瞳の色は同じだ。
ダンは古紙に目を落とした。インクの掠れた文字が連なっている。出だしの文章を読んで、ハッとする。
――これは、まさか……
……そうして。ダンはすべてを読み終えた。すべてを知った。古紙を持つ手が小刻みに震えている。手だけではない。心臓が、衝撃に打ち震えている。
「こんなことが――」
あっていいのか。……終わる、と思った。ここに書かれていることが白日の下に晒されたら、終わる。戦争を待たずして、終わる。この国は、確実に、内側から終わりを迎える。
「これを読んで、私も揺らぎました。ですが、〈声〉によって平和がもたらされたのは真実です。今も尚それは保たれている。私が正したいのは、この国の歪みです。歴史ではありません。〈声〉による幻想は、〈声〉で解くしかない。その結果、たとえ大きな傷を負うことになっても、この国はまた〈声〉の力を拠り所にして立ち直れるはず。その時こそ、本当の意味で〈声〉が私たちを導いてくれるのではないかと、そう思うのです」
「…………」
ダンは、何も言えない。まだ衝撃から抜け切れない。ヒューゴの言うことはわかる。わかるけれど――
「そこで、アルタです。アルタが十四歳で声授したことには、私も引っかかりがあります」
ダンはそこでハッとする。なぜか、自分の長年の悪夢を思い出す。
「あの、」
思わず、口を開いた。「この件、俺に調べさせてもらえませんか」
心臓が嫌な音を立てていた。得体の知れない恐怖に待ち伏せされている気分だった。薄気味悪く、できれば目を背けたい。でも確実に、そこには何かがいる。それを、この目で確かめないとならない気がする。
ヒューゴが軽く顎を引いた。
「今回の遠征におまえを同行させたのはそのためです。この件、私が動くと目立ってしまう。かといって、肝心な部分を伏せて部下に調査させるのも難しいでしょう」
「そう、ですね……」
「それに、ダン。おまえは、ある意味で特別な存在です。私たちは誰もが〈鐘〉さまを意識しながら、その存在に近づくことはできない。〈鐘〉さまの意識に介入することはできないのです。けれど、おまえはそれができた。こもまた〈声〉の導きの一つでしょう。おまえはきっと誰より〈声〉に導かれている。今回の件も、だから私は期待してしまうのです」
(あぁ、あの時……)
ダンの脳裏に、遥か昔の記憶が蘇る。ヒューゴが自宅に軍事部の要職者を招き、〈声〉について話をしていた。その書斎の扉がわずかに開いていた。幼いダンは室内から漏れ聞こえる声に耳を澄ませ、そこで〈声〉の秘密を知った……。
(この人は常に『可能性』というものを考えている)
さすがにダンが〈鐘〉の専属警吏になることや、今現在の状況までは予想していなかっただろうが、あの偶然は、間違いなくヒューゴが意図的に撒いた種の一つだったのだ。
「おまえなら必ず期待に応えてくれるでしょう。――決して、我が子を贔屓目でみているわけではありませんよ」
ヒューゴは言う。表情に変化はなく、軽口かそうでないのかはわからなかった。




