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播州屋の弥兵衛(全年齢版)  作者: 鈴木ハルカ


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8/10

煙の佐吉

 近頃、保土ヶ谷の宿の旦那衆の中では、江戸で名を馳せた泥棒の噂が飛び交っておりました。

 何でも、煙の佐吉と言いまして、急ぎ働きはしない、仕事は必ず独り、取るものは根こそぎは取らずと言う、今時珍しい泥棒でございまして、その佐吉がこの辺りでほとぼりを冷ましていると言うのです。

 

 「旦那さん。聞いたかい?」


 昨年の歳神様の騒ぎから、播州屋に三日と開けずに訪れるようになった尼寺の住職。

 どこからか噂を仕入れてきたのでしょうか?


 「煙の佐吉ですかい?」


 「知ってたようだね」


 町の旦那衆の間でも話しに上っておりますし、商家としては明日は我が身と思いましても不思議ではありません。

 

 「町の旦那衆の間でも、話題に上がりまして」


 あったことをそのまま伝えます。

 

 「やっぱり、商人は耳が早いね」


 商人は、人と合うことも仕事のうちでございますので、その時々の様々な話しを耳にします。


 「お役人にも顔が利く、越後屋さんがいますからね」

 

 そこは越後屋さんのおかげです。

 やはり、江戸の方にも顔が広いこともありまして、いち早く報せが入ったようでした。

 

 「そうだった。同心の旦那方にも顔が利くんだったね」


 住職と話しをしていますと、ふと思い出したことがありました。

 

 「もしかしたら、お初は知ってるんじゃないですかね」


 歳神様の騒ぎの際に、野良猫の網を使った探索方法を作っていたお初のことですので、もしかしたらすでに耳にしているかもしれません。


 「何を?」


 住職はキョトンとした顔になります。

 

 「煙の佐吉の行方ですよ」


 「野良猫の網か!」


 私の答えに、住職も合点がいったようです。


 ◆


 「いやいや。猫どももタダじゃないだよ」


 お初に野良猫の網のことを聞いたところ、そのような返事が返ってきまして。


 「タダじゃないって、煮干しでも配ったのかね」


 からかうような口ぶりで住職が言いますと、お初は住職の肩をポンと叩きます。


 「猫といったら煮干しだろう?なぁ、弥七」


 「何?姐さん。煮干しくれるの?」


 猫の姿で鞠に戲れていた弥七が、頭だけ起こしてお初を見ます。


 ◆


 「煙の佐吉。気になりますか?」


 夕餉の後に囲炉裏端で茶をすすっていますと、お初が穏やかに聞いてきましたが、実のところ、それほど気になってはおりません。

 それも、江戸働きを終えて、ほとぼりを冷ましている盗人が、その滞在先で勤めを果たしては、それこそ本末転倒というものです。

 世を忍ぶ仮初めの姿に宿。

 下手をしてしまえば、それらを失うことになるからでございます。


 「私はね。煙の佐吉はこの宿だと、思いの至らないような姿で、堂々と暮らしているような気がするのですよ」


 農家なのか、町人なのか、それとも越後の縮緬問屋を名乗っているのか、それは当の佐吉しか知らない事です。

 

 「それは、商人の勘のようなもので?」


 お初は、佐吉というよりも、私の話の方に興味があるようでした。


 「いえね。古いやり方の盗人なんかは、一味で商家や大工をやったりするもんだと、耳にしたことがありましてね」


 「堅気の仕事もしてたのですね」


 驚いたような顔をするお初。

 盗人が、日頃は商家や大工になって、自分の隣人として暮らしてるなんて、思いもよらないことですから。

 

 「中には、商家を建てるところから仕掛けが始まって、何年も商家の生活を見て、ここだと言うときに盗みをしたってのも聞いています」


 日本橋の駿河屋に、たまにいらっしゃっていた、岡っ引きの親分さんから聞いた話しですから、どのくらい尾ヒレが付いているかは分かりません。


 「もしかすると、うちにも隠し扉なんかがあるかもしれませんよ」


 お初は、そう言うといたずらっぽく笑いました。

 そんなものがあったら面白いなと思うものの、家主の知らないものがあることに背筋が冷えるのも確かです。


 「あるよ。こっち」


 猫の弥七が立ち上がって、奥の間の方へと駆けていき、その後ろ姿を見送ると、お初と顔を見合わせてしましたした。

 

 「やだ。冗談のつもりでしたのに……」


 頬に手を当てつつも、どこかワクワクしている様子です。


 私たちも腰を上げまして弥七を追い、奥の間の方へと移りました。


 ◆


 いつもお初と二人で寝る部屋の隅で、猫の弥七が壁をカリカリと引っ掻いていました。


 「弥七。そこなのかい?」


 近づきますと、わずかに隙間風を感じます。


 「ここだよ。旦那」


 場所は分かりましたが、どうやって開けたものかと思案を巡らします。

 このような隠してあるものと言いますのは、何かしらの仕掛けがありまして、その手順を守らないと開かないなんてことがあります。

 箱根の寄木細工を思い浮かべて下さると、それに近いものだとお分かりになるでしょう。


 漆喰塗りの下側は板壁となっております。

 てっきり、漆喰壁の上に貼り付けてある飾りだと思っていたのですが、一部は違っていたようでした。


 板壁の部分を拳で軽く叩きますと、弥七がカリカリとしていた場所は、他のところよりも乾いた音に聞こえます。


 「この辺りにありそうなんですがね…仕掛けが分かりませんね」


 ポリポリと月代を掻いてみます。


 「棟梁さんに見てもらいましょうよ」


 そう言って両手を合わせる。

 餅は餅屋。家のことは大工に聞くのが一番ですね。


 ◆


 大工の棟梁が木槌を使い、件の板壁を軽く叩いて何やら調べておりますが、素人目には何が何やらです。

 本職には、私が見えていないものも見えるのでしょう。


 「んっ!?ここか…こうやって、こうじゃろ!」


 コトン。

 壁の向こうで、何かが落ちた音が聞こえました。

 

 「これで開いたな」


 板壁がキレイに切り抜かれたように引き出されますと、壁の向こう、外壁の板塀が見えました。


 「こりゃぁ……たまげましたね」


 「修繕のときに気づかなかったとは」


 「ここまでキレイにされてますと、なかなか難しいのではないですか?」


 「そう言ってもらえると助かるんだがな…やっぱり本職として見抜けなかったのはな」


 棟梁は肩を落としますが、手にしている板壁の仕掛けに、何かが書かれているのが見えました。


 「棟梁さん。それは何でしょう?」


 私がそれを指さすと、棟梁さんも覗き込む。


 「銘が入ってら。余程の自信作だったんだろうな」


 銘。

 刃物等の作られたものに、作者の銘(名前や通り名、ブランド名)を彫り込むことがありますが、隠し通路の仕掛けにも彫ることがあるのですね。


 「おっ!帷子町の朔太郎かよ」


 同じ町内の職人さんのようです。

 

 「朔太郎さん。あまり聞かない名前ですね」


 同じ大工さんだからこそ知っていたのでしょう。

 

 「やっこさん。江戸の方で仕事するばかりだからな」

 

 以外なところから、思わぬ報せが入るものです。


 「ここのところ、そば屋の歳で見かけるな」

 

 煙の佐吉。

 おそらくではありますが、朔太郎さんがそうなのでしょう。


 ◆


 棟梁に仕掛けを見てもらって数日。

 

 「ごめんなすって。播州屋さんてのは?」


 暖簾を潜って現れた男。

 

 「私でございます」


 私は人伝に、朔太郎さんへ仕事の依頼を出しました。


 「それで、あっしに仕事というのは?」


 「こちらです」


 そう言って、上がってついてくるように促しました。


 小上がりから濡れ縁を通り、奥の間へ案内します。

 そして、件の板壁の前。

 外したままにしてあったそれを見て、朔太郎さんの顔から血の気が引いていくのが分かります。


 「ご存知なのでしょう?」


 商人の笑みを浮かべたままの問い。


 「あっしはこのまま…」


 何かを覚悟し、あきらめたようでした。


 「いえいえ。ここは商家でございますから、このような仕掛けを、そのままにしておくことはできません」


 顔を伏せたままの朔太郎さん。


 「ここを直してさえいただけましたら、うちのことはこれで手打ちといたしましょう」


 私の言葉にはっと、上げた顔は驚きと呆れの入り混じった表情をしております。

 

 「えっ!?役人に突き出すんでなく?」


 急ぎ働きの浪人崩れが増えた昨今。

 盗みの現場、それは凄惨なものであると耳にしております。

 そんななかでも、昔気質の盗みをつづける佐吉のような盗人には、盗まれて悔しく思うよりも、その技の見事さに舌を巻いてしまう方でございます。

 大きな声では言えませんが、そんな盗人に敬意を抱く一人なんですよ。


 「江戸から人相書きが回ってきているならまたしも、この辺りでは噂話しが聞こえてくるだけです。それも、煙の佐吉…でしたかね」


 私の話しが進むにつれて、涙ぐんでおりましたが、終わる頃には男泣きに泣いておりました。


 「旦那。ありがとう。ありがとうございやす」


 覚悟があっての盗人稼業なのでしょうが、その覚悟に肩透かしを喰らうと、人間てのは涙もろくなるってものです。

 

 ◆

 

 その後、奥の間の板壁を直して下さいまして、朔太郎さんは帰っていかれました。


 「旦那さん。よかったのですか?」


 「朔太郎さんのことかい?」


 お初の言わんとしていることも分かります。

 朔太郎さんはしばらくの後に江戸に戻って、盗人に戻るのでしょう。

 そして、いつかは御用になるのかもしれません。


 「朔太郎さんが煙の佐吉と結ぶのは、町方の旦那方の仕事でしょう」


 保土ヶ谷の宿では被害もないのですから、お役人の動きも鈍いでしょうし、それに、身に迫る危険を感じ取れば、朔太郎さんは江戸に身を移すことでしょう。


 「それもそうだね」


 壁の仕掛けで満足したのか、お初もそれ以上は口も手も出すつもりは無さそうです。


 ◆


 煙の佐吉の騒動も忘れ去られ、季節は何度も巡りまして、私も随分な歳となりました。


 「旦那さん。店に、古い顔なじみと申す男が、参っております」


 いつまで経っても話し言葉の硬い颯。

 始めは手代でございましたが、今では立派な番頭でございます。


 「弥七。また、旦那の膝の上であったか、忙しいのだよ」


 颯が私の膝の上から、弥七の首根っこを摘んで、店の方へと運んでいきました。

 その後をよっこらせと立ち上り、店の方へと顔を出しますれば、そこには朔太郎さんがいらしておりました。


 「朔太郎さん。達者だったみたいだね」


 小上がりに円座を出して、それを勧めます。

 私も帳場の外に円座を出して、またまた、掛け声一つ、腰を下ろしました。


 「旦那さん。こんなのを扱ってはみませんか?」


 出してきたのは、木目の美しい四角。

 

 「これはまた……どうやって開けるんだい?」


 箱だとは思うのですけれども、明け方がよく分かりません。


 「これをこうして、こう」


 朔太郎さんの手のなかで、形を変えた四角の物から、引き出しが出てきたじゃありませんか。


 「これは何ていうものなんだい?」


 「寄木細工っていいます」


 「こりゃいいね、見栄えも美しいし。颯、少し仕入れてご覧よ」


 「あぁ、確かに面白い。幾つ用意できるんだ?」


 「月に十といったところです」


 颯が算盤を弾き、仕入れから売り出しまでにかかる、算段を考えているようです。

 

 「こんなもので、いかがか?」


 「いえいえ、助かります。いつから納めましょう」


 「そう売れるものではないからな、次は三月後だと、どうだ?」


 二人のやり取りは、商売そのもの。

 こうして茶を飲みながら、ゆったりと見られるようになるなんて、あの頃の私は思いもよらなかったことです。


 こうやって、店も職人の技術も受け継がれていくのでしょうね。 

 

 

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