ろくろ首(全年齢版)
ろくろ首
七つを過ぎて店仕舞いをしておりますと、土間の真ん中で立つ、思案気なお初の背中が見えました。
「どうしたんだい?」
私の声で気がついたのか、こちらへ振り向きます。
「もう少し人手があると助かるんだけれども」
お初から何かをねだられるなど、初めてのことでした。
最近は仕入れや何かで、弥七を小僧として連れ歩く事が多くなっておりまして、店にはお初だけとなってしまうことも少なくはなく。
そうなると、炊事や洗濯に掃除なんかに手が回らなくなってしまうので、店を任せられる手代か番頭、もしくは家事ができる女中のどちらかを雇えないかということです。
「狛犬の二人もいつでも来られるわけではないし、役に立たない住職はしょっちゅう来るし……。」
幸い、広い商家なので、奉公人たちが住み込める部屋もありますので、通いでも、住み込みのどちらでも雇い入れることができる。
こういうことは越後屋さんとも思いましたが、なにせ人と鬼の夫婦に、化け猫の小僧です。人の奉公人を住み込みにさせるわけにもいかず、かと言って、妖を紹介できるような知人に心辺りは……。
◆
「住職。商家の手代くらいの器量を持っていて、住み込みで働いてくれるような、そんな妖に心辺りはありませんか?」
住職に頼まれた品を届けるついでに、相談してみますと、器量の良いキツネがいるから聞いてみるよと請け負ってくだすった。
「話しは変わるんだがね。男衆にはたまらない、そんなイタズラをしてくる女がいるって噂を聞いてないかい?」
宿場の夜に男が襲われる。
そんな噂が近頃飛び交っております。
「された男は骨抜きになるとか何とか」
骨抜き……夢見ているように、顔は緩みっぱなし、口はいつでもヨダレを垂らしそうに開いているそうです。
「どんなイタズラなんでしょうかね?」
「イヤだよ。女のアタシの口からは言えないよ」
そう言いつつ、私の肩へとしなだれかかると、太ももと言わず、股間と言わず撫でくりまわしてきます。
「お初の式が見てますよ」
目の端に写った白い影。
おそらく、お初の飛ばした式神でしょう。
「えぇっ!?おっと、そろそろお勤めの時間でしたわ。次は取りに伺いますわね。播州屋さん」
そう言うと、そそくさと私を置いて、離れから出ていかれました。
◆
夜の帳も落ちまして、寝床に潜り込み、眠りに落ちるまでの短い時間ではありますが、お初と何ともない話しをいたします。
今日の住職はどうだった。
弥七はすぐに日向で丸まってしまう。
長屋の奥さんが……。
共に暮らし始めまして日も浅いこともありまして、話すことは尽きません。
しかし、眠りというものはやってくるもので、今日はお初の方が先に、眠たげで間延びした受け答えになってまいります。
そういう時というのは、何故か何かを思い出すものでありますね。
住職に相談しました手代に良さそうな妖のことを、この時に思い出しました。
「手代の話しですけどね。住職に話したら心当たりがあるといってたよ」
こちらに寝返りをうちまして、眠そうな目で頷いてみせるお初。
「キツネのことです……きっと、大丈夫」
いうが早いか、目が閉じられ穏やかな寝息が聞こえ始めます。
住職はキツネの妖だったのですね。
キツネ…。
◆
越後屋のご主人がいらして、町の会合の報せついでに、件のイタズラについてのお話しをされに来ています。
「また、出たってね」
「噂のイタズラ女ってやつですか?」
越後屋の主人は神妙な顔となり、大きく一つ頷きます。
「やられたのは、岩間町の半次郎って話しでね。なんでも温いヘビみたいなのに絡みつかれたと思ったら、腰が砕けてしばらく立てなかったって話しですよ」
なんとも怖い話しですが、今のところ人が亡くなったというのは聞いていません。
「なんですかね。立っていられないくらい、血を抜かれた。とか、だと怖いですね」
吸血の妖もいるにはいると思いますが、それならば住職や狛犬が知らせに来ますでしょう。
「温いベビみたいなのが離れてもって、言ってますからね」
両手で己を抱きしめまして、震える体を抑えている越後屋の主人。
やはり、分からないものは、対策も立てられないので怖いということでございましょう。
「そいつに会ってしまったら、災難ですね」
「こわいこわい」
「しかし、なんで女だと分かるのでしょうね」
ふと、浮かんだ疑い。
「言われてみれば、そうですね」
怖いのも忘れ、あーでもない、こーでもないと互いの思いつきを話していました。
◆
町の旦那衆を集めての会合。
三月に一度、顔なじみの旦那衆を集めまして、様々な世情や噂話しなどを話し見識を広めるのですが、旦那衆の息抜きも兼ねてもいますね。
暮れの六つも過ぎまして、そろそろ暇をしようと思いましたが、その前にもよおしてきているものを始末してからにしようと、腰を上げます。
「お帰りで?」
会合の場を作っていただいた藤屋のご主人。
「そのつもりなのですが、その前に厠へね」
「そうですか、足元にお気をつけて」
新参者の私にも気さくにお声掛け下さる。
離れを出まして庭の陰にある厠へと進みますが、離れから漏れ出る明かりと、厠近くに灯された行灯の明かりだけ。
厠に近づくと、女の姿がぼうっと浮かんできましたが、
どうも、蹲っているのようで、何かあったのかと思い駆け寄ります。
「大丈夫かね?」
「持病のしゃくでございます。少し背中をさすってくださりませんか?」
あげた顔は美しい。
しかし、どこか具合が悪いのであろう、顔色は青白く血の気が感じられませんでした。
女の背中の方へと回り、手を伸ばしたところで女が振り返り、私の両の足に抱きついてきました。
とっさのことに避ける間もなく、がっちりと掴まれてしまい身動きも取れず、手を突出しまして引き離そうと女の肩に手をかけますと、女は上目遣いで私を見上げます。
「つかまえた」
美しい顔に何とも言い難い、色香を感じさせる笑みを浮かべ、それに見惚れた隙を突かれ、女の首がするすると伸びて、私の両腕をその首を使って胴に巻きつけてしまいました。
女は器用に首を操り、紅を差した小さめですがぷくりとしている唇で、着物の前を開けていきます。
コレはいけません。
とは思うものの、身動きも取れませんのでどうすることも叶いません。
褌(越中が楽ですね)をずらされますと、萎えた私のモノが顔を出します。
「いけませんよ。今は」
慌てて声を上げますが、女はその美しい顔に妖艶な笑みを浮かべて私を一瞥しますと、それを口に含もうと、大きく開きました。
私がなぜここへ来たかと言えば、それはもよおしていたからでございます。
離れから歩いているさなかも、先から漏れてしまうのではないかと気を張っていたところですので、女の吐息に腰が砕けそうになりまして、思わず小用の力を緩めてしまいました。
緩めば、たまりに溜まっていた小水が、奥から奥から流れ出て、女の口へと注ぎ込まれて行きます。
「うぇっ……ごぼっ…ごほっ」
たまらす口を離しますが、己で巻き付けた首が邪魔をして、私から直ぐには離れられません。
腕を離し、頭がもとのところに戻る頃には、小水塗れとなり、なだれ落ちるように片手を横に着きまして、もう片方の手の指は口元へやっております。
なんとも言い難いのですが、その美しく濡れた顔には悦びのようなものが浮いているように見えました。
「お前さん。大丈夫かね」
傍らへしゃがみこみ、懐の手拭いで顔を拭いてやる。
白粉が落ちてしまうかとも思ったのですが、そうはならず、元来、色の白い女であったのだと分かります。
妖でございますし。
はたと気を取り直した女が、顔を拭う私の手を取り、先程の艶のある顔とは打って変わり、上気した頬に輝く目をして、何かを期待するように私の顔を見てきます。
「旦那さんは、どちらのお店なんだい?」
弾む声とはよくいったもので、女からは喜びが良く伝わってきました。
「私は播州屋の弥兵衛だよ」
私の名乗りを聞くと、手をアゴに添えて俯き、何やらブツブツと呟いています。
「どうしたね?」
そう問いながら、乱されたままであった褌や、着物を正します。
「旦那さんっ!あたしを囲わないかい?」
再び顔を上げたと思えば、また、とんでもないことを言い出しました。
世の旦那衆には、一人や二人の女人を囲っている者も少なくはありませんが、それは、余程の大店であるからできることです。
それに、私にはお初という、この世で一番の女人が居りますれば…。
「突然だね。でも、私は連れ合いが一番だからね。お前の相手はできないのだよ」
私に何を期待しているのか分かりませんので、とりあえず申し出を断りました。
「それなら、そっちは自前で何とかするさ。アンタ、アタシの首を見ても動じないどころか、小便くれやがったじゃないか」
何がこの女人をそうさせるのでしょうか?
とても活き活きとした目を見せられます。
「それは済まなかったね。私もいい加減に漏れてしまいそうだったのでね」
さすがに申し訳なく思っておりましたので、詫びる言葉を伝えます。
「いやいや、それはいいんだよ。アタシが言いたいのはさ、妖を恐れてない。その肝っ玉に惚れたってことよ」
得意げに腕組みをしていました。
「お前さんみたいな美人にいわれると…。困りましたね」
「何かないかねぇ……」
頬を指でトントンと叩きながら、この縁が繋がるような手はないかと考えているようです。
しかし、顔のよく変わること、快活になるかと思えば、俯き、悩み、たまに艶を出してくる。
しっとりとしてるかと思えば、しゃっきりチャキチャキのおきゃんのようでもあり、こういう女人ならば、お初とも気が合うのではなかろうかと考えが浮かびました。
「お前さん。うちで働いてみる気はないかい?」
そう申し出てみます。
藤屋さんで女中をしているならば、掃除や洗濯と言った家事もできるのでしょうし、何と言いましても妖であることが良い。
「旦那の店でかい?」
せっかく縁を繋ごうという申し出であるのに、どこか合点がいっていない様子。
「そうだよ。まぁ、店に出るというよりは、うちの中の仕事をしてもらいたいのさ」
ピンと来ていなさそうだった顔が、花ひらくように活き活きと輝きを取り戻します。
「て、ことはだよ。旦那と一緒にいていいってことかい?」
この時の私は、ろくろ首の女の言ったことを、間違って解釈しておりました。
「住み込みで頼めるのかい?そりゃ、助かるよ」
弥七のこともありますから、夕餉の後なんかもお初には負担をかけっぱなしでおりましたことで、こんな間違いをしてしまったのかもしれません。
「住み込みっ!」
飛び上がるように喜ぶろくろ首。
「ま、家内に話してみますんで、明日の八つくらいに、店に来なさい……場所は分かるかい?」
私の言葉に、首がとれてしまうのではないかと思うほどに、頷いてみせる。
「お寺に入ってく通りの角だろ?」
知っていたようですね。
「なら、明日の八つにね」
◆
昨夜のうちに、お初にはあったことを話しまして、八つに件のろくろ首が来ると伝えてあります。
話しをした時のお初の顔が、それこそ鬼の形相となっておりまして、私と弥七は互いに抱き合うほどに恐怖しておりました。
そんなこともありまして、ろくろ首の命運も尽きるかもしれないと、心配もしております。
「ごめんください」
暖簾を潜って女人が入ってまいりました。
小上がりの帳場で顔を上げますと、命運尽きるかもしれない、件のろくろ首でございました。
「よく来たね。こちらへ掛けてくださいよ」
小上がりに円座を出します。
長火鉢で沸かしていた湯を使い、一つ茶を淹れて、ろくろ首に湯呑みを差し出しました。
「いただきます」
昨夜の雰囲気とは変わって、穏やかでいてしおらしい。
美しい顔も相まって、着ている小袖が良いものならば、どこかの大店の女将さんと言われても、信じてしまいそうです。
白くしなやかな指を持っている手。
その手で湯呑みを取って、一口。
「昨夜は慌ただしくしてしまって、名前もきいていなかったね」
手に見惚れていても仕方ありませんので、昨夜、聞きそびれていたことを問います。
「濡れてもいましたからね。私は蜜と言います。帷子町の長屋に住んでるのですよ」
「藤屋さんには、雇われて?」
昨夜、会合のあった場所は藤屋さんでしたので、そちらに雇われているものと思いまして、聞いてみました。
雇われているのならば、私も手土産を持って、藤屋のご主人に話しをしなければなりません。
中身はどうあれ、見た目は美人ですので、お蜜を目当てに藤屋さんに足を運ぶ者もいるでしょう。
「人手が欲しいってなります時に、藤屋さんからお声掛け頂いております。普段は傘張りや縫い物なんかを、頼まれればやるくらいで……」
お蜜の口が止まります。
「そちらかい?」
お初の声てすが、いく分か普段よりも低く聞こえました。
えぇ、そんな気がするだけなんです!
「ひぃっ!お、鬼!?」
お初のただならぬ雰囲気に、腰を抜かしたようで、小上がりから転げ落ちていきました。
背中にひしひしと伝わってくる、お初の怒りの気配。
その顔も分かってしまいますので、振り返りもしませんが、転げ落ちたろくろ首のお蜜にも手は貸しません。
「うちの弥兵衛さんに……ぷっ。ふふふ、あははは」
先程までの怒気は一切消えてしまい、笑い出したお初に、私とお蜜は顔を見合わせてしまいました。
「いやいや。済まないね…弥兵衛さんのを目の前にして、小水を流し込まれるなんて、とんだ災難だったね。次は厠じゃないところで待つといいよ」
「その口ぶりですと、アタシが弥兵衛さんと致してもと、聞こえてしまいますよ」
「それはそれ、コレはコレですよ。弥兵衛さんに手を出したのなら、その伸びる首を捩じ切りますからね」
口調は穏やかそうなのですが、どこか剣呑な空気が感じられます。
「私のモノの話しは後にして、とりあえず掛け直しなさいな」
転げたままなのも可哀想でしたので、お初の口調が穏やかになったところで、土間の方へ降りてお蜜が起きるのに手を貸します。
「それは、私たちの間で取り決めがあれば、どちらもお相手くださるのですか?」
そこに執着する理由は分かりませんが、私の心は一つです。
「それはないね。俺はお初だけだからな」
手代の頃から久方ぶりに、自分をそう呼んでみましたら、手を貸して立ち上がらせているお蜜が、こっそりとお初の方を覗うようアゴで促してきます。
お初の方へと目を向ければ、顔を真っ赤に染めあげて、その頬を両手で押さえており、私の視線に気がついたのか奥の方へと駆けていきました。
「ふふふ。真っ赤になって駆けてくなんて」
小上がりに掛け直し、裾や袖についた土間の土を払うお蜜が、なんだか羨ましそう目をしている。
「私の可愛い人なんですからね」
「私もそこに入りたいものですわ」
心底思っているのでしょうか、そう言ったお蜜は深いため息をしてみせました。
「回り道がヒドかったね。仕事の方の話しをさせてもらうよ。お蜜は炊事に洗濯、掃除なんてのは得意かい?」
「えぇ、一通り。長く生きてますので、字の読み書きに、算盤もやりますわ」
なんと、そこまでできるのならば、お初次第ではございますが、東海道を行くこともできそうですね。
「そこまでできるとなると助かるよ。弥七がまだできないもんでね。私もお初も手が回らなくて、どうしたものかと思案してたところなんですよ」
「そうだったのですね。それで……弥七さんというのは」
壁際の棚の最上段で、丸くなっている猫を指差します。
「猫…ですよ?」
どこか哀れなものでも見るかのように、弥七を指さした私に目を向けます。
「なって間もない化け猫なんですよ」
「なるほど。鬼の奥方に、化け猫の丁稚……そりゃ、アタシみたいなのが良いってわけですね」
昨夜のような砕けた口調になる。
「頼めるかい?」
「たまにで良いので、舐めさせてもらえれば、いえ、一舐めでもいいんです」
「一舐めってお前さん。どうせなし崩して最後まで吸い取ろうって魂胆でしょうに」
「お見通しってわけかい。参ったよ。それはさておき、このお話し、ありがたく受けさせていただきます」
お蜜は小上がりに正座をして、三つ指ついて頭を下げる。
こちらも居住まいを正して、軽く礼をした。
「よろしく頼むよ」
◆
ろくろ首のお蜜が、うちに住み込みで働くようになりまして、半月が経つところです。
掃除や炊事に洗濯はもちろんですが、店の使いもできてと、私もお初もたいへん助かっているところでした。
「ごめん」
暖簾を潜って現れたのは、眉目秀麗、総髪の髪を後ろで束ね、羽織袴の旅装束。腰には二本差しと来ますれば、どちらかの御家来様でしょうか。
帳場を出まして、居住まいを正し深く礼をします。
「お武家様と見受けられますが、どういったご要件でしょう?」
「あぁ、これか。俺は武家ではない。凛から話しを聞いてやってきたのだ」
「住職が話してたお人!」
「人ではないが、まぁ、そうだ。王子の稲荷から来た颯だ」
「播州屋の弥兵衛でございます」
挨拶が済んで、颯を小上がりに腰掛けさせ、はるばる王子から来られた労いに、一服の茶を淹れまして渡しました。
「かたじけない」
湯呑みを受け取り口をつけようとしたところへ、お蜜が使いから戻ってきたようでした。
「旦那さん。ただいま戻りましてよ」
暖簾を潜り顔を上げたお蜜の所作が止まりました。
「今、湯を用意しますね」
頼もうとしていたものでしたが、何かを察してお蜜から言い出してくれましたが、炊事場の方へとと行くその目に怪しいものを感じました。
盥に張られた湯を持って、小袖を襷で縛りあげたお蜜が、店の土間へと戻ってきます。
目を爛々と輝かせながら。
「お御足。失礼しますね」
颯の足元に盥を置くと、草鞋を解き、脚絆を外し、袴も濡れないようにとまくり上げ……。
「そこはっ!何するっ!!」
お蜜の首が伸びて、身体の自由を奪われる前に、颯は狐の姿へと戻り小上がりの少し奥へと跳んで、その首をかわしておりました。
「何をしてるのです?」
お初が奥から現れますと、迷わずお蜜の元へ行きゴツンと一発。
そして、白目を剥いて倒れるお蜜に、それを軽々と持ち上げて運んでしまうお初。
「いやいや、災難でしたな」
襲われそうになった颯に言いました。
「全くだ。なんだったんだ、あのろくろ首は」
人の姿に化け直しますと、お蜜の持ってきた盥で足を洗い始めます。
「申し訳なかったね。湯を使い終わったら、奥の方に案内しますので、今日のところはゆっくりして下さい」
「心遣い。痛み入る」
◆
颯を迎えた夜。
縁側は未だ寒さが強くありましたが、お蜜と話しをしなければと思い、そちらに誘いました。
「旦那さん。話しってなんだい?」
家のなかでは砕けた口調に戻るお蜜。
「お蜜。間違っていたら悪いのだけど、お前さん。男の精がないと、生きていけないんじゃないのかい?」
近くに横に座っていたお蜜でしたが、話しを聞いて居住まいを正しました、
私の推測は遠からずといったところのようです。
「旦那さんのお察しの通りでございます。アタシ、元は遊郭で囲われてた女でね。何の因果か、ろくろ首なんて妖になっちまったもんさ」
お蜜の顔に憂いの色が見え、どこか泣いてしまうのではないかと気が気ではなくなってしまいます。
「それで、妖として生けてみれば、堪らなく男の精が欲しくなる時があってね…それは、どんなに我慢しても抗えないのさ」
笑って見せようとしたのでしょうが、上げたお蜜の目からはとめどなく涙が溢れてきました。
ゆっくりとお蜜の肩を抱き寄せ、背中をポンポンと叩きます。
これまで何度もその衝動に襲われ、抗えず。町の男を襲っては精を受け、町を変えと、それを繰り返してきたのでしょう。
誰にも言えず、ただ一人で。
「私がお前さんを抱くことはできないけれど、衝動の抑え方なんかは住職にも聞いてみるよ。お前さんが、ここで長く普通に暮らせるように」
胸に押し付けられるお蜜の頭。
寂しかった妖の、その嗚咽が止むまで、私はずっとお蜜を抱き寄せておりました。




