年越し
保土ヶ谷の宿に店を出したと思えば、もう年の瀬でございます。
小間物屋としましては、正月飾り等が良く売れておりまして、近隣の農家へ、何度か追加のしめ縄を頼んみに走ったものでした。
いよいよ年の瀬となりますと、年明けに向けて仕入れた荷の整理や棚卸し、家屋の掃除と猫の手も借りておりました。
「弥七は煤払いをお願いしますね」
身軽で高いところでも、キビキビと動ける化け猫の弥七に、天井や屋根裏の煤払いを頼みます。
私は、煤払いが終わったところから、床や家具などの拭き掃除をし、荷物が届けばその荷受けと帳簿付け。
お初は洗濯と炊事場の掃除と、各々が忙しく動き回っていました。
「ごめんよ。お初はいるかい?」
なんと珍しい。
尼寺の住職が、店の入り口に立っておりました。
「これは住職。お初なら、炊事場におりますので、呼んでまいりますよ」
小上がりに円座を出して住職に勧めると、私は炊事場で掃除をしているだろうお初を呼びに下がりました。
「お初。住職がおいでだよ」
竈門の灰を掃除していたのだろう、お初の頬と言わず鼻と言わず、ところどころが黒く染まっていた。
「そう言えば、来るって言われてましたね」
額の汗を腕で拭うと、そこも黒く線が引かれてしまいます。
「出ていく前に、顔だけは洗っとくれよ」
「炭だらけですか?」
自分でも分かってはいたのだろうが、掃除が終わったときに、一度で済まそうとしていたのかもしれません。
「大工の棟梁よりも黒くなってるね」
良く日に焼けた顔が思い浮かぶ。
年の瀬の挨拶にも行っておこうかね。
「そりゃ大変。ちょいと洗ってきますから、お湯をかけておいてもらえますか?」
そう言い残して、井戸端の方へと小走りに駆けていくお初。
その間に湯を沸かそうと、炊事場に汲み置きしてある水を鍋に入れ、火にかけようとおもいましてが、竈門は掃除中であったことを思い出します。
「さて、どうしたものか」
そう考えました時、小上がりの長火鉢に火が入っていたのを思い出しまして、長火鉢でも湯を沸かせる鉄瓶に水を移します。
盆に湯呑と急須を載せますと、片手に鉄瓶を持って、表へと戻りました。
「忙しい時に悪かったね」
小上がりに腰を掛けていた住職。
来るのが分かっていて、その準備をしていなかったこちらが悪いのです。
「いえいえ。滅相もない」
鉄瓶を火鉢にかけて、湯が沸くまでまちますが、手持ち無沙汰になってしまいました。
しかし、こんな機会もあまりありませんので、普段なら聞けないことや、聞いておきたかったことを問うてみようと思います。
「住職。不躾ではございますが、住職はどういった妖なんです?」
お初と古馴染みと言う話しも聞いておりましたが、いったい何の妖なのかは知りません。
「気になるかい?」
糸のように細く開かれた目が、にぃっと弧を描く。
「そうなんです。お初とは古馴染みという、お話しを聞いておりましたので…お気に障りましたか?」
先程の笑みが、スッと消え。
「なんだい!そういことかい。ウソでも女には、お前を知りたいんだって、言っとくもんさね」
そう言いわれますと拗ねられたようで、そっぽを向かれてしまいまして。
仏門の尼僧と言えど……多くは語りますまい。
「お凛。待たせちゃった……なんかあったのかい?」
お初が奥から手拭い片手にやってきましたが、腕組みをして、下顎をしゃくれさせてと、如何にも怒っていると言う様に、ぷんぷんと言ってはそっぽを向かれる住職の様子に気が付いた様です。
「ずいぷんと拗ねてるね」
その様子をそのように評したお初の声に、住職はぐるりと首を回して顔を向けました。
「あんたの旦那。あたしが何の妖かって聞いたのよ」
不躾で申しわけなく、肩身が狭くなる思いです。
「はぁ」
住職の言葉になんとも気の抜けた返事をしたお初。
「なんでだい?って聞き返すじやないのさ」
既に興味が失せたお初は、出しておいた円座に腰を下ろすと、顔に残っていたのであろう、手拭いで水気を拭う。
「で、なんて言われたんだい?」
拭う所作を止めもせず、住職に先を促してみせる。
やはり、古馴染みともなりますと、少しぞんざいに扱うようにするお初。
普段のそれとの隔たりに、ギクリとさせられることもありました。
「お初の古馴染みだからって来たもんだよ!」
バンと床を叩いて、如何にヒドイことを言われたかを、伝えているようです。
「あたしの添え物みたいでイヤってことだね。まぁ、確かにいい気はしないね」
言葉にピンときたのか、お初も住職の悔しそうな顔に肯きながら、そう返していました。
「だろ?だろぅっ!」
援軍得られて、勝ちを信じて疑っていない、そんな顔を私に向けてきました。
向けられた者としましては、ただただ縮こまって、嵐が過ぎるのを待つだけです。
「そういうのは、しっかり躾しときなよ」
お初に言い捨て、何故か袈裟をヌギヌギ、小上がりへと上がり込む住職。
すると、何かを察したお初は、術を解きまして鬼となり、住職の肩を掴もうとしますが、住職はその手をするりと躱し、私の隣に座り込みます。
淡黄色の留袖の合わせを、私に見せるように開き、切れ長で色気のある目元をして、私の耳元の方へ唇を近づけます。
「あたしじゃ、ダメかい?」
何とも艶のある声に、ドキリとさせられますが、お初が背後からその頭を掴むと、そのまま持ち上げてしまうじゃありませんか。
「痛っ!くび……首がいっちゃうよ」
暴れることなく、両の手をお初の腕に伸ばしまして、身体を支えようと頑張っているようです。
「そういうイタズラは、しっかり躾けないとね」
お初がにっこりと笑いますと、空いた方の手で、住職の丸みのあるお尻を、一つ二つと叩きました。
この世で怒らせてはいけないのは、お天道様と、我が妻、お初でございます。
◆
尻を突き上げる奇妙な姿勢の住職に、冷ややかな眼差しを向けるお初。
「住職は何か用事があったのでは?」
騒動のあと長火鉢で沸かした湯を急須に注ぎ、湯呑みに茶を淹れ、風を入れようと住職に問いました。
湯呑みの一つはお初に。一つは住職に差し出します。
「そう言えば、何か急ぎだったんじゃなかったの?」
叩かれた尻を撫で、恨みがましくお初を見上げます。
「そうだったのだけどね。まぁ、いいだろう…いてて」
話しのためか、痛む尻ではあるようですが、姿勢を正して話しを始めます。
年の瀬も迫りまして、いよいよ年越しとなるのですが、その前に時量師神様から遣わされます歳神の交代をするそうなのです。
しかし、今年はそれが上手くいかずに滞ってしまっているようです。
今年は保土ヶ谷の宿の尼寺で、顔合わせをしての交代となるようで、来年の歳神様はすでにいらしているのですが、今年の歳神様が未だ見えず。
年の瀬も迫る中、ほとほと困っていることを伝えられました。
「と、いうわけなんだよ」
噺家のような身ぶり手ぶりを交えてのご説明。
「大変そうだね」
他人事のように応えたお初でしたが、私も初耳のことばかりで、興味はそそられる話しではありましたが、対岸の火事をみるような面持ちでおりました。
「いやいや、あんた他人事じゃないんだよ」
私たちの様子に、住職は慌てたように、私たちにも関係があると言ってきます。
「もしかしますと、来年がこないのでは?」
思ったことを口にしてみました。
「遠からずってところだね。月讀命様の力で年越しはできるんだけどさ、何にも起きなくなっちゃうのよ」
何も起きなくなってしまう。
何か悪いことなのでしょうか?
「それが、悪いことなのかい?」
お初もそう感じたようで、そう聞き返します。
「よく考えてご覧よ。何にも起きないってのは、ただ流れるだけの一年になっちまうってことさ」
流れるだけ。
「悲しみもなけりゃ、嬉しいのもないってわけですね」
悲しみが少ない方が良いのは確かでございますが、それをなくしてしましますと、喜びも小さくなってしまいますね。
小さな波すら起こらなくなってしまうのでしたら…。
「そりゃ……味気ないね」
実感のこもったお初の言葉。
「たろう?だからさ、探すのを手伝っちゃくれんかね」
住職には世話になってますからね。ここは、日ごろのご恩返しとしましても力になりたいところです。
「手伝うのはいいのだけど……どういう見た目とか、手がかりになるようなものはないのかい?」
「あたしが聞いてるところだと、今年は女の歳神様なんだよ。それに酒好きで、女好きときて、だらしがないんだとさ」
「吉原あたりで飲んだくれてそうですな」
言ってはみましたが、女人も店を使えたのかは、覚えがありません。
「江戸かぁ……ちと、骨が折れるな」
住職もそれは思いつかなかったようでした。
人の足では日本橋まで一日といったところですので、上野の先の吉原となりますと、往復するだけで年を越してしまいそうです。
「とは言っても、近くにはいるんじゃないのかい?」
お初の言うことも確かにあります。
予定よりも早く着いてしまい、ちょっとのつもりで遊び始めたらというやつで、たらしごないのでしたら、おおいにありうること。
「何か、こう妖気を感じる。なんてのは無いのですかね?」
思いつきで言ってみます。
「来年の歳神様が来ちまってるからね。混ざっちまって、何が何やらってもんなんだよ」
水に湯を垂らしたところでと、いったことなのでしょう。
「分かりました。私は旦那衆に年の瀬のあいさつついでに聞き回ってきます。もしかしますと、どこかの旅籠で盛大にやってるかもしれませんし」
それを聞いて住職は膝を打ちます。
「そいつは思いつかなんだよ。よし、江戸の方は私が行こう。王子の稲荷までならひとっ飛びだからね」
袖をまくって、白い細腕をむき出しにした住職。
「あたしは弥七を使うかな?」
お初も名案が浮かんだようです。
弥七を使う。
興味が湧いてきますね。
とは言いましても、期限は少なくございますれば、直ぐに動き出すしかありません。
私は奥へ行き、世話になった旦那衆の各々に、その趣向に合わせた贈り物を用意しておりました。
「まずは棟梁から伺いますか」
◆
明日は晦日と差し迫っておりましたが、住職から聞き出した人柄に合うような人はございませんでした。
諦めの境地なのでしょうか、江戸から帰ってきました住職も、小上がりで大の字で寝そべっておりまして、商いの邪魔になっております。
時折、弥七のお友達でしょうか?野良猫が構わず踏んで行く様は、ヒヤリとさせられていけません。
「旦那の方も当たりはなしかい?」
私の方も町の旦那がたに、挨拶がてら聞いてはみるのですが、この時期に長居をしていれば目立ちますし、何より女であるなら尚更です。
「残念ながら……。」
歳神様の行方が気になって仕方なく、帳簿をつける手もはかどっていません。
何か見落としていることはないかと、住職から聞き及んでいる内容を何度も思い出しては、探していない場所はないかと、考えてしまいます。
「姐さん。姐さん」
弥七が息せき切って、店に飛び込んできました。
「弥七。お帰りだね。お初なら奥にいるよ」
私の声をきくが早いか、猫に戻って、住職を足蹴にして奥へと駆け込んでいきます。
「おたくに来る猫たちは、あたしを踏まないと気がすまないのかね?」
小上がりに寝転がってるからだとは、言えませんでした。
◆
さて、実は随分と前に、あたしと弥七は歳神様を見つけていた。
「弥七。あたしを手伝ってくれないかい?」
お凛から相談を受けた翌日。
煮干しをチラつかせながら、弥七に年神様探しを手伝わせようとしたのだけれども…。
「姐さん。おいら、やるよ!」
ヨダレを垂らしそうな口元で、元気の良い返事。
あたしが考えたのは、弥七を使って野良猫たちに網を作ってもらうこと。
猫たちがどこまで網を広げてくれるのかは、博打のようなところもありましたが、二日もしたら水神の琉夏の話しまで聞こえるようになりましたのて、保土ヶ谷の宿から三境の方
まで広がったのだと知りました。
後は簡単なもので、町で見たことがない顔を見つけたら、知らせてくれと頼むだけです。
「姐さん。帷子川の方で、見たことない女の人を見たって、三毛のお梅が言ってたよ」
知らせが入ってきたのは、弥七を使い始めて三日経った頃でした。
お凛は江戸に飛び、旦那さんも町の旦那衆から噂を集めている最中です。
「そうかい。ありがとうね」
煮干しを入れた袋を渡してやると、飛び上がって喜んでみせる弥七。
子供がいたらこんな感じなのかなと、最近は感じてしまいます。
こういう報告を受けたら、鳥の形に折り込んだ紙に気を入れて飛ばします。
陰陽師が使う式という術で、手紙のように使うことがほとんどでしてが、今回は探索方として、飛ばしたそれが見えるものを、あたしの気をつなげて視るということをやってみました。
弥七を使い始めて二日くらいから、こういった報告は受けていましたが、その全てが旅人でした。
今回もと思いましたが、諦めずに飛ばします。
帷子川近くの掘っ立て小屋。
川の漁師が網などの道具をしまっておく小屋で、冬であります今の時期は、近寄る人も多くありません。
式を操り小屋の中へ入りますと、式の見ている景色の中に、女人の姿が見えましたが、呪いの先のことですので、それが人であるのか、そうではないのかも分かってしまいます。
「あたりましたね」
女人もこちらの術に気がついたようで、あたしの式を見つけようと、目をあちこちへと走らせていました。
「弥七。お妙と吉之助を呼んどくれ」
猫の姿で飛ぶように駆けていく弥七。
店を空けるわけにはいきませんので、世話をした狛犬を呼びつけて、店番をさせようと言う魂胆でおります。
二人が到着しますと、わけを話して店番を頼みました。
私と弥七は店から飛び出し、帷子川へ駆け出していきます。
◆
式の目で視ていた小屋の前。
内には人ならざるものの気配。
戸を叩き、誰かいるのかと尋ねるが返事はなし。
「どうしたものかね」
「こういうときは、おいらの出番」
猫の弥七が、人の姿ではとても通れそうにない、狭い隙間からスルリと内へ滑り込む。
「なっ!へっ?!あんたっ!化け猫なのかい?」
中にいたのであろう、女の騒ぐ声が聞こえたと思えば、戸の内側から何かを外す音がした。
「姐さん。お待ちどう」
笑顔の弥七が、戸を開けて顔を見せた。
さて、あたしの番だ。
「邪魔するよ」
都をくぐり、中の女に声をかけた。
「あんたを取って喰うわけじゃないんだ、ただ、話しを聞かせてほしいんだ」
小屋の隅の方で、小さくなっている女。
今年の歳神様だ。
「な、なによ」
訝しげにこちらを見ているが、あたしたち二人には敵わないと見て、おとなしくはある。
「あんた、歳神様だろ?」
「げっ!?もう、見つかったか」
悔しそうに項垂れる。
この様子を見ると、何かあるのかもしれない。
「何かあるんだろ?」
話しを聞いてみると、歳神様は元は生きた人であったと言っており、どうやら生きていた頃の、恋仲だった男を探して会いたいのだそうだ。
亡くなってからの年月も分からないのだから、お相手も存命なのかは不安があります。
「どんな男なんだい?」
住んでいた町の名前に、男の風貌を聞き出し、再び弥七たちの出番となった。
◆
尼寺の離れに、今年の歳神様と来年の歳神様がお揃いになりまして、年の交代がなされました。
「皆には迷惑かけたね」
バツが悪そうに、目を逸らして首筋に手を当てる今年の歳神様。
「お初もお初だよ。見つかってるなら言ってくれりゃいいのに」
住職が不満の声をあげました。
「叶えてやりたくってね」
恋仲だった男との逢瀬でしたか、しかし、それは叶わずに終わっていました。
男も今年の春先に亡くなっていたそうで、その墓に線香を持って手を合わせに行かれたそうで、晦日の瀬戸際というところまで、時がかかってしまったようてした。
「亡くなってるなら、歳神様は帰ったら会えるんじゃないのかい?」
どちらに帰られるのかは、知るところではありませんが、神様ですから、冥府の道筋もお通りになれるのでしょう。
住職はそのことを言ったのかもしれません。
「帰ってから探してみるよ」
ゴーン。
境内から鐘の音が聞こえ始めました。
除夜の鐘でございます。
「じや、あたしはこれでお役御免だ」
そう言って立ち上がった歳神様は、だんだんと薄くなっていきまして、鐘が二つ、三つと続く内に光の粒を残して消えていってしまわれました。
「ご助力。感謝する。新しい年に幸多からんことを願う。ではな」
新たな歳神様はお役目のため、何処かへと飛んで行ってしまわれました。
今年はお初との出会いに始まりまして、様々なことが起こった年でございます。
それを良き人たちと共に過ごせた。
そのことが一番の幸せでしたね。
来年も、その先も、こうあって欲しいものです。




