廃寺の預かりもの 四篇
皆で囲炉裏を囲んでの夕餉となります。
腹が減っていますでしょうお初たちには、多めに飯を盛りまして渡していきます。
今日の出来事をカワウソのヒヤが、面白おかしく話して聞かせ。
作った汁に炊いた飯もすっかりとなくなり、皆の腹が膨れたころでしょうか。
店の鎧戸が打ち破られる音に、それまで和らいでいた空気に緊張が走りました。
「皆。奥へ。颯。庭へ誘い出せますか」
「やってみましょう」
「任せたよ」
「応っ」
颯は床に置いていた太刀を引っ提げ、店に続く廊下へと出て行きます。
「ささ。今のうちに皆は奥の間に下がっているんだよ」
お蜜や弥七。それにカンにヒヤも奥へ逃がします。
「弥兵衛さん。どうするんだい」
「町の同心を呼んで来ます」
「人には手が余るよ。あの人は」
「だからこそです。お上のお役人を斬ったとあっては、颯もただでは済みません。だから、青山様が正気ではなく乱心していたと認めていただかなくていけません」
「分かりました」
お初と話しをしていますと、青眼に構えた颯がじりじりと下がってきます。
その切っ先の先には、お初の話しに出ていたように異形とも言える風貌となった青山様が、片手に刀をぶら下げて迫ってきていました。
正気はなくともその間合いは分かるようで、やたらめったらに颯へとは切りかからず、隙を伺っているようです。
「颯。持ちこたえてください」
「難しいことを……やって見せる」
店先への廊下が空いた隙をついて、私は店を飛び出して町の番屋へと駆けだしました。
◆
異形と成り果てた男。対峙して分かる。
この者。人であったとしても強いと、そして、異形となったからこそ息も盗めず、振られる刀を避けることだけに気を持っていかれてしまう。
異形となりながらも力任せの大振りはせず、相手を崩す打ち込みに徹しているだけに、こちらの付け入る隙はあるものの、その一太刀は旦那様に言いつけられたことが守れなくなってしまうもの。
如何ともし難いヒリつく空気に、背筋と言わず汗が垂れる。
小さく上段に振りかぶり、小さく鋭く振り下ろされる剣戟。
右手を狙ったものだ。
つながる次の太刀に備え、右手に避けようと踏み込む。
しかし、男の太刀は振り抜かれず、避けようと踏み込んだ某に突きこまれる。
やられた。
左腕を掠めただけであったが、突きの鋭さに衣服だけに留まらず、二の腕も僅かに切り裂かれてしまった。
距離をとるために空を薙ぐ。
左腕。痛みは僅か、崩れることはない。
しかし、いつまで持ちこたえられるものか……。
◆
「大変ですっ。乱心したお武家さんが」
町番屋の戸を開け放ちますと、中にそう声をかけました。
茶を啜っていた当番の人間は見知った町役人。
「なんだって」
「今、うちの手代が抑えてますが、いつまで持つことやら……とにかく、早く」
「分かった」
町役人はそう言いますと、小上がりに置いていた太刀を取りまして、立ち上がります。
「こちらです」
一息つくわけにはいきません。
颯と言えども青山様が相手では、無傷で取り押させるなどできないでしょう。
お初から聞きました話しでもどちらかが倒れると、そう言っておったようですから。
私の後を駆ける町役人の水野様は、駆けながらも呼子笛を吹き、辺りの人々に報せます。
◆
「颯。大丈夫かいっ」
草履も脱がず店を通り、庭に出ます。
「旦那さん。颯もだいぶ……」
お初が私の袖にすがって来まして、そう言いました。
颯は左腕と顔に、血のにじむ切り傷があります。
「播州屋さん……こりゃぁ、あたし如きじゃ、どうにもなりませんよ。しかし、あれはどなたで」
「江戸の頃からお世話になっていました。火付け盗賊改め方の青山様でございます」
「そんな……どうなされたってんでしょう。明らかにおかしな目をしてますよ……正気じゃない」
水野様も青山様の形相に、異様なものを感じ取ったようでした。
「颯っ」
水野様のその言葉を耳にしますと、颯に大声で声をかけました。
だからと言って、青山様相手に一太刀では難しいでしょう。
颯の振り下ろしを刀身で受け止めた青山様。
二つの刀身から赤くひかる粒が飛び散ります。
ぐっと青山様を押し込み、後ろへと飛び退く颯。
それを追って飛び込む青山様。
息つく間もなく繰り広げられる剣戟の応酬を、固唾を飲んで見守るしかありません。
互いの力量が拮抗しているだけに、なかなか勝負の一太刀は互いに出せずにいるようです。
呼子笛を聞いて駆けつけてきた町の衆も、来てみたは良いが、とても手が出せるものではないと感じたようで、私や水野様とともに二人の剣士の戦いを見つめていました。
しかし、それも終わりを迎えます。
青山様の踏み込みで、履いていた草履の鼻緒が切れてしまったのです。
体を崩し、剣先が揺れました。
それを見逃す颯ではありません。
疾風迅雷。
その名の通り、風が吹き抜けたかのように颯が跳び、青山様の脇を抜けて行きました。
そして、倒れる青山様。
颯は一振り、その刀を振って血脂を吹き飛ばすと、腰の鞘へと刀を戻しました。
◆
「青山様」
私は倒れた青山様へ駆け寄ります。
抱き起こしますと、青山様はあの一閃で、腹を切り裂かれておりまして臓物が出てしまっておりました。
これは助からない。
素人目に見ましても、そのように感じました。
「……下手を……うっちまったよ。欲ってもんは……。」
「青山様っ」
僅かに開いた目には生気なんてものが感じられません。
ですが、異様な光はなく、いつもの青山様のようでございました。
腕のなかで事切れた青山様の目をそっと閉じさせまして、土の上に横たわらせますと、その身に両手を合わせました。
最後に、青山様は私に何を伝えたかったのでしょう。




