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播州屋の弥兵衛(全年齢版)  作者: 鈴木ハルカ


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18/21

廃寺の預かりもの 二篇


 夜の風も湿気を含むようになりまして、夕餉の後の縁側での夕涼みも、少々まとわり付くような風が吹くようになりました。


 「夏ですね」


 お初が団扇を片手に、夏のそらを見上げて言いました。

 

 「水羊羹やら、水まんじゅうが美味しいのですけどね。この暑いのだけは参りますね」


 「私は暑いのも好きですよ」


 お初の意外な好みを知れました。


 「そりゃ、どうしてだい」


 「お天道様も強いじゃないですか。それで元気がもらえてるって、そんな気がするのですよ」


 「それは分かる気がします。なんだか無性に動きたくなるような……こう、内側からドバっと何かが溢れてくるような……。」


 「それを、私にぶつけてもいいのですよ……。」


 着物を開けさせ、私の左肩にしなだれかかるお初。襟口から濃い色香が香り、鼻をくすぐられます。

 こういうのはたまりません。


 颯もお蜜も自室に下がっているだけに、歯止めが効かなくなりそうです。


 お初の開けた合わせから、手を入れまして……。


 「色っぽいところ申し訳ござんせん」


 庭の暗がりから、二匹の獣が飛び出てきました。


 「きゃぁっ」


 お初が身を引きまして、開けた合わせを隠します。

 しかし、私の腕が入っていましたので、引きずられるように濡縁に転がされてしまう私。


 「旦那さん。大丈夫かい」


 「大丈夫。大丈夫。少し打ったが、何ともないよ」


 お初は自分の着物を正しまして、転げた私が起きるのに手を貸してくれます。

 しかし、どなたがいらしたのでしょうか。


 「間が悪くて、申し訳ねぇです」


 起き上がりまして庭の方へと向きますと、そこには菅笠を被ったカワウソと、ねじり鉢巻姿のタヌキがおりました。


 「お前さん方。こんな夜分にどうしたのだい」


 私が二匹に問いかけますと、カワウソの方がタヌキの尻を叩きまして、話すように促しております。


 「まぁ、駆けてきたのだろうから、上がって、一息ついてからにしようかね」


 「草鞋はそこに脱ぐんだよ。足を拭くのを持ってくるから、待ってな」


 お初は先ほどのこともありますから、奥で仕切り直したいことでしょう。

 しかし、間の悪い。


 ◆


 二匹も、濡らしたてぬぐいで足を拭きまして、囲炉裏の間に通します。

 水をやりますと、余程に乾いていたようで、一息に飲んでしまいました。

 なんだか、前にも同じようなことがあったような……。


 「お二方。私に何か、頼みがあるのではないですか」

 

 「「どうして、それをっ」」


 声を揃えて驚く姿は、種は違えどもそっくりでございました。


 「ここに来る妖は、だいたい困ったことになってるのですよ」


 住職は除きますがね。


 「はぁ〜。お見逸れしました」


 これまた、声を揃えて深く礼をします。

 なんだか、そのような芝居のようで、見ていて飽きません。


 「それで、どうしたんだい」


 「へぇ。あっしらは栗林の廃寺に身を寄せまして、その日暮らしをしております」


 タヌキはゆっくりと丁寧に、話しをします。

 タヌキとカワウソなのですから、その日暮らしも何もないと思うのですがね。

 

 「そんなわちきらの住むとこに、いつからか人がおるようになったんですわ」


 カワウソの方は、高い声で早口。


 似てはいますが性根は反対のようで、面白い。


 「妖なんですから、化けて脅かして、追い出せるでしょうに」


 お初が二人の話を聞きますと、茶を淹れながら、そう言いました。

 恥ずかしいところを見られたせいか、伊勢屋の饅頭も茶と一緒に差し出しています。


 「姐さん。恥ずかしい話なのですが、あっしら、化けるのが下手でござんして……。」


 タヌキは恥ずかしそうに、両手て顔を覆いますが、カワウソの方は出された饅頭に夢中でした。


 「寝起きする場所は、大丈夫なのかい……えぇっと」


 「あぁっ。名乗りもせずに申し訳ござんせん。あっしは化け狸のカンと発しやす」


 「わちきはヒヤてござんすよ」


 「カンとヒヤ。私は弥兵衛と言うのだよ」


 「私は初」


 「弥兵衛さんに、お初さんでござんすね」


 「わちきらは、元々、獣でやんしょ。なんで、寺がなくっても寝起きはいいんですがね」

 

 カワウソのヒヤは口元に饅頭のあんこを付けて、満足そうに言います。

 

 「預かりものも置いてあるので、それを取ってくるだけでも、したいのでごぜぇやす」


 狸のカンは、そう言うと頭を下げました。

 

 「そういうことかい。ううん。どうしたものかね」


 思案するものの、良い考えは浮かびません。


 「こうしたらどうだい」


 お初がこう話し始めました。


 まず、明日の昼間にお初と颯とで、二匹の案内で廃寺を見に行ってみると。

 二人ならば荒事になったとしても何とでもなるから、もし、のしてしまったのなら預かりものも探して帰ってくる。


 「しかしね。お初を危ない目に合わせてしまうのは……。」


 「何を言っているのですか。私は鬼ですよ」


 「「鬼っ」」


 二匹が抱き合って、ぶるぶると震えております。

 その光景を見ましたら、お初への心配も吹き飛んでしまいました。

 

 「分かったよ。それで行きましょう……だけど、明日はできるだけ見るだけにするんだよ」


 「分かりましたって。カンとヒヤも今夜はここに泊ってきな」


 「いいのですかい」


 狸のカンは驚いたように、お初に答えました。


 「そりゃ、助かりますよ。わちきはそこらで横になりまさぁ」


 カワウソのヒヤの方は、やはりと言った答えです。

 弥七とケンカにならないと良いのですけどね。


 ◆


 明くる日の朝餉の後。


 お初と颯を引き連れまして、狸のカンとカワウソのヒヤは栗林の廃寺へと帰っていきました。


 何もなければよいのですけれどもね。


 「弥七。今日は颯がいないのですから、しっかり頼みますよ」


 「おいらも頑張るよ」


 「あら、アタシには言ってくれないんですかい」


 「何を言ってるんだい。お蜜には散々と世話になってるのですから、これ以上だなんて言えませんよ」


 「なんだい。つまらないね」


 「背中を任せてるんです。それで、良しとしてくださいよ」


 「旦那の背中……ね。任されようじゃありませんか」


 「わわっ」


 お蜜が去り際に、私の背中を指でなで上げていきました。


 「油断も隙もありませんね」


 お初と颯がいないとなりましても、店を開ける前の品出し等の仕事は弥七に任せていますので、今更、慌てるようなことはありません。

 近頃では、そろばんも出来るようになってもおりまして、子供の成長を見ているような気持ちになります。


 駿河屋の大旦那が私を見ていた目というのも、こんな感じであったのかもしれません。


 そんな想いに耽っておりますと、奥から小走りにこちらへと来ている足音が聞こえてきました。

 また、背中をスッとされたり、首元にフッと息を吹かれてはたまりませんので、奥へと続く戸口へ身体を向けまして、お蜜を待ち受けます。


 「旦那……あら、そんなに待ち遠しかったのかい」


 何やら手に持っているところをみますと、先に思ったようなことをするために、店先へと戻ってきたわけではないようです。


 「店やら、生活やらは回りますが、やはり寂しいもんですよ。皆の顔が見れないというのはね」


 「まぁ〜。そんなに言われちゃったら、離れたくなくなっちゃうじゃないかね」


 お蜜は私の隣へ飛び込むように座りますと、私にしなだれかかりまして、伸びる首で、私の両の腕に身体ごと巻き付きまして、息荒く、顔が私の正面へともたげてきました。


 「旦那。だんな」


 少々、やり過ぎてしまったようでした。

 己の浅はかさを、どやしつけたい気持ちになります。


 「何をやってんだい、朝から。お初に捩じ切られちまうよ」


 そんな声が聞こえてきまして、お蜜の頭にゲンコツが落ちます。


 「いったぁ〜。いいところなのに、邪魔するんじゃないよ」


 「そんなことを言ってる娘には、コレは渡さんぞ」


 「あら。ご住職じゃないですか。やだやだ、恥ずかしいですわ」


 「もしかして、お初はいないのかい」


 「朝から颯と出かけていきましたよ」


 「鬼のいぬ間になんとやらってやつかい」


 「そうですわよ。ご住職」


 「凛に蜜っ。おまえらの首と尻尾を捩じ切ってやるからね」


 お初の声が響きました。


 途端に私から離れまして、小上がりの床に平伏する二人。


 「「何卒、それだけは」」


 「あはははは。おもしろ〜い」


 二人の懇願の合唱に続いたのは、お初の怒号てはなく、弥七の笑い声でした。


 虚を突かれた二人は顔を上げると、お初の姿が店の戸口にあるではありませんか。

 しかし、弥七の姿はありません。


 もしかして、近頃の弥七は術も上手くなってきていると、お初や颯が話しをしていたのを思い出します。

 以前は、少し驚くだけでも術が解けてしまっていたのに、お初に化けるようになるとは、本当に子供の成長というものを見ているようでした。


 「姐さんに、こうやっておこられてるもんね」


 お初の顔で、弥七は屈託なく笑います。


 「なんだい。弥七だったのかい」


 「興が削がれたね。ほれ、お蜜」


 「いつもすみません」


 「何。こういう困りごとは、助け合いさね」


 住職はお蜜の手に、紙包みを渡しました。

 時折、悪ふざけなのか、身の危険を感じることはありますが、お蜜の発作も落ち着いています。

 それも、住職から渡される丸薬のようなものが、いいようでして、相談して良かったと胸を撫で下ろすばかりでございました。

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