廃寺の預かりもの 二篇
夜の風も湿気を含むようになりまして、夕餉の後の縁側での夕涼みも、少々まとわり付くような風が吹くようになりました。
「夏ですね」
お初が団扇を片手に、夏のそらを見上げて言いました。
「水羊羹やら、水まんじゅうが美味しいのですけどね。この暑いのだけは参りますね」
「私は暑いのも好きですよ」
お初の意外な好みを知れました。
「そりゃ、どうしてだい」
「お天道様も強いじゃないですか。それで元気がもらえてるって、そんな気がするのですよ」
「それは分かる気がします。なんだか無性に動きたくなるような……こう、内側からドバっと何かが溢れてくるような……。」
「それを、私にぶつけてもいいのですよ……。」
着物を開けさせ、私の左肩にしなだれかかるお初。襟口から濃い色香が香り、鼻をくすぐられます。
こういうのはたまりません。
颯もお蜜も自室に下がっているだけに、歯止めが効かなくなりそうです。
お初の開けた合わせから、手を入れまして……。
「色っぽいところ申し訳ござんせん」
庭の暗がりから、二匹の獣が飛び出てきました。
「きゃぁっ」
お初が身を引きまして、開けた合わせを隠します。
しかし、私の腕が入っていましたので、引きずられるように濡縁に転がされてしまう私。
「旦那さん。大丈夫かい」
「大丈夫。大丈夫。少し打ったが、何ともないよ」
お初は自分の着物を正しまして、転げた私が起きるのに手を貸してくれます。
しかし、どなたがいらしたのでしょうか。
「間が悪くて、申し訳ねぇです」
起き上がりまして庭の方へと向きますと、そこには菅笠を被ったカワウソと、ねじり鉢巻姿のタヌキがおりました。
「お前さん方。こんな夜分にどうしたのだい」
私が二匹に問いかけますと、カワウソの方がタヌキの尻を叩きまして、話すように促しております。
「まぁ、駆けてきたのだろうから、上がって、一息ついてからにしようかね」
「草鞋はそこに脱ぐんだよ。足を拭くのを持ってくるから、待ってな」
お初は先ほどのこともありますから、奥で仕切り直したいことでしょう。
しかし、間の悪い。
◆
二匹も、濡らしたてぬぐいで足を拭きまして、囲炉裏の間に通します。
水をやりますと、余程に乾いていたようで、一息に飲んでしまいました。
なんだか、前にも同じようなことがあったような……。
「お二方。私に何か、頼みがあるのではないですか」
「「どうして、それをっ」」
声を揃えて驚く姿は、種は違えどもそっくりでございました。
「ここに来る妖は、だいたい困ったことになってるのですよ」
住職は除きますがね。
「はぁ〜。お見逸れしました」
これまた、声を揃えて深く礼をします。
なんだか、そのような芝居のようで、見ていて飽きません。
「それで、どうしたんだい」
「へぇ。あっしらは栗林の廃寺に身を寄せまして、その日暮らしをしております」
タヌキはゆっくりと丁寧に、話しをします。
タヌキとカワウソなのですから、その日暮らしも何もないと思うのですがね。
「そんなわちきらの住むとこに、いつからか人がおるようになったんですわ」
カワウソの方は、高い声で早口。
似てはいますが性根は反対のようで、面白い。
「妖なんですから、化けて脅かして、追い出せるでしょうに」
お初が二人の話を聞きますと、茶を淹れながら、そう言いました。
恥ずかしいところを見られたせいか、伊勢屋の饅頭も茶と一緒に差し出しています。
「姐さん。恥ずかしい話なのですが、あっしら、化けるのが下手でござんして……。」
タヌキは恥ずかしそうに、両手て顔を覆いますが、カワウソの方は出された饅頭に夢中でした。
「寝起きする場所は、大丈夫なのかい……えぇっと」
「あぁっ。名乗りもせずに申し訳ござんせん。あっしは化け狸のカンと発しやす」
「わちきはヒヤてござんすよ」
「カンとヒヤ。私は弥兵衛と言うのだよ」
「私は初」
「弥兵衛さんに、お初さんでござんすね」
「わちきらは、元々、獣でやんしょ。なんで、寺がなくっても寝起きはいいんですがね」
カワウソのヒヤは口元に饅頭のあんこを付けて、満足そうに言います。
「預かりものも置いてあるので、それを取ってくるだけでも、したいのでごぜぇやす」
狸のカンは、そう言うと頭を下げました。
「そういうことかい。ううん。どうしたものかね」
思案するものの、良い考えは浮かびません。
「こうしたらどうだい」
お初がこう話し始めました。
まず、明日の昼間にお初と颯とで、二匹の案内で廃寺を見に行ってみると。
二人ならば荒事になったとしても何とでもなるから、もし、のしてしまったのなら預かりものも探して帰ってくる。
「しかしね。お初を危ない目に合わせてしまうのは……。」
「何を言っているのですか。私は鬼ですよ」
「「鬼っ」」
二匹が抱き合って、ぶるぶると震えております。
その光景を見ましたら、お初への心配も吹き飛んでしまいました。
「分かったよ。それで行きましょう……だけど、明日はできるだけ見るだけにするんだよ」
「分かりましたって。カンとヒヤも今夜はここに泊ってきな」
「いいのですかい」
狸のカンは驚いたように、お初に答えました。
「そりゃ、助かりますよ。わちきはそこらで横になりまさぁ」
カワウソのヒヤの方は、やはりと言った答えです。
弥七とケンカにならないと良いのですけどね。
◆
明くる日の朝餉の後。
お初と颯を引き連れまして、狸のカンとカワウソのヒヤは栗林の廃寺へと帰っていきました。
何もなければよいのですけれどもね。
「弥七。今日は颯がいないのですから、しっかり頼みますよ」
「おいらも頑張るよ」
「あら、アタシには言ってくれないんですかい」
「何を言ってるんだい。お蜜には散々と世話になってるのですから、これ以上だなんて言えませんよ」
「なんだい。つまらないね」
「背中を任せてるんです。それで、良しとしてくださいよ」
「旦那の背中……ね。任されようじゃありませんか」
「わわっ」
お蜜が去り際に、私の背中を指でなで上げていきました。
「油断も隙もありませんね」
お初と颯がいないとなりましても、店を開ける前の品出し等の仕事は弥七に任せていますので、今更、慌てるようなことはありません。
近頃では、そろばんも出来るようになってもおりまして、子供の成長を見ているような気持ちになります。
駿河屋の大旦那が私を見ていた目というのも、こんな感じであったのかもしれません。
そんな想いに耽っておりますと、奥から小走りにこちらへと来ている足音が聞こえてきました。
また、背中をスッとされたり、首元にフッと息を吹かれてはたまりませんので、奥へと続く戸口へ身体を向けまして、お蜜を待ち受けます。
「旦那……あら、そんなに待ち遠しかったのかい」
何やら手に持っているところをみますと、先に思ったようなことをするために、店先へと戻ってきたわけではないようです。
「店やら、生活やらは回りますが、やはり寂しいもんですよ。皆の顔が見れないというのはね」
「まぁ〜。そんなに言われちゃったら、離れたくなくなっちゃうじゃないかね」
お蜜は私の隣へ飛び込むように座りますと、私にしなだれかかりまして、伸びる首で、私の両の腕に身体ごと巻き付きまして、息荒く、顔が私の正面へともたげてきました。
「旦那。だんな」
少々、やり過ぎてしまったようでした。
己の浅はかさを、どやしつけたい気持ちになります。
「何をやってんだい、朝から。お初に捩じ切られちまうよ」
そんな声が聞こえてきまして、お蜜の頭にゲンコツが落ちます。
「いったぁ〜。いいところなのに、邪魔するんじゃないよ」
「そんなことを言ってる娘には、コレは渡さんぞ」
「あら。ご住職じゃないですか。やだやだ、恥ずかしいですわ」
「もしかして、お初はいないのかい」
「朝から颯と出かけていきましたよ」
「鬼のいぬ間になんとやらってやつかい」
「そうですわよ。ご住職」
「凛に蜜っ。おまえらの首と尻尾を捩じ切ってやるからね」
お初の声が響きました。
途端に私から離れまして、小上がりの床に平伏する二人。
「「何卒、それだけは」」
「あはははは。おもしろ〜い」
二人の懇願の合唱に続いたのは、お初の怒号てはなく、弥七の笑い声でした。
虚を突かれた二人は顔を上げると、お初の姿が店の戸口にあるではありませんか。
しかし、弥七の姿はありません。
もしかして、近頃の弥七は術も上手くなってきていると、お初や颯が話しをしていたのを思い出します。
以前は、少し驚くだけでも術が解けてしまっていたのに、お初に化けるようになるとは、本当に子供の成長というものを見ているようでした。
「姐さんに、こうやっておこられてるもんね」
お初の顔で、弥七は屈託なく笑います。
「なんだい。弥七だったのかい」
「興が削がれたね。ほれ、お蜜」
「いつもすみません」
「何。こういう困りごとは、助け合いさね」
住職はお蜜の手に、紙包みを渡しました。
時折、悪ふざけなのか、身の危険を感じることはありますが、お蜜の発作も落ち着いています。
それも、住職から渡される丸薬のようなものが、いいようでして、相談して良かったと胸を撫で下ろすばかりでございました。




