行列 後編
その日の夜半頃、夕餉を皆で囲んでおりますと、表の戸を叩く音が聞こえてきました。
「こんな夜半に誰でしょうね」
さっと立ち上り店の方へと、滑るように駆けていく颯。
こういうことも颯がいてくれて、本当に助かっております。
戸の開く音が聞こえまして、颯が来客を案内する声が聞こえてまいりました。
「夕餉どきであったか。済まないな」
廊下側の障子が開かれて現れたのは、待ちに待っていた祇園様でございました。
「祇園様」
「ん。その名は……まぁ、よいか」
そう言いますと、私の斜向かいにどっかりと腰を下ろします。
「お初にお蜜。祇園様にも夕餉の膳と、藤五郎をお持ちしてください」
「「はい。只今」」
私が声を掛けたのもありましたが、二人共にいつもよりも引き締まった顔と声でございました。それに、祇園様を案内してきた颯も、部屋には入らず廊下に座っております。
事情を知らない弥七だけが、祇園様の膝元で遊んで欲しそうに転がっておりました。
「ところで、お手配の方は」
「それなんだがな。ちと、難しくてのう……お前にも知恵を借りたいのだよ」
膝元の弥七の首をあやしながら、手配に難儀している様を聞かせてくださいました。
どうやら、お相手は代替わりして間もない土地神様だそうで、幼いことも手伝ってか、顔も見知らない者になかなか戸を開いてはくれぬようでございます。
その戸を開かせる妙案はないものか、そういう相談でこざいました。
「童……見知った方がいるといいのですが」
「そこなのだ」
そう言ったところで、お初とお蜜が戻ってまいりまして、祇園様の前に膳と酒を置きました。
「先ずは一献。えぇと……す。」
お蜜のお酌の前に、祇園様はその唇を指で押さえます。
「祇園だ祇園。気を遣わんでくれ、勝手に汲んで呑むからな」
そう言って笑い声を上げますが、やはり豪快ながらもどこか爽やかさを感じさせる祇園様の笑い声。
「ところで、本日はどちらまで行かれましたので」
「相模との境くらいだな。白瀧ってのを知らんか」
「白瀧。ならば、もしかすると……。」
懐に肌身放さす持っております、三ツ境の水神琉夏からもらった青い珠を取り出します。
祇園様もそれを目にしてにギョッとしましたが、昨年の秋頃のカッパとの出会いから、琉夏とも見知りの仲になったことを話しました。
それに、妻のお初とも古い仲であることも一通り祇園様に説明をしましてから、その青い珠に念を込めまして琉夏と話します。
白瀧の新しい主を知っているかと。
『はい。存じておりますわ』
「ならば、話しが早い。どうかつなぎ役をやってはもらえないでしょうか?」
『そんな大仰な。大丈夫ですよ……ただ、おまんじゅうがあると、もっと良いかもしれません』
そんなやり取りがありまして、到着しましたら話しかけると伝え、琉夏との話しを終わりにしました。
「いやはや。お前を頼って良かった。しかし、この藤五郎はなんとも美味よな」
「そう言って頂けますと、藤五郎も喜びます」
褒められて、照れくさそうに笑う友の顔が、私の中に浮かびました。
◆
朝も早くから旅支度の私と祇園様は、連れ立って厚木の街道を歩いております。さすがの私も祇園様に合わせて走って行くことなどてきませんからね。
一刻も歩けば、二俣川ではございますが、祇園様との話しは面白く、あっと思う間に着いてしまいそうです。
「ここだ」
岩をくり抜いて作られたような堂に、小さな祠が祀られておりました。
懐から青い珠を取り出しまして、琉夏に話しかけます。
すると、珠から光が漏れまして、私の頭のうえに琉夏が現れたではありませんか。
驚きで固まっておりましたが、落ちてくる琉夏は祇園様が華麗に抱きとめまして、地におろしました。
「まぁっ。す……。」
琉夏の唇も、昨夜のお蜜のように指で塞いでしまいます。
「今は祇園だ」
言うと片目をつぶる祇園様。
祇園様は抱えておられた琉夏を、そっと降ろして地に立たせました。
すると、琉夏は祠の前に行きまして、中に声をかけます。
「ひー坊。いるんでしょ」
「琉夏姉ちゃん。今、開けるね」
幼い童のような声が聞こえてきました。
「お客さんもいるのだけど、大丈夫」
「琉夏姉ちゃんの友達なら大丈夫だよ」
その答えに私たち三人は顔を見合わせて、ほっこりとした笑顔が自然と浮かびました。
「では、こちらへ」
「播州屋。お前は俺と手をつないでこう」
そう言って私の手を掴みます。
分厚いながらも柔らかで、力強い手。
帳面くらいしかやらない私の手とは大違いでございます。
琉夏の後に続きますと、ぐにゃりと捻れるような感じがしまして、胃の腑もぎゅっと掴まれたように縮みます。
思わず中の物を戻してしまいそうでございました。
そんな体験が済みますと、広く、天井も高い洞窟の中に現れたようです。
中には天から流れ落ちる一筋の滝に、その滝壺。
また、畔には床の高くなった社がございました。
「琉夏姉ちゃん。その人たちは誰なの」
私たちを待っていたのは、身の丈二間(約三.六メートル)程の白い身体の龍でございました。
私は腰を抜かして、その場に尻をついてしまいます。
「播州屋。龍は初めてか」
「ボクは白龍だよ。そっちは人なんたね」
私はその場で正座となりまして頭を下げてしまいます。
やはり、幼いとは言いましても龍の威厳と言うものを感じたのしょう。
「私、播州屋の弥兵衛と申します」
「食べたりしないから、大丈夫だよ」
「ひー坊はおまんじゅうが好きだものね」
「うん。甘いの大好き」
そういうことでしたか。
そこで、道すがらの茶屋で買い付けた饅頭の包を取り出します。
その場で立ち上がりますと白龍様の方へと進み出て、その包を差し出しました。
「くれるの」
「はい。お饅頭でございます」
それを受け取って、子供のようにはしゃぐ白龍様。
そこからは話も早く、その背に乗せて播磨まで飛んでくださることになりました。
◆
龍の背は吹き飛びされてしまいそうな風で、しがみついているだけでもやっとの思い。と、そう思っていたのですが、風もなく快適な空の旅となっております。
ただ、速さは凄まじく、富士の山が見えたと思えばまたたく間に後ろの方へと流れていきました。
この調子ですと、播磨にも一刻と経たずに着いてしまいそうです。
「空の旅ってのも速くていいね」
祇園様はのんびりとそう仰っておりますが、先にも言いましたように景色は飴細工のように歪んで流されて行きます。
「速いと言われましても、馬よりも速いじゃないですか」
人知を超えたものを目にしている私は、生きた心地がいたしません。
「もっと、もぉっと速いよぉ〜」
白瀧様は更に速さを増したようでございました。
◆
昼を少し過ぎたくらいに、藤五郎の蔵へと着きました。
さすがに白瀧様に乗ったままとはいきませんので、近くの人目につきそうもない山の中へ降りてもらい、そこからは徒で来ております。
杉玉の下がった門を入りまして、職人たちの集う待ち合い小屋の暖簾を潜りました。
「ごめんくださいよ。藤五郎さんは……。」
小屋に入るとすぐに見知った顔の藤五郎がおりました。
「弥兵衛やないかい。せんどぶりやな」
「ご無沙汰しておりました。藤五郎も達者のようで」
「俺は元気なだけが取り柄やからな」
「奥方もお達者で」
「あれ。さっきまでそこにおってんけどな」
土間の奥から、こちらを覗いている目がありまして、そこに奥方がいるのだと分かります。
「お律さん。大丈夫ですよ。あなたを何とかしようって方じゃないですから」
「ほんま。なんや、えらい神々しくて、おとろしかったど」
奥からおずおずと出てきた、ふっくらと丸みを帯びた女人。
こちらが藤五郎の奥方のお律さん。
化け狸でございまして、二人の間を取り持つことになったのが私でございました。
そのお話しは、また別に語ることになりますでしょう。
「そや。そちらのお二方はどちらさんなんや」
藤五郎が私の後に控えてくださっている、お二方……二柱と言った方が……を指して聞いてきます。
「こちらは祇園様と……」
「「祇園様やて」」
藤五郎とお律の声がピタリと重なります。
「お前たちの言いたいことは分るが、今は播州屋の手代ってことにしといてくれよ」
「ボクは白瀧だよ」
豆の妖精を思い起こさせる緑の短衣を纏った、小僧のような姿の白瀧様が元気よく仰っしゃります。
「ま、まぁ、積もる話もあるんやから、茶でも飲みもって話そ。お律。頼むよ」
その言葉に甘えたいところではありましたが、今は急ぎの用事の最中。
「済まない藤五郎。訳あって急ぎの用事なんだよ」
「なんや、急ぎかいな。その用事ってのはなんや」
「酒を都合してもらえないだろうか」
「ええわい。お前の頼みや。十樽もあったらええんけ」
「助かりますよ」
「やったら搾りたてがええわいな。ちょっと待ってな」
そう言うと、藤五郎は小屋を出て酒蔵の方へと走って行きました。
「こっちで座ってまっとってや。今、お茶もお持ちするし」
お律さんも土間の奥へと消えていき、私たち三人は小座敷にあがりまして、藤五郎の準備が終わるのを待つことにいたしました。
◆
「笑っちゃ悪いが、藤五郎の顔は傑作だったな」
白瀧様の背に乗って保土ヶ谷の宿への帰りでしたが、藤五郎の酒蔵で、樽を受け取った時の話しを蒸し返します。
誰でも、あの変化を見たら腰も抜かしますし、開いた口だって閉じるものではありません。
お律さんも術が解けてしまい、タヌキの姿で藤五郎にヒシっと抱きついておられました。
準備ができたと呼ばれまして蔵に訪れますと、真新しい木目の樽が十本用意されております。
「自慢の酒や。持っていきや」
「ありがたい。お代はこれくらいで良かったかい」
「構へんよ。お前の頼みなんや、持っていき」
「そうはいかないよ。祝言の祝いも渡してないんだ。それだと思って受け取ってくれ」
「いやいや。それはあきまへん。こっちも祝儀を渡せとらんのやから、それを受け取ってや」
「まぁ、まぁ、二人とも。ここは俺の顔を立てて、双方受け取って気持ち良く締めようじゃないか」
さすがの私たちも、祇園様の顔を潰すなんてことはできません。
「コレを運べばいいんだね」
白瀧様が愛らしい小僧の姿から、恐ろしい龍の姿へと変わっていきますと、それを目にした藤五郎とお律は腰を抜かして、尻餅をついてしまいました。
「りゅ、龍神様」
「藤五郎。助かったよ。不義理で悪いと思うが、我らは急ぎ戻らねばならんのだ」
祇園様はそう言うと、身を翻し、白瀧様の背に飛び乗ります。
白瀧様は器用に樽を背に載せますと、早く乗れと、私に手招きしました。
「藤五郎。次は私も妻を連れてくるよ」
それだけ言いまして、私も白瀧様の背の上へと乗り込みました。
◆
そして、今は白瀧様の背の上でございます。
祇園様は、一樽を開けまして手汲みで升酒を楽しんで居られます。
「昨夜も飲んだが、これは美味い」
「お口に合いましたようで、何よりでございます」
「弥兵衛。お前も付き合わんか」
「滅相もございません。私は下戸なもので、私に飲ませるよりも祇園様に呑んで頂いたほうが、酒も喜ぶってもんですよ」
「そうか」
祇園様は豪快に笑い飛ばします。
「これでお凛の面目もたつと言うものだな」
「全くです。聞いたときには、背筋が冷りとしましたよ」
そして、藤五郎の酒も無事に尼寺へと運び込まれ、宴席の準備は万全となりました。
当夜の盛り上がりも凄かったようで、後日、そのお礼にと私のところへ住職が祇園様から授かったと言う、一振りの小刀を持って参ったほどでした。
「旦那には、本当に世話になったよ。私からはこの身体くらいしか差し出せないけど……。」
店の小上がりで、住職は胸元をぐっと開きまして私にしなだれかかってきましたが、土間で品を数えていたお初から、電光石火の速さでゲンコツを脳天に落とされておりました。
此度は本当に驚かされるばかりでございました。
祇園様に白瀧様。
さて、祇園様とはどなただったのでしょうかね。




