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播州屋の弥兵衛(全年齢版)  作者: 鈴木ハルカ


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11/21

煙の佐吉

 近頃、保土ヶ谷の宿の旦那衆の中では、江戸で名を馳せた泥棒の噂が飛び交っておりました。

 何でも煙の佐吉と呼ばれている泥棒らしく、仕事は必ず独りでやるそうで、急ぎ働きのような荒事はしない、取るものも根こそぎは取らずにある程度は残していくと言います。

 そんな昔気質の今時珍しい泥棒の佐吉が、この辺りでほとぼりを冷ましていると言うのです。

 

 この頃の泥棒といいますのは、江戸のような大きな町で仕事をしまして、ある程度のお金が溜まりますと別の大きな町へと移ったり、地方の田舎でほとぼりを冷ますようなことをしていたようです。

 佐吉も例に漏れずと言ったところなのでしょう。


 ◆

 

 「旦那さん。聞いたかい?」


 昨年の歳神様の騒ぎから播州屋には三日と開けず、訪れるようになった尼寺の住職。

 どこからか噂を仕入れてきたようです。


 「煙の佐吉ですかい?」


 おそらくは、この話でございましょう。

 

 「知ってたようだね」


 住職は少し残念そうに、小上がりに腰掛けました。

 町の旦那衆の間でも話しに上っておりますし、商家としては明日は我が身と思うものですので、泥棒の話しが出回るのも早いものです。

 

 「町の旦那衆の間でも、話題に上がりまして」


 聞いていましたことを、そのまま伝えます。

 

 「やっぱり、商人というのは耳が早いね」


 「お役人にも顔が利く、越後屋さんがいますからね」

 

 保土ヶ谷の宿に噂が広がることの早さにつきましては、越後屋さんのおかげです。

 江戸の方にも顔が広いこともありまして、いち早く報せが入ったようでした。

 

 「そうだった。同心の旦那方にも顔が利くんだったね」


 住職と話しをしていますと、ふと思い出したことがありました。

 

 「もしかしたら、お初は知ってるんじゃないですかね」


 歳神様の騒ぎの際に、野良猫の網を使った探索方法を作っていたお初のことですので、もしかしたらすでに耳にしているかもしれません。


 「何を?」


 住職はキョトンとした顔になります。

 

 「煙の佐吉の行方ですよ」


 「野良猫の網か」


 私の答えに、住職も合点がいったようです。


 早速。お初に噂について聞いてみましたところ……。


 「いやいや。猫どももタダじゃないだよ」


 そのような返事が返ってきました。


 「タダじゃないって、煮干しでも配ったのかね」


 からかうような口ぶりで住職が言いますと、お初は住職の肩をポンと叩きます。


 「猫といったら煮干しだろ。なぁ、弥七」


 「何。姐さん。煮干しくれるの?」


 猫の姿で鞠に戲れていた弥七が、頭だけ起こしてお初を見ました。


 ◆


 「煙の佐吉。気になりますか?」


 夕餉の後に囲炉裏端で茶をすすっていますとお初が穏やかに聞いてきましたが、実のところ私はそれほど気になってはおりません。

 それも、江戸働きを終えてほとぼりを冷ましている盗人が、その滞在先で勤めを果たしては本末転倒というものです。

 世を忍ぶ仮初めの姿に宿。

 下手をしてしまえば、それらを失うことになるからでございます。


 「私はね。煙の佐吉はこの宿だと、皆の思いのよらないような姿で、堂々と暮らしているような気がするのですよ」


 農家なのか、町人なのか、それとも越後の縮緬問屋を名乗っているのか、それは当の佐吉しか知らない事です。

 

 「それは、商人の勘のようなものですか」


 お初は、佐吉というよりも私の話の方に興味があるようでした。


 「いえね。古いやり方の盗人なんかは、一味で商家や大工をやったりするもんだと、耳にしたことがありましてね」


 「堅気の仕事もするものなのですね」


 驚いたような顔をするお初。

 盗人が、日頃は商家や大工になって自分の隣人として暮らしてるなんて、思いもよらないことですからね。

 

 「中には、商家を建てるところから仕掛けが始まって、何年も商家の生活を見て、ここだと言うときに盗みをしたってのも聞いています」


 日本橋の駿河屋に、たまにいらっしゃっていた岡っ引きの親分さんから聞いた話しですから、どのくらい尾ヒレが付いているかは分かりません。


 「もしかすると、うちにも隠し扉なんかがあるかもしれませんよ」


 お初は、そう言っていたずらっぽく笑いました。

 そんなものがあったら面白いなと思うものの、家主の知らないものがあることに背筋が冷えるのも確かです。


 「あるよ。こっち」


 猫の弥七が立ち上がって奥の間の方へと駆けていきまして、その後ろ姿を見送ると、お初と顔を見合わせてしましたした。

 

 「やだ。冗談のつもりでしたのに……」


 頬に手を当てつつも、どこかワクワクしている様子です。


 私たちも腰を上げまして、奥の間の方へと弥七を追ってまいりました。


 ◆


 いつもお初と二人で寝ている部屋の隅で、猫の弥七が壁をカリカリと引っ掻いていました。


 「弥七。そこなのかい?」


 近づきますと、わずかに隙間風を感じます。


 「ここだよ。旦那」


 場所は分かりましたが、どうやって開けたものかと思案を巡らします。

 このような隠してあるものと言いますのは何かしらの仕掛けがありまして、その手順を守らないと開かないなんてことがあります。

 箱根の寄木細工を思い浮かべて下さると、それに近いものだとお分かりになるでしょう。


 漆喰塗りの下側は板壁となっております。

 てっきり、漆喰壁の上に貼り付けてある飾りだと思っていたのですが、一部は違っていたようでした。


 板壁の部分を拳で軽く叩きますと、弥七がカリカリとしていた場所は、他のところよりも乾いた音に聞こえます。


 「この辺りにありそうなんですがね……仕掛けが分かりませんね」


 ポリポリと月代を掻いてみます。


 「棟梁さんに見てもらいましょうよ」


 お初はそう言って両手を合わせて見せます。

 餅は餅屋。家のことは大工に聞くのが一番でしたね。


 ◆


 大工の棟梁が木槌を使い、件の板壁を軽く叩いて何やら調べておりますが、素人目には何が何やらです。

 本職には、私が見えていないものも見えるのでしょう。


 「んっ。ここか……こうやって、こうじゃろ」


 コトン。

 

 壁の向こうで、何かが落ちた音が聞こえました。

 

 「これで開いたな」


 板壁がキレイに切り抜かれて引き出されますと、壁の向こうの外壁であります板塀が見えております。


 「こりゃぁ……たまげましたね」


 「修繕のときに気づかなかったとは」


 切れ目も僅かで、一分の隙もなく嵌まっておりましたので、気づくのも難しかったことでしょう。

 

 「ここまでキレイにされてますと、なかなか難しいのではないですか?」


 一年近く住んでいる私たちも気づかなかったのですから、一度の修繕で見つけられなかったとしても恥ずかしいことなどありますまい。

 

 「そう言ってもらえると助かるんだがな……やっぱり本職として見抜けなかったのはな」


 棟梁は肩を落としますが、手にしている板壁の仕掛けに何かが書かれているのが見えました。


 「棟梁さん。それは何でしょう?」


 私がそれを指さすと、棟梁さんも覗き込む。


 「銘が入ってら。余程の自信作だったんだろうな」


 銘。

 刃物等の作られたものに、作者の銘(名前や通り名、ブランド名)を彫り込むことがありますが、隠し通路の仕掛けにも彫ることがあるのですね。


 「おっ。こりゃ、帷子町の朔太郎かよ」


 同じ町内の職人さんのようです。

 

 「朔太郎さん。聞かない名前ですね」

 

 「やっこさん。江戸の方で仕事するばかりだからな」

 

 以外なところから、思わぬ報せが入るものです。


 「ここのところ、そば屋の歳(とし)で見かけるな」

 

 煙の佐吉。

 おそらくではありますが、朔太郎さんがその人なのでしょう。


 ◆


 棟梁に仕掛けを見てもらって数日。

 

 「ごめんなすって。播州屋さんてのは……」


 暖簾を潜って現れた男。

 

 「私でございます」


 私は人伝に、朔太郎さんへ仕事の依頼を出しました。


 「それで、あっしに仕事を頼みたいってことですが」


 「こちらです」


 そう言って、上がってついてくるように促しました。


 小上がりから濡れ縁を通り、奥の間へ案内します。

 そして、件の板壁の前。

 外したままにしてあったそれを見て、朔太郎さんの顔から血の気が引いていくのが分かります。


 「ご存知なのでしょう」


 商人の笑みを浮かべたまま、朔太郎さんに問いかけました。


 「あっしはこのまま……はぁ、しょうがあるめえ」


 何かを覚悟し、あきらめたようでした。


 「いえいえ。ここは商家でございますからね。さすがにこのような仕掛けを、そのままにしておくことはできませんよ」


 顔を伏せたままの朔太郎さん。


 「ここを直してさえいただけましたら、うちのことはこれで手打ちといたしましょう」


 私の言葉にはっと、上げた顔は驚きと呆れの入り混じった表情をしております。

 

 「えぇっ。役人に突き出すんでなくですかい」


 急ぎ働きの浪人崩れが増えた昨今。

 盗みの現場、それは凄惨なものであると聞いていました。

 そんななかでも昔気質の盗みを続ける佐吉のような盗人には、盗まれて悔しく思うよりも、その技の見事さに舌を巻いてしまう者もございます。

 大きな声では言えませんが、そんな盗人に敬意を抱く一人が私なのですよ。


 「江戸から人相書きが回ってきているならまだしも、この辺りでは噂話しが聞こえてくるだけです。それも、煙の佐吉……でしたかね」


 私の話しが進むにつれて涙ぐんでおりましたが、終わる頃には男泣きに泣いておりました。


 「旦那。ありがとう。ありがとうございやす」


 覚悟があっての盗人稼業なのでしょうが、その覚悟に肩透かしを喰らうと、人間てのは涙もろくなるってものです。

 

 ◆

 

 その後、奥の間の板壁を直して下さいまして、朔太郎さんは帰っていかれました。


 「旦那さん。よかったのですか?」


 「朔太郎さんのことかい?」


 お初の言わんとしていることも分かります。

 朔太郎さんはしばらくの後に江戸へと戻りまして、きっと、盗人に戻ることでしょう。

 そして、いつかはお役人の御用になるのかもしれません。


 「朔太郎さんが煙の佐吉だと結ぶのは、町方の旦那方の仕事でしょう」


 保土ヶ谷の宿では被害もありませんから、話しを持っていったところでお役人の動きも鈍いでしょうし、それに、身に迫る危険を感じ取れば朔太郎さんは江戸に身を移すことでしょう。


 「それもそうだね」


 壁の仕掛けで満足したのか、お初もそれ以上は口も手も出すつもりは無さそうです。


 ◆


 煙の佐吉の騒動も忘れ去られ、季節は何度も巡りまして私も随分な歳となりました。

 頭の鬢には白いものの方が多くなり、髷も随分と細くなったきたものです。

 

 「旦那さん。店に古い顔なじみと申す男が、参っております」


 いつまで経っても颯の話し言葉の硬いこと。しかし、それが性分なのでございましょうね。

 颯も手代から始まってございましたが、今では立派な番頭として、播州屋を背負って立つほどでございます。


 「弥七。旦那の膝の上であったか。忙しいのだがね」


 颯が私の膝の上から、弥七の首根っこを摘んで店の方へと運んで行ってしまします。

 その後をよっこらせと掛け声付きで立ち上り、店の方へと顔を出しますれば、そこには朔太郎さんがいらしておりました。


 「朔太郎さん。達者だったみたいだね」


 小上がりに円座を出して、それを勧めます。

 私も帳場の外に円座を出して、またまた掛け声一つ、よろよろと腰を下ろしました。


 「へい。ずいぶんと無沙汰をしまして、申し訳もありませんや。それよりも旦那さん。こんなのを扱ってはみませんか」


 出してきたのは、木目の美しい四角い物。

 

 「これはまた……どうやって開けるんだい?」


 箱だとは思うのですけれども、開け方がよく分かりません。


 「これをこうして、こう」


 朔太郎さんの手のなかで、形を変えた四角の物から、引き出しが出てきたじゃありませんか。


 「これは何ていうものなんだい?」


 「寄木細工って言います」


 「こりゃいいね、見栄えも美しいし。颯、少し仕入れてご覧よ」


 「あぁ、確かに面白い。幾つ用意できるんだ」


 「月に十といったところです」


 颯が算盤を弾き、仕入れから売り出しまでにかかる、算段を考えているようです。

 

 「こんなもので、いかがか」


 「いえいえ、助かります。いつから納めましょう」


 「そう売れるものではないからな、次は三月後だと、どうだ?」


 二人のやり取りは、商売そのもの。

 こうして茶を飲みながら、商売というものをゆったりと見られるようになるなんて、あの頃の私は思いもよらなかったことです。


 こうやって、店も職人の技術も受け継がれていくのでしょうね。


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