救い
「グランツ?グランツ!」
グランツが陸上を走って、邪龍や他の厭世部隊から逃げ回っていた。
うぅ、ごめんなさい。翼、かまれちゃった。
見ると、片方の翼を引きずりながら走っていた。今にもちぎれそうだ。一気に血の気が引いた。
『その数センチが命取りになる。』
ステラ姉が飛行訓練の時に言っていたことを思い出した。邪龍の噛みつきは、生き物の噛みつきとは違う。まるで一点にだけ、深海の圧力がかかったようなものなのだ。
鞄に手をやり、手頃な紐を引っ張り出すと、うちとお兄ちゃんの体を括り付けて、レトーラからもらった矢で援護射撃をした。これしかできない自分が憎い。
グランツの足が徐々に遅くなっていく。そしてついに、通路を抜ける頃には倒れてしまった。グランツの美しい黄金の羽は、血で真っ赤に染まっていた。そして辺りを見回すと、もう完全に囲まれてしまっていた。すると、グランツが天井に向かって球状の炎ブレスを吐き出すと、それが爆発し、風穴を空けた。
「グランツ?」
ぼくがきみを尻尾でかち上げるから、きみたちは逃げてよ。
「は、そんなことするわけないでしょ!?」
きみには生きて欲しい。グレイヴが言ってたんだ、ドラゴンは死んでも、ライダーは死ななくて、また新しいドラゴンに選ばれるんだって。未熟なぼくよりも、グレイヴみたいなかっこいいドラゴンの方が、きみには似合うと思うんだ。
「ばっかじゃないの!?」
お兄ちゃんに着けた紐を鞍に括り付けると、うちはグランツから飛び降り、弓矢で一気に何人か敵の頭部を撃ち抜きながら叫んだ。
「グランツの代わりなんていないんだよ!あんたの事はウザいって思ったことは何回かあるけど、それでもあんたが愛くるしいんだよ。」
でも……
「うちがあんたのこと何よりも大事なの、わかるでしょ?あんたが死ぬ気なら、うちも死ぬから!無責任なこと言わないでよ!残された側の気持ちも、考えてよ!」
いつの間にか涙目になっていた。
アデラ……うん、ぼくもきみが大好きだよ。
そう言うと、グランツは桃色の炎を周囲に撒き散らした。うちも弓矢で応戦するが、敵の数が多すぎる。
「アデラ!!」
と、声が聞こえると、青紫色の炎がうちらの周りをぐるりと囲うように空から降ってきた。一気に希望が湧いてきた。
「ステラ姉!」
「グランツに乗れ!」
言われた通り、サッとグランツに飛び乗ると、グレイヴが急降下してうちとお兄ちゃんを乗せたままグランツを持ち上げて上昇していく。あまり周りは見えなかったが、天井の風穴から脱出した。星々が見える……いつの間にか夜になっていたのか。ここを脱出できても油断はできない。後ろを振り向くと、やはり奴らが追いかけてきていたが、グレイヴの飛行速度の方が圧倒的に早く、どんどん奴らを引き離していた。そして、ウィケルを抜けると奴らは諦めて引き返した。幹部は……見当たらない。ひとまずホッとした。だが、まだ安心できない。グランツだけでなく、ステラ姉も重傷なのだ。
故郷のピク村近くの森に来ると、グレイヴはグランツを慎重に地面に降ろし、すぐ側に自分も降り立った。と同時にステラ姉がグレイヴから落ちるように倒れるが、グレイヴが咄嗟に翼で支え、そのまま地面に降ろした。
「グランツ!ステラ姉!しっかり!」
「ダメだ、さすがに……きつい。」
ステラ姉はグレイヴに寄りかかると、俯いた。走って顔を覗き込む。目を閉じていた。
「ねぇ、お願い死なないで……そうだ薬。」
ステラ姉が確か薬を持っていたはずだ。勝手に漁る罪悪感を覚えつつ、ステラ姉の鞄を漁った。あった!だが、もうほんの少ししか無かった。これでは足りない。
「……皆、待ってて。絶対に助けるから。」
うちはウロウロと森の中を歩き出した。なにか、なんでもいいから薬になりそうなものを。
しばらく歩き続けると、蛍がふよふよと飛んでいるのが見えた。近くに川でもあるのだろうか?
……誰かいるの?
突然、見知らぬ声が聞こえてきた。
これは……耳に入ってきてるんじゃない。心に響いてる。なら……え?ドラゴン?グレイヴでも、グランツでもない女性の声がする。
「誰?いるなら姿を見せなさい。」
あたしの声が聞こえるの?あなたライダー?
「そ、そうだけど……姿を現しなさいよ。」
仮に相手がドラゴンだとして、ガドルのように悪い心を持つドラゴンの可能性もある。警戒は怠らない。声の主は、ふらっと目の前に現れた。まるで何も無いところから急に出てきたみたいだった。声の主は蛇の頭をしていて青い体に、布のような翼、足は羽毛で覆われ、ところどころ緑色がかっていて、目も緑色だった。その体色が森に溶け込んでいたようだ。
「あなたの、ライダーは?」
ずっとずっと、遠くにいるよ。
「死んだってこと?いや、死んでたらあなたは生きてないわよね。」
もうなん年も会ってないかな。ねぇ、誰か怪我をしているの?
少なくとも彼女のライダーは生きてる。この広大な大地のどこかで。
「友達が、酷い怪我を負っててそれで、今にも死にそうなの。助けて欲しい。」
分かった。
不思議なドラゴンは、大きな咆哮を上げた。
しばらくすると、たくさんの人々がやってきた。ピク村の人じゃない。それに、ピク村とは反対方向から来てる。
「ティルキス!怪我人か!」
ドラゴンがこくりと頷く。
「あんたか?あんたが怪我をしているのか?」
「友達が!すごく危ない状態なの。」
「分かった。案内してくれ。」
うちはステラ姉たちの元へ案内した。
「まさか、君たちはドラゴンライダーなのか?」
「えぇ。」
「待った、ライダーって女なんかいたか?」
「いや今はそれどころじゃないだろ。姐さんのところへ急ごう。」
何人かが、ステラ姉とお兄ちゃんを担架に乗せて運んで行った。
「さてと、あとはドラゴンだな……どうする?」
「姐さんに来てもらうしかないんじゃない?」
困っていると、あのドラゴンがグランツを持ち上げて、羽ばたいた。
そっちの黒い方も怪我をしているの?
いや、多分ステラ姉が弱ってるせいだと思う。
分かった。黒い方は目を覚ますまであたしがそばにいる。
……ありがとう。
「お嬢さんも傷だらけだが、大丈夫なのかい?」
「うちは平気。そんな大したことじゃないから。」
「いや、念の為見てもらいなさい。姐さんならそうする。」
そういうと着いてこいと言わんばかりに、頭をクイッと動かして歩き出した。
さっきから姐さん姐さんって、誰のことだろう?まぁ、今に分かるかな。
しばらく森の中を歩いていると、開けた所に出た。大きな木が中心にそびえ立つ村だった。木の上にはあのドラゴンが座って、帰ってくる皆を見届けていた。その様子はまるで女神のようだった。グランツは木と一体化している建物の傍にある厩舎に似た建物で眠っていた。
「ようこそ。ハイリル村へ。」
「すごい……ファンタジーの世界に来たみたい。」
「はは!そうだろう?ここじゃあ色んな怪我を負った人がくるんだ。」
「そうなの?」
「あぁ。ここには凄腕の医者が診てくれる。」
「さっき言ってた姐さんのこと?」
「あぁ。ケイリーって人でな、人にしてはちょいと変わってるんだが、どんな病気や怪我も治してしまう、凄い人だ。」
「へ〜。友達の様子を見てもいい?」
「何言ってんだい。あんただって怪我人だろ?」
そんな大した怪我ではないが、周りから見たら酷いのだろうか。
「ありがとう。行ってみる。」
まずうちは柵に手をかけてグランツの様子を伺った。鞍は外され、すぐそばに医者っぽい人が翼を治療していた。柵の中はふかふかな布団や毛布が敷かれていた。ひとまずホッとした。扉の前に立ち、ノックした。
「どうぞ〜。」
恐る恐る入った。室内はそんなに広い訳ではなかった。というか、本当に木の中にいるみたいだった。いくつもの通路がある。
「ごめんね、姐さん今忙しいみたいで、代わりにあたいが担当するね。」
「えっと、グランツ……怪我をしてるドラゴンを治療している人がケイリーって人?」
「違う違う。姐さんなら別室で他の人を診てるわ。」
傷を治療しながら言った。
「その人、うちの友達だと思う。」
「あらやっぱり?皆がそんなこと言ってたから。」
「友達って言うか、師匠って言うか……とにかく恩人なの。」
「良くなるといいね……はい。終わったよ。」
「ありがとう。」
うちを治療してくれた人としばらく話し込んだ。どうやらここは、かなり歴史が古いらしく、何千年も前からあると言う。ケイリーが最初に家を建て、色んな人の怪我や病気を治しているうちに周りに家が建ち、村になっていったと。
「はぁ〜まったくまた奇妙な怪我人がやってきたもんだ。あれで生きれるなんてびっくりだよ。」
「あ、姐さん!どうだった?」
「お兄ちゃんは?ステラ姉は!」
隣の部屋から姿を現したのは、人とは似つかない不思議な風貌をした人だった。関節に昆虫のような節があり、獣のような長い耳をしていた。
「あぁ、ティルキスが言っていたもう一人のライダーは君だね。残念だけど、アタシじゃあの二人を助けることは出来ない。」
「そ、そんな……。」
「ライダーの方は助けられるかもしれない。あの槍を抜くことが出来ればの話だけどね。」
「抜けないの?」
「無理に抜いたら死ぬ。あの槍は黒魔術でできてるから、弱らせれば小さくなって損傷を少なくして抜くことができるけど、あいにくアタシはその力を持ってない。一応、薬は差したから延命はできたけど、時間の問題だね。」
「どうすればいい!?うちにできることはある!?それと、グランツ、ドラゴンは大丈夫なの!?」
「まぁまぁ落ち着きなさい。君のドラゴンは大丈夫さ。あまり気乗りしないが、アタシの故郷に行って助けを求めなさい。」
「あなたの故郷?」
「アタシは深い霧に覆われた森から来たのさ。それでまぁ、追放されちゃってね。」
「何か悪いことでもしたの?」
「別に。アタシは力が無いからってことで追放されたのさ。」
「力って?」
「黒魔術を弱らせる力さ。」
そんな力があるのか。彼女は一体何者なんだ?
「で、行くのかい?行かないのかい?」
「行く。助けられるなら。でもここからあの森までかなり遠いわ。」
「ならティルキスに頼みな。乗せてくれるよ。」
「ほんとに?じゃあ、行ってくる。」
扉を開けて出ようとすると、ケイリーが呼び止めた。
「あーあー待ちな。そんな先急ぐんじゃないよ。」
ケイリーは何かメモを渡した。
「これは?」
「森の中でこれに書いてあることを言うんだ。そうしたら見張りが来てくれるはずだよ……多分ね。」
「た、多分って。」
「はぁ、本当はあいつを村にも家にも入れたくないが、仕方ない。」
ケイリーは小言を言った。
「ありがとう。ねぇ、どうして見ず知らずのうちを助けてくれるの?」
「決まってるだろ。困っているなら助ける。それがアタシのモットーさ。」
「優しい人なのね。」
「いいや、長く生きすぎて悪いことをしようだなんて思わなくなっただけだよ。それと、めんどうが嫌いなだけ。」
「ほんとに何者なの?」
「精霊みたいなものって思えばいい。それより、早く行ったらどうだい?」
「え、えぇ!じゃあ行ってくるわ。ステラ姉とお兄ちゃんとグランツをよろしくね。」
「もちろんさ。」
病院を飛び出し、木を見上げた。ティルキスというドラゴンはいなかった。きっとグレイヴのところだ。




