13.父殺し――事実上の
本当に離婚という結果にまで至らなければならないほどだったのかはともかく、一番のきっかけというか、決定的だった出来事には心当たりがある。
父と母が露骨にぎくしゃくとし始めてから半年ほどした頃。確か秋だったから、街中で僕が訳の分からないことを言われてから何ヶ月か後に、久しぶりに家族で遠出をすることになった。
妹は大喜びで、一番に家を出て車庫に向かい、父が運転席に座るよりも早く、後部座席を確保していた。そして、リュックから取り出した遊び道具をもう広げ始めていた。エアコンがまだ全く力を発揮しておらず、車の中の空気が暑くても、妹は全く気にしていなかったらしい。
荷物を載せるのを手伝った僕は、そんな様子に呆れながら、その嬉しさとか楽しみな気持ちが僕にまで伝染するみたいだった。そして母の荷物を運んだり、あるいは家の鍵を閉めたりするために車の前を横切ろうとしたとき、迫ってくる車に驚いて、僕は転んでしまった。
すぐにブレーキがかかったし、そもそも僕は車に触れてもいなかったから、擦り傷の一つもできず、腰を抜かしてしまっただけのことだった。僕はそう理解していた。
――危ない! 何やってるの!
しかし玄関からそれを目撃していた母の怒鳴るような声で、そして運転席から駆け寄ってきた父の深刻な表情で、ああ、まずいことになってしまったと思った。いくら怪我がないとかなんともないとか言っても、もうどうしようもないのだと。
母の怒りようは相当なもので、珍しく父が反論しているくらいだった。僕はそんな口論を見聞きしながら、どうすればこれを笑い話にできるのか考え、その答えまでの距離ばかりを感じていた。
結局その後、予定していたところに向かったけれど、その道中で、高速道路での合流や、出口を間違えないよう気をつけるように言ったり、トンネルに入ればライトを点けて、出たら消すように注意したりと、母はかなり口うるさかった。大きな川沿いの魚料理店での食事だとか、温泉での入浴だとか、その間、事情を全く知らない妹が明るく振る舞っていてくれたのが、一番の救いだった。おかげで表面的には、以前のように遠出を楽しく過ごすことができた。しかしその日の夜には、家で、母が父への非難を蒸し返していたのを僕は知っている。
何というか、この日の出来事によって、ついに歯止めが利かなくなり、坂を下り始めてしまったのだろう。だとしたら、僕が夫としての父を殺したのかもしれない。大げさかもしれないけれど、それほど間違っているわけでもないだろう。
かつて、両親が並ぶのを目にする僕の前に四本あった足は、そうやって二本になってしまった。その原因として、僕は結構な役割を果たしてしまったらしい。両親の足をつなぎ止め、三本にしてしまうようなことはもうできないのだろうか、と思う。




