ルーゼット視点 14
ミリアルの上に彫刻品が落ちてきた。
僕は彼女を守る事だけで、頭がいっぱいになった。
次の瞬間、目が覚めたら涙でくしゃくしゃになったミリアルの顔がそこにあった。
「馬鹿!」
ミリアルに罵られる。
え、嘘でしょ?
ミリアルは侯爵令嬢らしく、いつもゆったりとお淑やかで、それでいて芯は強くて、僕がリリにかまけていても怒らないし、レオン達とずっと一緒でミリアルを蔑ろにしてしまっても、いつも微笑んでいた。
そんなミリアルが今、くしゃくしゃの顔を隠しもしないで僕を罵倒している。
「どうして私なんか助けるの? 貴方は公爵家の嫡男なのよ。私よりも大切な存在。替えがきかないの。ちゃんと分かってるの?」
ああ、そうか。ミリアルは自分を助けた僕を心配して、こんなボロボロに泣いてくれているんだ。可愛いなあ。
「……ミリアル、また同じ事があっても僕は迷わず君を助けるよ」
「何言って……」
「だって君は、僕の唯一無二の奥さんでしょ」
「!」
「愛してる人の盾にも慣れないほど、僕は情けなくないつもりだよ。まあ、颯爽と助けられたら一番なんだけど」
へへっと頬を掻きながらミリアルを見る。
僕の一世一代のプロポーズ。分かってくれたかな?
「るぅ~」
ますます、くしゃくしゃになった顔で僕に抱きつくミリアルは、何て可愛いんだろう。
僕は暫くミリアルを抱きしめたまま、涙が止まるのを待った。
そしてふと気が付く。
僕は彫刻品の下敷きになったんだ。無傷のはずがない。それなのにあるべき痛みが全くない。ちょっと、待って!
ゆっくりと周りを見渡す。見覚えがある。ここは城の客室か。
そして僕はミリアルの肩をそっと押して、出来るだけ落ち着いた声を心掛けながら聞いてみた。
「僕は大怪我を負ったんじゃなかった?」
「あっ」
ミリアルの辛そうな、困った表情で察しがついた。
僕を治してくれたのは、光の保持者、治癒能力を持ったレオンなんだと。
――凄まじ過ぎる。
途中でフェードアウトしてしまった僕は知らなかったが、あの後、力を使い切ってしまったココリス・マーガレットが死んでしまったと。そしてリリが彼女の命を救ってほしいと懇願した。
レオンはリリの望み通り動いた。
まずは瀕死の僕を治して、次にトーマス、セル。そして会場中に光の雫を撒いて、最後に死んだココリスを蘇らせた。
そうしてレオンは今、寝台の上。意識を失ってもう二日目になるらしい。
気が付いたら僕は廊下を走っていた。
城は小さい頃からの僕達の遊び場だ。自分がどこで寝かせられていたかは分かる。そして僕を知らない者は、城にはいない。僕はどこでだってフリーパスだ。当然、王族専用居住区だって。
僕は一心不乱にレオンの私室を目指す。
どうしよう、こんなの初めてだ。僕は最愛の妹、リリに対して怒りが湧いている。
だってそうだろう。リリの頼みをレオンは断れない。
王子で次期国王で、誰よりも何よりも大切な存在なのに、他人の為に倒れるなんて。
いくら膨大な魔力の持ち主だからって、死んだ人間まで生き返らせるなんて、力を使い過ぎる。
レオンだって人間だ。倒れるに決まってる。
どうして誰も止めなかった。あんな女、人殺し何て放っておけば良かったんだ。
優しすぎるよ、レオンは。
そうして寝室に飛び込んだ僕の目の前には、泣きはらし魂が抜けたような青白い無表情のリリが、レオンの手を握って一心に見つめている。
死人のようなその顔は、息をしているのも不思議なぐらいだ。
死にそうなリリを何度も見てきた。だけど、これは……。
ああ、僕は本当に愚かだ。
リリが一番辛い思いをしているのに決まっているじゃないか。
リリがココリスに自分を重ねるのは当然だ。同じ闇の魔法の保持者。産まれてすぐになくなる自分の命を目の前に、光にすがってしまうのは当然なんだ。
そしてそんな自分だからこそ、人が死ぬのは見たくない。
そう思ってつい口に出してしまった言葉。運悪くそれを聞いてしまったのは、全てを可能に出来る男。リリの望みなら必ず叶えてしまう力の持ち主。
レオン、レオン。君が死ぬなんてありえない。君は疲れているだけ。僕は君の目が覚めるのを、ずっと待つよ。そしてリリ、お願いだから……死なないで……。
レオンが倒れてからリリはずっとレオンのそばで、一睡もせず何も口にせず、ただ見つめている。
王妃や家族、ミリアル達が何を言っても耳に入っていない。
ただレオンが目覚めるのを待っているだけ。
レオンが目覚める前にリリが死んでしまう。皆、そう思っていたが何も出来ない。
どうしたらいい?
そんなやり込めない思いを悶々と噛み締めていた僕達に、朗報が届いた。
レオンが目覚めたと。
大人を残し、僕達だけで行かせてくれと頼み、すぐに寝室に向かった。
寝台の上で座っているレオンを見ると、僕達は駄目だった。
トーマスが駆け寄り、レオンを押し倒す。セルがレオンの左腕に抱きつく。僕は右手を自分の額にあてる。許しを請うように。
『生きてる、生きてる。ごめんね、レオン。僕を助ける為に力を使わせて。ごめんね、レオン。リリの願いを叶える為に力を使わせて。馬鹿な兄弟で本当にごめん』
マルロスが涙ぐみながら、レオンの頭をわしゃわしゃと掻き回している。
僕は許しを請う事でいっぱいになっていた。
「そこまでです!」
いきなり凛とした大きな声が、部屋中に響いた。
え、今の声って……まさかのリリだった。初めて聞いたリリの大声。
「レオン様はまだ完全ではないんです」と皆を引き離すと、レオンが座りやすいように寝台を整えた。
レオンはクスクス笑い、リリは顔を真っ赤にしている。
ああ、良かった。レオンは元気だ。そしてリリも……。
レオンは必ず目覚めてくれると信じていた。けれどリリは……正直、レオンが目覚めたら自殺をするんじゃないかと思っていた。
レオンが倒れる原因を作った自分を許せなくて、無事を確認したら責任取って……それほど酷い状態だったから。
けれど……うん、レオンがリリを引き戻してくれたのだろう。
治癒魔法を使って体調も整えてくれたのか、しっかりとした動きだ。
本当に彼は……とっても頼りになる唯一無二の親友だ。




