ルーゼット視点 13
「僕には前世の記憶があるんだ」
レオンの寝室で話す僕の顔を、皆は無表情で見ていた。
僕は目を閉じ、ゆっくりと話し続ける。
「前世の僕はこことは異なる世界に住んでいた。そこには魔法はなく、代わりに科学というものが発展していて、魔法の代わりのような事をしてくれていたので、生活水準は高かった。そしてそこには〔乙女ゲーム〕といって恋愛小説のようなものがあったんだ。ただ小説と違って話が何通りもあって、自分が選んだ道によって結末も変わってしまう。そして僕は、前世でここと同じような世界の乙女ゲームの話を聞いた事があった。その……皆と同じような登場人物が存在していて僕もなんだけれど、主人公の女の子が僕達の誰かを選んで恋愛するっていう内容なんだ。そしてココリスにもその知識があり、彼女は主人公の女の子になりきって僕達と恋愛しようとしていたんだ」
「――待て」
マルロスが低い声で言う。
うん、こんな突拍子もない話、ついてこれなくて当然だよね。
「俺達にはそれぞれ婚約者がいてるのに、なんで恋愛できると思っているんだ?」
「え? 気にするところ、そこ?」
僕はびっくりして、思わず素で突っ込んでしまった。
「俺達はルーを信じてる。信じる前提で話を聞いているんだ。ならば不思議なのはそこだろう」
さも当たり前のようにレオンが言った。
僕は唖然とレオンの顔を見る。
「元々ルーは変だったもの」
トーマスがニヤッと笑う。変ってそれは酷くない?
「知らない単語を使ったり、変わった着眼点をしていたりね。違う世界の事を知っていたんだというのなら、なんか納得」
「セル……」
「お兄様はよく私に『前世の記憶ある?』て聞いてらしたけれど、私も変なの?」
リリが眉尻を下げて僕、というかレオンに聞く。
え? 何でそこでレオン?
レオンがポンッとリリの頭に手を置く。
「変なところなんて一つもないよ。ただ目新しい事を思いついたり、実行したりするだろう。それだけさ。それに俺はそういうところも好ましいと思っているよ」
ポッ♡
あ、また二人で世界を作ってる。
僕はつい二人の間に割って入る。
「リリがよくつくるスープ系の食事なんかは、前世の僕の世界にあったものなんだ。それに前世の僕にも妹がいて、六歳下の病弱な可愛い妹。リリと凄く重なっていたから、ついそんな風に思っていただけなんだ」
「お兄様……」
リリはニコリと笑って、僕の手を取る。
「もしそれが本当なら、私凄く嬉しいわ。またお兄様の妹になれたって事ですものね」
「リリ」
「前世のリリには、恋人とかいたのか?」
「……………………」
レオンは僕の手からリリの手を奪って、すわった眼をしてくる。
レオン様、今言うところ絶対そこじゃないと思います。
僕はレオンにジト目を返しながら、真実を述べた。
「リリにも僕にも恋人はいなかったよ」
「私可愛くなかったの?」
ガーンという様な顔で、ショックを受けるリリ。
「ち・違うから。今言ったようにリリはまだ小さくて病弱だったから、それどころじゃなかったんだよ」
僕は慌てて悲し気なリリの頭を撫でた。
「俺は前世でもリリに恋人がいたとしたら、ヤキモチ焼いてたよ」
ブスッとして言うレオン。何それ? 男なのにちょっと可愛い。
案の定リリが「レオン様、可愛い♡」と言って、抱きついている。
「前世から今において、レオン様が初めての恋人で嬉しい」
「リリ」
はい、また抱き合ってます。何、この二人。
「リリに恋人がいるかいないかよりも、六歳上だったルーに恋人がいない方が問題だったんじゃない?」
トーマスが僕のピュアピュアな心を抉る。
ぐはあっ。おのれ、トーマス。前世、密かに持っていたトラウマを抉りやがって……。
マルロス、セル、顔を背けるな。肩が震えてるぞ。
「ルーは今と同じように妹の世話を焼いていたんだろう。仕方ないさ」
レオンが苦笑しながらフォローしてくれる。
ありがとう。完全無欠の王子様に言われると、前世の僕は少し複雑だけど、嬉しいよ。
「前世からご迷惑おかけしていたのね。ごめんなさい、お兄様」
続いてリリがしゅんとして言うのを、僕が言葉を掛ける前にレオンが「そのおかげで今はミリアル嬢と上手くいっているんだ。問題ないよ」と笑う。
レオン、何で僕の心の声を読んじゃうの?
「お兄様?」
ちらりと上目遣いで確認してくる。
僕は降参のポーズをとった。
「ミリアルは僕がリリにかまけていても、文句一つ言った事がないんだ。僕が落ち込んだりヘタレな部分を見せても、呆れたりせずに必死で慰めてくれたりする。政略であろうとなかろうと、彼女に会えて幸せだって心から思うよ」
「お姉様にお伝えします!」
リリは目をキラキラさせて、嬉しそうに宣言する。
いや、それはできれば黙っててほしいかな。
くすくす笑うレオンに「まあ、そういう事だから続きをどうそ」と先を促された。
大分と話がそれてしまったようだ。
「さっきも言ったけれど、彼女は僕達と恋愛するつもりだった。しかも〔乙女ゲーム〕の話通りにイベントをこなそうとした。あ、イベントって相手の好意を得る時に行う行動の事なんだけれど、それを知った時に僕は彼女も前世、それも僕と同じ世界の人間で、この世界のゲームをした事があると考えた。僕も最初はその通りにいくんじゃないかと思ってた。けれど、この世界はゲームなんかの世界じゃない。現実の世界なんだって改めて感じて、ゲーム通りに動かそうとする彼女が怖くなったんだ」
「最終的に奴は何を狙ってたんだ?」
マルロスの問いに、僕は躊躇なく答えた。
「レオンとの恋愛。あわよくば全員との恋愛。レオンルートとハーレムルート同時かな?」
「「「「こわっ!」」」」
全員がドン引きしているのを眺める。
うん、僕も滅茶苦茶怖かった。
リリが信じられないといった感じで手を口元に持っていく。
「レオン様お一人でも恐れ多いのに、皆様と同時何てどれほど肝の据わった方なんでしょう」
……なんか少し論点ずれてる。
「全員の相手何て、どんだけ体力あるの、あの子?」
……下世話すぎるぞ、トーマス。
「俺はヤダ。お前らと兄弟になるなんて」
……直接過ぎる物いいはやめようよ、マルロス。
「腐れ〇〇〇め」
……やめて~、伏字はやめて、セル。
「あ~、続きをどうぞ、ルー」
レオンがらちが明かないとふんだのか、先を促してくれた。
……良かった……。
「おかしいと感じたのは、文化祭の時から。あんな事、ゲームの話には出てこない。彼女は明らかに暴走していると思った。そしてそれを止めるのは、ゲーム通りに事が進んでいると見せかけて、加熱していた暴走を一旦止める。そうしてしっかりと自分の罪を認めさせる。それしかないと思ったんだ」
「彼女の家や医師なんかを知っていたのも、その話に出てきていたの?」
僕に場所を聞いて、直接動いてくれたトーマスには、かなりの違和感があったのだろう。
「そうだよ」と僕は頷いた。
「指紋は前世の知識?」
「そう。向こうでは犯罪がおきればすぐに行う行動の一つだよ」
道具を作ってくれたセルは、興味があるようだ。
「双子の姉が本物の〔ヒロイン〕とか言うのは?」
レオンが腕を組みながら、真っすぐに僕を見る。
僕は一呼吸して「これは仮定の話だったんだけど……」と前置きして、自分の考えを話し始めた。
「姉妹設定何てゲームではなかったんだ。ヒロインは光の魔法を持って産まれ、誰からも愛され純粋に生きていて、好きな人と結ばれる。っていうのが、本来の話。それなのに彼女は双子で生まれ、片方はすぐに亡くなり、母親まで幼くして死んだ。少女のそばには常に男が群がり、貴族学園に通いながらも、努力する気配は微塵もなく、そしてそれ以上に自分の力を使って人をいいように動かそうとするなんて、そんな人がヒロインのはずないんだ。そう考えて仮説を立てたら、どうしてもヒロインは姉の方だったんだろうって。彼女が光の魔法を使えるのは姉から奪ったからじゃないかと。その所為で姉は亡くなった。ちょうどリリの事でレオンから闇魔法に関する書物を借りて、熟読していたからね。闇魔法の一つに〔略奪〕といって、そのような力があったのを思い出したんだ」
「なるほどね。そう考えれば自ずと彼女は偽物となるわけだ」
皆が僕の話に同意を示してくれる横で、難しい顔のレオンがぼそりと呟いた。
「……その話だと、俺はヒロインが生きていたら、その彼女に引かれるはずだったのか?」
ピクッ。
リリが明らかに怯えた表情をする。
レオンは気付いていないのか、僕を無表情に見つめ答えを待っている。
「……多分……」
「……………………」
少しの沈黙の後、ふーっとレオンが息を吐いた。
「それはないな。やっぱりどう考えたってそれはない!」
拍子抜けするぐらいキッパリと言い切るレオン。
つい「どうして?」と聞いてしまった。
「俺、あの手の顔、タイプじゃないし」
「……………………」
「えっと、レオン」
マルロスが頭をポリポリ掻きながら「顔がタイプじゃなくても、中身がタイプかもしれないぞ」と何故かヒロインを肯定する言葉を吐く。
「いや、ない! あの女にも言ったが、平民らしさを前面に出されたら、貴族らしくあれと言いたくなるし、貴族らしくされると微塵も興味を惹かれない。よってヒロインが生きていても俺がリリ以外とどうこうなるなんて事、絶対にありえない」
「……………………」
どこからくる自信なのか全く分からないけれど、リリは「レオン様」と目をウルウルさせて喜んでいるし、セルとトーマスは「流石は僕らの王子様」と満足そうだし、マルロスは「まあ、俺もないかな」と同意している。
なんだ、そっかあ。どう転んだって有りえなかったんだ。
僕の心配って一体……あはは。と乾いた笑いが出たのは勘弁してほしい。
結局あんな大事を引き起こし、暴れまわっていたのは僕達転生者だけで、とうの登場人物はちゃんと信念をもって生きていた。
申し訳ない気持ちがいっぱいになる。
それから僕の話は一応終わりとし、今の彼女の状況をセルが話す。
「レオンのお蔭で命はとりとめたものの、長年他人の力を乏しい魔力で使っていたんだ。命を削っていたんだろうね。魔力は枯渇して零になってしまったし、体力の衰えはどうしようもない。髪は白髪になり、皮膚はカサカサ。正直老婆に見える。それでも自分はヒロインで何も悪くない。悪いのは全部悪役令嬢だって、喚き散らしているらしいよ」
「悪役令嬢って何?」
「……………………」
リリの問いに僕は遠い所を見る。
「お~い、ルー」
マルロスが僕の頭をポクポクと叩く。
これだけは聞かせたくなかったんだけどなぁ。僕は溜息をついて正直に言う。
「ゲームではリリが悪役令嬢っていう設定でヒロインとレオンを取り合う立場にある」
寝台の上のレオンと、その横に椅子を置いて座っているリリが僕に詰め寄る。
「ちょっと待て。じゃあ何か。俺がリリを捨ててヒロインをとると?」
「しかも私、悪役令嬢って。何か悪い事したの?」
「ふ・二人共落ち着いて。あくまでゲームの話だから。それに悪役っていってもリリは何もしていないから。いい子過ぎて自分から身を引いちゃうだけだから」
僕は二人の肩を叩いて落ち着かせる。
「ゲームの中の俺、最低だな」
レオンがむっつりと呟く。
「それを言うならゲームの中の登場人物は、全員最低だよ。婚約者がいるのにヒロインに夢中になるんだから」
僕は必死でレオンだけじゃないとフォローする。
「あんな女にそれだけの価値がどこにあるの?」
セルの目が据わっている。
「そうだよね。ないよね。だから現実世界じゃ何もなかったんだよ」
やばい、これ。皆ゲームの中の登場人物に怒りが沸いている。
「変態女が主役のゲームってなんなの? そんなゲームが流行るって何? ルーの前世界って病んでるの?」
やめてー! それ全員敵に回すから。病んでるんじゃなくて、現実がちょっと辛いから夢の世界で癒されたいなあっていう、乙女心だから。それにお姫様願望何て昔から誰もが持っているからね。いい異性に好かれるって事は、自分の価値もあるっていう自己評価を上げる為にも得たい気持ちの一つだから。前世のリリだって現実には出来ない恋愛を、ゲームの世界で楽しんだんだから。それよりも何よりも乙女ゲームのヒロインは、ココリスみたいにひねくれてないから。根本的な設定が違うから。彼女を想像して乙女ゲームを否定しないで。乙女ゲーム最高です! ハアハアハア。
「まあ、どこにだって色んな趣向の持ち主はいるもんだ。俺達は女の嫌な部分を見ちまってるからあんまり思わないけれど、騎士団なんかじゃ不特定多数の女と付き合いたいっていう奴もいっぱいいるし、逆もしかりなんじゃないか」
マルロス、そう、そうなんだよ。やっぱり君は良い男だ。
「不特定多数と付き合って何がいいんだ? 煩わしいし面倒くさいし何より気持ちが悪い」
レオンが話を戻す。もうやめて~。
「まあ、そういう言葉もモテる奴、限定なんだよ。モテない奴はとにかくどんな奴でもいいから付き合いたいっていうのが本音なんだ」
流石マルロス。騎士団の男所帯は伊達じゃない。
「それってやりたいだけじゃん」
トーマス、もういい。やめろ。
「まあ、そうかもしれないけど……」
とうとうマルロスが折れた。納得するな!
「ト・ニ・カ・ク!」
ダンッと僕は横の壁を殴って皆を黙らせる。
「あくまでゲームの話なんで、現実じゃないんで……分かりましたか?」
「「「「「はい……」」」」」
ニッコリ引きつく口元を笑顔に変えて話す僕は、後に悪魔の形相だったとリリに言われて少し落ち込んだ。
「まあ、処罰はまだ決まってないけど、人を三人も殺害して、しかも多数の人間を自分のいい様に操っていたんだ。それも王族のレオンにまで牙をむいて、あんな大事件までおこした。死刑は……レオンの行為とリリの嘆願でなくなったから、辺境の地で一生幽閉が妥当なところかな」
トーマスが報告の続きを話してくれた。
「罪を償う気持ちは持って下さらなかったのですね」
リリが俯きながら話すが、トーマスは首を振る。
「あの様子じゃ一生かかっても無理だろうね。世の中には自分の罪に向き合えない者もいるから」
「……残念な事です」
トーマスの言う通りなんだろう。彼女は一生罪に向き合えない。
せめてこれ以上、現実世界を乱す事なく生きていけたらと願わずにはいられない。




