ココリス視点 4
極力、小規模に抑えたとはいえ流石に第一王子の誕生日兼婚約式。
王家主催の会場は、絢爛豪華な雰囲気にこれでもかと贅を尽くした衣装を纏った人々が集まっていた。
その中で一際目立つ衣装を身に着けた私ココリス・マーガレットは、注目を集めていた。
フワフワのプリンセスドレスは、胸元とスカートの裾の部分に大きなリボンを付けた可愛らしいデザインで、髪にもおそろいのリボンをつける。
ただ少し違和感があるのは、その全てが黒一色だという事。
この国のドレスでは黒一色ということは余り例がない。それなのに何故この色かというと、それはやはりレオン様の髪の色だから。
今日は国王様自らのお達しで、婚約者は黒のドレスを身に着けるというお触れが届いていた。だから飾りやワンポイントに使うのは良いが、黒を基調にしたドレスは着てこないようにとあり、そして必ず同伴者を伴って来るようにとあった。
私がこの色を着てきた事に、レオン様はどんなに喜ぶ事だろう。
ヒロインの私が〔ハーレムルート〕には進まずに、貴方一人を選んであげるのだから。
そして私は一人で来た。お父様がしきりに同伴を求めてきたが、そんなのは知らない。だって私の相手はレオン様だもの。誰かを連れて来たらレオン様が困るでしょう。
私は勢いよく会場に向かった。
それなのに入り口で騎士に止められた。
「何? 紹介状はちゃんと持っているわよ」
「失礼ながら、同伴者の方が見受けられませんが……それにそのドレス。本日はその色は遠慮してほしいと前もってお伝えしておいたはずですが?」
騎士は無遠慮にジロジロと私を見てくる。何も分かっちゃいないのね。
「連れは中にいるわ。このドレスは着てくるように言われたから着てきてあげたのよ。いいから通して。中に入れば理由は分かるはずよ」
「え? 何を言って……」
「いいから放しなさいよ」
困惑する騎士に私は〔力〕を使った。
私を止めていた騎士は、虚ろな目になり自らの体を横にどける。
「失礼いたしました。奥にお進み下さい」
力は久しぶりに使ったが、ちゃんと効いているようだ。
一か月前、学園に偵察に行って気が付いたが、力を使わずとも乙女ゲームの強制力は働いて、話はシナリオ通り続いている。
攻略対象者の三人は事あるごとに私に話しかけ、そしてなんとレオン様とルーゼット様以外の生徒会攻略対象者、つまりマルロス様、トーマス様、グロッセル様までもが、私を気にかけてくれるようになった。残念ながら、彼らのイベントはこの一か月の間にはなかったので、進み具合が微妙に分からないが、今迄逃げ回られていた事を考えると明らかに違う。
これは〔ヒロイン〕としての私の役目を果たすことを〔ハーレムルート〕ではなく、ただ一人のルート〔レオンルート〕に切り替えたからかもしれない。
ただ残念なのはその本人に一か月の間、一度も会えなかった事だ。忙しいのか学園に来る事自体が、ほぼなかったのだ。
それも仕方がない事。
今日の舞台を劇的にする為の余興なのだろう。だから私はあえてこの衣装で来てあげたのだ。
本当は前日にでも迎えに来てくれて、この日を二人で登場したかったのだが〔乙女ゲーム〕最大の見せ場〔婚約破棄〕の舞台を壊すわけにはいかないものね。
そんな事をつらつらと考えていると、中央の扉よりファンファーレが鳴り響いた。
現れたのは国王と王妃。第二王子モリユス、第三王子マック。最後に第一王女ミリアネアが現れた。
彼らはまだ幼いので、同伴者は必要ないようだ。
そうして最後に現れたのは、この世の者とは思えない美貌を晒した二人。
レオドラン王子は黒糸で刺繍が施された銀地の上着に黒のトラウザーズ。そして黒のマントを羽織っている。胸には勲章が沢山並び、戦争は久しくない平和なこの国においても、王太子自ら軍事に拘わっている事を表している。
隣にいるのは言わずと知れたユーリック公爵令嬢リリアナだ。
彼女は黒地のマーメイドドレスなのだが、それらは全てレースで出来ており、下は銀の生地で作られている為、会場のシャンデリアの明かりを浴びてキラキラと光っているように見える。
手には同様の肘まである黒いレースの手袋を付け、ダイアが散りばめられた花の形をモチーフにしたイヤリングとネックレスを付けている。
銀の髪は左横にたらされ、衣装を煌めかせる為の一役をかっている。
二人の姿を見て、会場中が感嘆の溜息を零す。
同じ黒のドレスでも、多少私の方が見劣りするのは仕方がない。
一か月で作ったものだから、凝った造りは出来なかった。何よりそれ程お金を掛けれなかった。
私が黒のドレスを作ると言うと父は困惑し、義母に至っては王宮からわざわざ遠慮するようにとのお触れがあるのに恥知らずなと怒りを露わにし、お金を出してくれなかった。
仕方がないので、私は義母の宝石類を何点か盗み出し、お金に変えてドレスを作ったのだ。
分からずやの義母と情けない父を持つと、こんなに苦労するものなのか。
私が王太子妃になった暁には、父と義母を別れさせてやる。私を辱めた報いとして屋敷から放り出してやるんだから。
そうして私の思いとは裏腹に、国王が中央に立ちながら二人に見惚れている会場中を眺めまわす。
「皆の者、今宵は我第一王子レオドランの十七歳の成人の誕生日、並びにユーリック公爵令嬢リリアナとの婚約式に集まってくれて感謝する。これより正式に王太子として表に立ち、日々精進して立派な次世代を築く事を余は望む」
わああああ!
国王の挨拶に、会場中が割れんばかりの拍手と歓声を上げる。
そうして次に紹介されたレオン様が、リリアナの手を引いて中央に歩み寄る。
「今宵は我々の為に集まってくれた事感謝する。今、この場を持って王太子の道を進み、我が婚約者となってくれたリリアナを、生涯唯一の妃として共に歩み、大切にしていく事をここに宣言する」
会場中が一瞬静まり返る。
え? 今唯一の妃って言った?
この国は確かに一夫一妻制ではあるが、王族はその血筋から複数の妻を持つ事が許されている。それを一切放棄する言葉。確かに今の国王も妃は王妃一人だが、たかが婚約式でそれを発言してしまうの?
嘘でしょ?
会場中の拍手と歓声に我に返る。
国王の時よりも長く大きな音。
こんなに派手にしてしまってレオン様ったら、私を目にしてすぐに今の言葉を撤回、リリアナに婚約破棄を申し付けたら、周りはどんな反応を示すのだろう。
ちょっとゲームとは違うかな?
まあ、それも余興の一つとして楽しんであげるわ。
そうして二人は、ファーストダンスを踊る為に会場の中央に降りてきた。
私はレオン様の目に映る場所に移動した。けれど二人はお互いしか目に映らないといいたげに、見つめ合いながら流れるようなダンスを始めた。
少し拍子抜けしたが、まあいいわ。
どっちにしろ私はダンスが苦手。というか、真面目に練習何てした事がないから踊れない。
ここは最後の思い出として、リリアナに譲ってあげるわ。
二人は楽しそうにクルクル回る。シャンデリアの光が二人を映し出し、ひらめくドレスがキラキラと輝く。二人は時折囁き合って、見つめ合って笑いあう。傍から見れば本当に理想の二人だ。
そう、私がいなければね。
可愛そうに。数分後にはそこは私の場所になる。ヒロインの場所に。
曲が終わり、大きな拍手の中二人は下がる。他の人々も踊る為に、中央に人が増えていく。
私はレオン様の目の前に立った。
私の可憐さにちゃんと気付けるように。ヒロインの私の手を取りやすいように。
ついっと右手を差し出す。
満面の笑顔で見る私に、レオン様は眉根を中央に寄せる。
フフ、強制力が働いて、私の魅力にやっと気づけたのね。
するとレオン様と私の間に生徒会の攻略対象者達が割って入った。
まあ、四人とも私とレオン様が結ばれるのに、ヤキモチを焼いてやって来たのね。可愛い事を。
リリアナは各婚約者の令嬢達に庇われるように、後ろへ下がらされる。
? ここはリリアナが一人ぼっちになるところよ。
あ、そうか。この令嬢達も攻略対象者達に婚約破棄を申し付けられるのね。
皆私を取り合って。だったらレオンルートではなく、ハーレムルートに切り替えてあげてもいいわ。ちょっと大変だけれど、最初はそのつもりだったしね。
そうしてニコニコと笑う私に、レオン様が口を開く。
「君の悪事は全て分かっている。逃げずにここへ来た事は褒めてあげよう。罪を認めて速やかに連行されよ」
「え?」
「せっかくの祝いの席だ。場は壊したくない。素直に従うなら手荒な事はしない」
マルロス様の言葉を皮切りに、数人の騎士が私の周りを固める。
招待客は異変を感じ、踊りを止めて距離を取る。
「何……ですか、これ?」
「しらばっくれないでよ。文化祭の事件、主犯は君だって事ちゃんと調べ上げたんだよ」
トーマス様が呆れた顔をする横で、グロッセル様がルナン・クールドに借りた望遠鏡と矢を射かける魔道具を出してきた。
私は目を見張る。
「これに君の指紋がしっかりと付いてたよ。指紋って分かるかな? 指にあるこの皺のようなぐるぐるの模様。これは一人一人違うものなんだそうだよ。それをある方法であぶりだし、君のと照らし合わせた。見事に一致したよ」
この世界に指紋何て認証されてないはずよ。どうなっているの?
私は混乱する頭をどうにか正常に戻そうとする。
「し・指紋って何ですか? そんなの知りません。それに私の指紋何てそんなのどこで手に入ったっていうんですか?」
「私達が協力したって言えば、納得できるかな?」
そうして現れたのは、残りの攻略対象者三人。
「この一か月、君を油断させる為に近づき、食事に招いたりしていただろう。指紋を手に入れる事なんていくらでも出来たんだよ」
アーノック先生に続き、ノバット様まで私を蔑む目をする。
ガリオン様が少し寂し気に口を開く。
「俺は最後まで信じられなかった。君が人を殺したなんて。でも証拠を見せられた上に君の本当の姿の話を聞いてしまうと……まるで、悪女のようだ」
「何を言っているのよ!」
私は堪らずに大声を上げ、ガリオン様の話を中断した。
「悪女は〔悪役令嬢〕はそこにいる女でしょ!」
私はリリアナを指さす。
ビクッとして震えるリリアナを皆が庇う。何よこれ。
「私は……私はヒロインなのよ。この世界は私の為にあるの。私が望まなければ貴方達何て何の価値もないのよ。分からないの?」
私はありったけの声で叫ぶ。せっかく真実を教えてあげてるのに皆、眉を顰めたり唖然としたり、まるで私がおかしな事を言っているかのような顔をする。
「冗談じゃないわよ。ヒロインの私にこんなことをして。皆そこにいる悪役令嬢に騙されているのよ。ちゃんと考えれば分かるわ。皆私の事が好きなんだって。私がヒロインなんだって事が……」
「君はヒロインなんかじゃないよ」
がなり立てる私に、静かな声で一歩近づいたのはルーゼット様。
何? ルーゼット様は控えめなタイプだから、こんな時に出てくるなんておかしいわ。
私が睨みつけるとルーゼット様は信じられない言葉を口にする。
「〔ヒロイン〕は君が殺した君の双子の姉だったんだよ」
「!!」
私は驚愕に打ち震える。
どうして……どうして姉の存在を、ルーゼット様が知っているの?
攻略対象者や周りを取り囲んでいる騎士や貴族達も、皆呆気にとられた顔でルーゼット様を見る。
けれどルーゼット様は、一心に私を睨みつけたまま話を続ける。
「マーガレット男爵の侍女をしていた君の母親は、男爵との子を産み、育てる為に屋敷を出て町に降りた。そこで産んだのは間違いなく、双子の女の子。一人は元気に泣き叫んでいたけれど、もう一人は産声を発する事も出来ないまま死んでしまうかと思われた。けれど、黒い靄がその赤子の周りを囲んだかと思うと、元気な赤子を包んだ。次の瞬間、死んでしまうかと思われた赤子が大きな産声を上げ、元気だった赤子は息を引き取った。これは君達を取り上げた町医者から聞いた話だ」
町医者? そんな奴、私は知らない。どうしてルーゼット様がそんな奴を知っているの?
ああ、そういえばさっきトーマス様が調べたって言っていたわね。だけど、それにしたって……。
「もう分かってるよね。君は光の魔法なんて持ってない。持っていたのは君のお姉さん。君が持っていたのは闇の魔法〔略奪〕を宿した力だ。闇の魔法と光の魔法は中和する。君は闇の魔法を持って産まれた為、コントロール出来ずにそのまま死んでしまうところだった。しかし、君の闇の魔法は人の力を奪う事が出来るもの。君は無意識にそばにいたお姉さんの光の力を奪い、自分の闇の力を中和してなくしたんだ。光の力を奪われたお姉さんは産まれたばかりだった為、体力もなく力尽きてしまった」
「し・知らない。そんなの知らない」
私はブンブンと首を横に振る。
「知らないわけないよね。君は彼女の存在を知っていたんだから。〔ヒロイン〕の彼女の存在を。君と彼女の条件は双子なんだから全く同じ。分かっていて成替わろうとしたのか、本当に勘違いをしていたのか、それは僕は何とも言えない。けれど君が言うヒロインは、君のような他人を踏み台にしてのし上がろうとするような人じゃない。君がヒロインに何てなれるはずがないんだ。だって、君は〔聖悪〕に存在すらしなかったモブ以下なんだから」
「うるさい!!」
私は震える体を止める事が出来ない。私がヒロインじゃなくてモブ以下ですって。なんなの、この男……なんなのよ。
攻略対象者達を見る。誰も私を庇ってくれない。それどころか異質な者を見るような、嫌悪の塊で私を睨みつける。
だったらいらない。そんな貴方達何ていらない。私はお腹に力を込める。
「貴方が言うように私が光と闇、両方の力を持っているなら私は特別なんじゃない。ヒロインなんてポジションいらないわ。私が特別で私が主役なのよ!」
私の力、全部解放してやる!
ドンッ!
おおおおおお!
突如、私の周りを囲んでいた騎士・貴族が暴れだした。けれどその数は全体の三分の一程。
攻略対象者達や婚約者達、王族は確実に守られている。
どういうこと?
私は全体に、全員にかかるように力を使ったのよ。
「――ここまで話しておきながら、何の対策もしなかったと思っているのか?」
低い低い沼の底から響くような声がした。レオン様が私を見据えている。綺麗な奇麗なアンバーの光。私の大好きな瞳。
「無事な貴族は速やかに避難しろ。モリユス、マック誘導出来るな。父上方も急いで。騎士は暴れている者を取り押さえろ。此度は模擬剣を使用している。殺傷能力はない。二人一組で動け。魔術師団は解除を急げ。今かかっている者は特にかかりやすい体質の為、一人ずつ行え」
レオン様の命令に、皆が数秒の迷いもなく動き出す。まるで訓練でもしてたかのような素早い動きに、私は場違いながらも見惚れてしまう。
「観念しなよ。君の光の力は効かない」
そう言ってトーマス様が、私を取り押さえようと動く。
「光の力が効かないんなら、闇の力は効くんじゃないの」
私はさっきルーゼット様が話した闇の力〔略奪〕を発動させた。
ガクッ!
トーマス様の〔水の魔法〕を奪う。
膝を折って倒れそうなトーマス様を、マルロス様が支える。
そっかあ、魔法を奪うと体力がなくなるのか。
「!」
レオン様が私に向かって風の魔法を発動させる。
ザザザッ。
後退させられたが、壁に激突する前に止まった。
「フフフ、レオン様は本当に優しい。私が女だから手加減してくれたんですね。ですが、これでもそのような行動が続けられますか?」
私は王族や婚約者達を守っていたグロッセル様に、略奪を発動させた。
「まずい!」
すぐさまレオン様が援護に向かうが、一歩私の方が早かった。
頽れるグロッセル様を抱きかかえるレオン様に、間を空けずにその力を使う。レオン様が皆を守りながら、それを弾く。レオン様には効かない。
私はすぐにグロッセル様の〔地の魔法〕で地面を揺らす。これは弱いが、続けての攻撃にレオン様以外が倒れる。
ぐらり。
そんな中、彫刻品の一つがルーゼット様の婚約者に向かって落ちる。
それを察したルーゼット様が彼女を庇う。
ガッシャーン!
気が付けばルーゼット様が血だらけで倒れている。そんな彼に婚約者は泣きながら名前を叫ぶ。
阿鼻叫喚!
私は口元に笑みを浮かべる。私をコケにしたお前達全員、許さない。
この世界が乙女ゲームだろうがなかろうが、どうだっていい。結局私が主役なのだから。
「いい加減にしろ!」
レオン様が火の魔法を私にぶつける。
私は咄嗟にトーマス様の水の魔法で応戦するが、レオン様の本気の力には敵わない。
「キャアアアアアァァ」
私が倒れると同時にルーゼット様の婚約者が「レオドラン様、ルーが、ルーが……早く治して!」と泣き叫ぶ。
一瞬気を取られたレオン様の隙をついて、私は最後の力で水の魔法を使う。
相手はもちろんレオン様。ではなく、モブ達に。
そう、周りで逃げたり暴れたり、取り押さえたり倒れたりしている貴族や騎士達に。
私が……私が主役でないのなら、こんな世界なんていらない。なくなればいい。
モブ達を巻き添えに……全てをなくしてしまえば、私一人が寂しい思いをしなくてもすむ。
レオン様は間に合わない。
私の勝ちよ! そう思った瞬間……。
バチバチバチッ!
あのにっくき悪役令嬢が、私の前に立ちはだかった。あろう事か私の力を弾き飛ばしたのだ。
「リリ!」
すぐにレオン様が駆け付ける。そうして二人で私を睨みつける。
何よそれ、何でそうなるのよ。
私が二人に向かって力を使おうとすると、真っ暗なその力は私を囲い込むかのように全身を包み込んだ。
「え?」
私が困惑しているとスーっと意識が遠のいていく。
え? 待って、何よ、これ?
そのまま私の意識はフェードアウトした。




