ココリス視点 2
「――何よ、これ?」
信じられない光景が、目の前で繰り広げられている。
明日の後夜祭のダンスパーティーで計画を立てていた私は、今日は大人しく過ごそうとクラスで決められた係をこなしていると、信じられない噂が耳に入った。
レオン様が婚約者を連れて、文化祭を楽しんでいる? そんなはずはない!
レオン様は忙しくてずっと生徒会室に籠りきり。やっと手があくのは後夜祭。
様子を見に、一人でダンスパーティーに来られる。その途中の階段付近で、一人佇んでいる私を見つけて声をかけてくれる。
『ココリスじゃないか。どうしてこんな所に一人でいるの? 会場には行かないのかい?』
『あ・あの、私……』
そうして月明かりの下、レオン様の目に留まったのはピンクのドレスに紫のシミ。明らかにワインを零された後。
『……誰かにかけられたのか?』
『い・いえ。私こんな姿じゃ踊れないし、寮に戻りますね』
慌てて駆け出そうとする私の手を取り、流れるようにその腕の中に私を引き寄せるレオン様。
『可哀そうに。こんなに辛い思いをしていたのに、私は助けてあげる事が出来なかった』
『し・仕方のない事です。私みたいな平民上がりの男爵家の者なんて、ガレット様からしたら目障で……あっ!』
『そう、ガレット嬢がやったの。彼女には本当に困ったものだ。私の婚約者が親の決めた十一歳の少女だからって、この学園では私の婚約者面をする。子供には何の感情も抱かないが、彼女には嫌悪を感じる。私の周りはココリス、君以外魅力的な女性は一人もいない』
『レオン様、それって……』
『ああ、私の目には君が一番魅力的に映っている』
レオン様は抱きしめていた腕の力を緩め、私の目をじっと見つめてきた。
『私は何の感情も抱けない子供との婚約を解消して、君と婚約しなおしたい。そうすれば、ガレット嬢のような勘違いした女性も排除できる。私はココリス、君のような可愛くて純粋な子にそばにいてほしいんだ』
そうしてレオン様と私は抱き合い、キスをする。
それが正しいイベント。
だけど今のままじゃ、待ってたってそんな事がおきないのは分かってる。
だから私が操れる男子生徒を用意して、一人のレオン様を階段から突き落としてもらう。それを私が身を挺して庇うの。レオン様の代わりに落ちた私を、あの優しいレオン様が放っておけるはずないものね。
そして力をレオン様だけにむけるの。
そうすれば流石のレオン様も、私を見てくれる。私はヒロインとして正しくこのゲームの世界で生きていけるのよ。
そう考えていたのに、何故レオン様は子供と一緒にいるの? 笑顔で文化祭を楽しんでいるの?
それよりなにより、隣の子が婚約者の子供ですって?
どう見たって私達より一つか二つ、下にしか見えない。あのスタイル……十一歳であの胸って、化け物? 腰なんて筋肉馬鹿の足より細いんじゃないの? バランスが良すぎる。
それに悪役令嬢特有の縦ロールじゃない。何よ、あの流れるような銀髪は?
確かに〔聖悪〕のパッケージにもスチルにも悪役令嬢は一度も出てきた事はないから、姿形は分からなかったけれど、それ程存在感のなかったキャラだったのに、あの天使のような優しい面立ちは何? あの容姿で〔聖悪〕の〔ヒーロー〕のレオン様は『魅力の感じない子供』と、のたまったの?
何もかもが信じられない。
「すっげえ、あんな美少女初めて見た」
「おい、お前顔真っ赤だぞ」
「そ・そういうお前だって」
「いや~ん、レオドラン殿下のあんな甘い表情、見た事がないわ」
「嘘でしょ。あのお顔は私に向くはずだったのに」
「誰よ、十一歳の子供だなんて言ったのは?」
「子供じゃないでしょ。どう見たって」
「二人見てると絵画みたい」
「素敵……なんてお似合いなのかしら」
「政略結婚なんて言ってたの、誰よ」
「どう見たって思いあってるじゃない」
「幸せそう……」
色々な事を言っているのに、最後に広まるのは肯定の声。二人の様子に周りが認め始めている。
嘘でしょ? 唖然と眺めていると、二人がアーノック先生に声をかける。
何故? そう言えば知り合いのような事を言っていた。
私は少し近寄り、会話が聞こえる所まで、人ごみに紛れて寄ってみた。
「アーノック先生、お久しぶりでございます」
「……リリアナ様」
アーノック先生は、顔を真っ赤にして固まった。
レオン様が彼女の横で、二人の婚約の話をしている。
「……存じております。レオドラン殿下、リリアナ様、おめでとうございます」
「ありがとう」
ニコニコニコ。何だろう? 男二人の笑顔が少し怖い。
「レオドラン殿下はやはり、あの時に一目惚れなさったのですか?」
アーノック先生が、意を決したようにだずねた。
一瞬キョトンとしたレオン様は、婚約者に優しい笑顔を向ける。
「それもあるけれど……リリとは深い縁があってね。私は身も心もリリじゃないと駄目なんだと分かったんだ。リリがいないとこの先、生きていけそうにないんでね」
目をむくアーノック先生。何? 声が小さすぎて聞こえない。二人は笑顔で見つめ合っている。
「……何かあったのかは存じませんが、リリアナ様のこんなに元気そうで明るい笑顔を見たのは初めてです。それは殿下が導かれた姿なのでしょう。私は心から二人を祝福いたします」
頭を下げるアーノック先生に、二人は二言三言話して去っていく。
残ったアーノック先生は少し寂し気に、けれど満足そうに教室に入っていった。
……許せない……。
何よ、あれ。ヒロインは私なのよ。そのポジションは私の場所よ。
天然ぶりを発揮して、皆に愛されながらもレオン様と幸せになる。それは私の場所なんだから。
このままじゃいけない。明日なんて待っていられない。計画を今から実行する。
そして突き落とすのはレオン様じゃなくて、あの女。
私のポジションを盗んだあの悪役令嬢。
――死ねばいい。悪役令嬢さえいなくなれば、レオン様は私のものよ。
力だって効くはずよ。元々いないような存在だったんだから、死んだって関係ないでしょ。邪魔者は排除するだけ。私の母のようにね……。
「ココリス、こんな所にいたのか?」
ビクッ!
突然、背後から声を掛けられて驚いた。丁度会いに行こうと思っていた人物が、そこにいた。
そう、彼は明日レオン様を突き落としてくれる事になっていた、男子生徒ロッドニッド・バロット。私と同じ男爵家の嫡男だ。
彼はキョロキョロと辺りに人がいない事を確認して、私のそばに寄る。そうして肩を抱き、髪に口づけてくる。
「せっかくの文化祭、見て回るのもいいけれど、二人で抜け出さないか? その方がたっぷり楽しめるだろう」
背筋にぞっと悪寒が走る。
数日前、私はこの男に体を許したのだ。正直、可愛い私に一番最初におちたのはこの男だった。力も使わずにおちたのは、この男だけだったかもしれない。この男なら何でも言う事きくだろう。そう思ったのにレオン様を落とす役には、難色を示した。力を使っても頷かない男に私は体を重ねる条件で頷かせた。
私は成功したらと言ったのだが、男は前報酬だと言って先に体を奪った。
まあ、別にいいけどね。処女はとうに捨てているから。
私はこの力と前世の記憶を取り戻す前に処女を売った。平民生活は母の稼ぎだけでは、苦しくて困窮を極めていた。同じ年頃の娘は可愛く着飾り、私はそんな女達より数倍も可愛いのに、お金がなくて新しい服を買う事すら出来なかった。
丁度そんな時、貴族に声をかけられた。
私は十二歳。その男はお父様と同じ男爵で、五十歳の好色爺だった。正直、気持ち悪くて体は強張ったけれど、同じ男爵同士。上手くいけばお父様と会えるかもしれないという野心もあった。
案の定、男は私を溺愛し、最後には私を引き取りたいと言った。名目上は養女として。
だけど母がそれを許さなかった。養女とは名ばかりの妾だったもの。
十二歳の子供の母なら当たり前なのかもしれなかったが、私は勝手に断り二度と会う事を許さなかった母に怒りが沸いた。
丁度その時、前世の記憶を取り戻した。
そうして私は何が何でも〔ヒロイン〕として学園に通う為、父の男爵家に引き取られなければいけないと思った。しかしツテはもうない。母が縁を切ったから。重ね重ね腹立たしい。
好色爺から得たお金は、自分の美貌磨きに使った。
母に渡せば自分のした事を疑われるし、何より私からチャンスを奪った母に渡す気がおきなかった。
前世の乙女ゲームの記憶は役に立つ。私は町の男達にも媚びを売り、タイプ別に自分を変えおとしていった。どうしてもおちない場合は体を使った。男達は私の言いなりになった。優しくしてくれて欲しい物は何でも手に入った。
そうすると女達が黙っていない。恋人や旦那、憧れていた相手が私に夢中になり、相手にされなくなった女達が私を排除しようと動きだした。
ピンチになった時、私はこの力が使えるようになった。
町で評判の花屋の息子を私が体を使っておとした時、十人はいた女達に捕まり、逃げ切れなかった私は『誰でもいいから助けて!』と心の中で叫ぶ。すると、近くにいたおばさん達が助けてくれた。時には敵意を向けてくる女達の中から助けてくれる者もいた。
私は自分の力を正しく理解した。強く念じれば、人を思いのままに動かせる。
そうして母を馬車の前に歩き出させた……。
私は前世の記憶と力のお蔭でここにいる。それなのに、ここにきて力が上手く働かない。最近体調も悪い。何か関係しているのか?
「なあ、二人きりになれる所に行こうぜ」
私が思考に没頭していると、腰を撫でて体を密着させてくる。気持ちが悪い。
どうしてこんな男しかつれないのか。もう少しマシな奴はいなかったかしら。とにかく私は男の腕を振りほどき、目を合わせながら言った。
「明日の約束、今からやってくれないかしら?」
「え? 殿下の件か……こんな昼間に人前で?」
私の突然のお願いに、男は目を丸くする。
「ああ、突き落とすのは殿下じゃなくていいわ。婚約者の女にして」
「おいおい、殿下はお前が助けて恩を売りたいって言うからしぶしぶ納得したんだ。婚約者って……ちゃんとその女を助けるのか?」
「ええ、大丈夫よ」
淡々とした声で答えると、男は困惑した様子で首を振る。
「大丈夫って……いや、無理だ。元々夜でも難しかったのに、こんな真昼間の普段以上に人の出入りが激しい学園最中に。もしもお前がその女を助けたとしても、俺が押したところは皆に見られる。俺がまずい立場になるじゃないか」
「だから大丈夫だって」
「何が大丈夫だよ!」
男はとうとう声を荒げる。私は尚も言い募る。力を使って……。
「大丈夫」
「……そっかあ……大丈夫か」
「ええ、大丈夫よ。何も心配する事はないわ」
「分かった。やるよ。俺の意思で……」
「そう、貴方の意思であの女を突き落とすのよ」
「……ところで、お前は……誰だ?」
「フフ、誰でもないわ。気にしないで」
「……分かった」
ふらふらと歩き出すロッドニッドの後ろを歩く。
クラリッ。
目眩がする。いつもより力を強く使ったせいだ。だから力を使いたくなくて、体を許したというのに無意味だったわ。けれどこれで成功すれば、嘆き悲しむレオン様に近づいて力を使えばいい。弱った心には力は効くはずだから。
あの女の何がいいのか分からないけれど、レオン様が望むのならば、同じような行動をとってあげてもいい。
この世界のヒロインは私。私だけなのだから。




