トーマス視点 1
僕は小さく可愛い天使のような美少年。
ケリーヌ侯爵家の嫡男に産まれた僕は、僕より優れた人物はいない。と言われて育った。
自然と傲慢な人間になるわけで……。
ただ僕はその傲慢さを無邪気なふりして隠すことが上手で、まず周りの人間に気付かれる事はない。
そう、僕は自分が腹黒い事を分かっている。
だから何だ? それで得をするが困った事はない。
この日もそうだった。
「殿下の友人になるように」
そう父に言い含められて向かった先は、王城の一室。
『我儘殿下の相手を少しすれば、未来の自分の待遇も良くなるだろう。容姿も地位も未来の約束もあれば、僕はますます楽しい人生を送れる』
そう思って疑わなかった。
殿下だって美しいものが好きなはず。僕ほど可愛い者をそばに置くのは、殿下だって気分がいいはずなんだ。そう思っていたのに……。
何だ、この本物の天使は?
殿下との待ち合わせの場所だという部屋に案内された僕は、目を奪われた。
ウェーブかかった銀の髪に翡翠の瞳。ミルクティー色の髪に茶の瞳の僕などより、数段目を惹く子供がいた。その相まった中性的な容姿は、僕よりも天使といわれるのに相応しい。
そうして隣にもう一人。
騎士然とした茶の髪に青の瞳の美形がいた。意志の強そうな、くっきりとした眉に少し吊り上がった眼は、僕の苦手なタイプかもしれない。要は正義感丸出し何だよな。
僕はわざと明るく振る舞い、挨拶する。
どうやら二人は安心したようだ。僕はムードメーカーだからね。容姿は僕に見劣りしないぐらいかもしれないが、結局はその場の雰囲気を制する奴が勝ちなんだ。
悪いけど、殿下の一番になるのは僕だ。
カチャリ。
扉が開く音がした。殿下が来た。僕は天使スマイルで彼を見る。
…………………………。
圧倒的な美貌に言葉が出ない。
この方に比べたらここにいる奴らも……僕もかなうはずがない。
……のまれてる……。
この場の雰囲気を持っていく方法が分からない。
殿下に見惚れて誰も声を発することが出来ない中、後ろにいた子供が先程の天使に膝を折った。
「可愛いお嬢さん、お名前を聞いても」
…………………………。
何言ってるんだ? こいつ、馬鹿なのか?
そりゃあ、確かに可愛い奴ではあるが、服装見ろよ。ドレスなんて着てないだろ。
「男だよ、こいつ」
しまった! 素が出てしまった。
グロッセルと名乗った奴は、顔を真っ赤にして俯いた。
こいつも金髪碧眼の正統派美形だな。さぞチヤホヤされて育ったんだろう。世間知らずの馬鹿だ。だからこんな平気な顔で馬鹿な間違いを犯す。
僕は無性に腹立たしくなって、つい絡んでしまった。
いつもなら絶対にしない。庇ってやって懐かせて利用する。それがいつもの僕のやり方だ。
でも今は無理。
僕が一番だと思っていたのに、容姿も雰囲気も。僕が中心になって作りあげるつもりでいたのに。
グロッセルは事もあろうに殿下の後ろに隠れた。
はあ~、何やってるんだ、こいつ。
ますます腹立たしくなった僕は、正義面して止める奴も、天使面していい子ぶってる奴も、何も言わない殿下も、何もかもにイライラして……。
「フフフ……ハハハハハ」
殿下が大声で笑った。彫像めいた真顔でいた殿下が笑った。
何? この顔? こんな顔、出来るんだ……。
僕はそれ以上、何も言う事が出来なくなった。
数日後、呼ばれた場所には三人も来ていた。殿下がこの四人を気に入ったとの事。
当然だ!
僕は前回の失敗を返すかのように、明るく可愛く無邪気に振舞った。前回の事はもう忘れた。というように、皆楽しく笑う。殿下も前回ほどの笑顔ではないが、優しく微笑んでくれる。
グロッセルだけが僕にびくついている。
顔が引きつっているんだよ。貴族だろ。上手く笑顔作れよ。
少しイラつきながらも、決して表には出さずに笑顔で会話を続けていく。
ほうら、やっぱり僕がムードメーカーだ。
グロッセルが急にキョロキョロしだしたかと思うと、殿下の袖を引いた。
殿下が顔を近づけると、小声で何かを囁いている。
すると殿下がグロッセルの手を引いて「ちょっと失礼」と言って席を立つ。
僕が今話しているのに、何で急に?
「ど・どうしたのですか、殿下? 急に席を外すなんて。理由を聞いても?」
僕も慌てて席を立つ。
僕の話はつまらなかったのか? グロッセルが僕に対して何か変な事言ったのか?
僕の必死の雰囲気を見て、殿下は驚いたように目を丸くしている。
しまった! 必死過ぎたか? でもしょうがない。ここで殿下に去られたら、僕は……。
「セルがトイレに行きたいらしい。ちょっと付き合ってくる」
「……は?」
僕は……いや、流石の二人も固まった。
殿下が……王族が……完全無欠の王子様が? 一臣下のトイレに付きあう??
「な・何言ってるんですか。そんなの侍女に案内させればいいじゃないですか。殿下がする事じゃない。君も君だ。何馬鹿な事、殿下にさせるつもりだ。王族を何だと思っている」
僕がつい怒鳴り声をあげると、グロッセルはビクリと体を震わせた。
そうしてまた殿下の後ろに隠れる。本当に何なんだ、こいつ。
「いいんだよ、セルは私の大事な友達だからね。友達を自宅のトイレに案内する。ただそれだけの事だ」
そう言って微笑む殿下を、僕は信じられないものを見た気持ちで眺める。
マルロスが「いってらっしゃ~い」と手を振り、ルーゼットが「後で僕にも場所教えてね」とニコリと笑っている。どいつもこいつも一体何なんだ?
殿下とグロッセルが去った後、僕は堪らず二人に聞いた。
「君達もおかしいと思ったよね。殿下にトイレ案内何てさせて。不敬罪も甚だしいよね」
「う~ん、でも殿下がいいって言ったんだから、いいんじゃないか」
「うん、友達ならいいよね」
「……君達、順応力早すぎ……僕は無理だ。殿下は殿下だ。友達だろうと王族は敬うべきだ」
「……トーマスは、軽いように見えて意外と固いんだね」
「え?」
「まあ、間違ってはないけどな。王族は敬うべきだ。けどそれだけじゃあ殿下の傍にはいられないかもしれないな」
ルーゼットがポツリと言う言葉に、マルロスが付け加える。
何言ってるんだ、お前ら。どうして僕が殿下の傍にいられないんだよ。今日だってこうして呼ばれてる。気に入ってくれたからだ。なのに、なんで、そんな……。
僕が堪らず俯くと、殿下とグロッセルが戻って来た。
「お待たせ」
ニコリと笑った殿下を、僕は見る事が出来なかった。その後の事はあまりよく覚えていない。
気が付けばお茶会は終わっていて、僕は馬車を待っていた。
父も一緒に帰るらしいが、仕事で少し遅れるから待っていてくれと連絡が入った。
今、殿下と二人。
いつもの僕なら好機とばかりに愛想を振りまいていただろうが、今はそんな気分になれない。
少し気まずい思いをしながら、ボーっとお茶のカップを眺めていたら、殿下が隣に座った。
「……セルの事は大目に見てあげてくれないか」
苦笑する顔に僕は困惑を示す。どうして……どうして、僕にそんな事言うの?
「あれも色々と辛い思いを抱えているんだ」
「そ・そんなの当り前じゃないですか。人より優れたものを持っているんだから、人とは違う以上、辛い思いもして当たり前だ。僕だって……!」
慌てて手で口を塞ぐ。
殿下に対して僕は一体何を言っているんだ。何を言おうとしたんだ?
「……失礼いたしました。不敬罪で罰していただいて結構です」
僕はすぐに頭を下げた。
「君は本当に頭がいいね」
思いもよらない事を言われ、弾かれたように顔をあげると、そこには優しく微笑んでいる殿下がいた。
「機転が利いて要領が良くて頭の回転も速い。六歳にしてそこまで言える子は、まずいないよ」
それは殿下の方だ。
僕は知っている。殿下は本当に頭が良くて、周囲の事をよく見ている。いつも最善を迎えるのにはどうしたらいいか。一歩先を考えて行動している。
僕は人の集まる場所が好きだ。だってこの容姿でチヤホヤされるし、可愛い子ぶっていると何でもくれて、何でも話してくれる。もちろん、裏の情報も……僕が子供で何も分からないと思って、安心して喋りまくる。
殿下の話も死ぬほど聞いてきたんだ。完全無欠の王子様の話を。
悪意の塊の貴族達が、褒めそやす。己の保身にしか興味がない貴族達が、純粋に素晴らしい方だと話す様は、僕の目からは異様に映った。けれどそれは、異常だからこそ真実なのだと理解出来た。
だから思った。ああ、この人は大変なのだと、辛いだろうなと。
でもそれも仕方がない。王族なのだから。人より優れているのだから。
だから僕達は貴族として彼を敬うべきなんだ。彼に心地いい場所を提供する事が僕達、殿下のそばにいる貴族がするべき事なんだ。
それなのに彼は、グロッセルは殿下に頼るなんて……そんな事絶対するべき事じゃないんだ。してはいけないんだ。
ポロリ。
「……え?」
僕の目から何かが零れた。何だ、これ?
「え? え? え?」
僕は濡れた顔を手で乱暴に拭う。けれど雫は次から次へと溢れてくる。
グイッ!
次の瞬間、僕は殿下の腕の中にいた。
僕より少しだけ背の高い殿下が、ギュウッと抱きしめてくれる。
「ごめんね。ハンカチ、トイレに行った時セルに貸しちゃった。私の服を提供するから、乱暴に顔拭わないで」
そう言って背中をポンポンと叩く。
またグロッセルかよ。あいつ殿下にハンカチまで借りたのか。しょうがない奴だな……まあ、いっか。殿下温かいし、いい匂いするし……。
「……これ、花の匂い?」
「フフ、花好き?」
「…………」
「あげる」
どこから出したのか、目の前に一輪の花が現れた。殿下は僕の胸ポケットにそれを指す。
「幸せになる魔法の花だよ」
ニッコリ笑ったその顔は、今まで見た殿下の中で一番好きな表情だった。
僕は自分でも気づかないうちに、貴族の矜持に振り回されていたようだ。
優れた人間は人の上に立つべし。僕ほど美しく地位のある人間は、人の上に立つのが当たり前。人を動かして当たり前。周りの大人からの言葉が、呪いのように僕に纏わりついていたらしい。
なまじっか頭が良かった所為で、無自覚にそれをこなしていたのだろう。
けれどここに来て、美しい人間は僕以外にもいるんだって分かった。
僕は優秀だから誰にも甘えちゃいけないと思ってた。
だからグロッセルに無性に腹が立ったんだ。あんなに美しいのに、人より優れているくせに、どうして殿下にあんなに甘えるんだ。周りも仕方がないと許すんだ。そんなの貴族じゃない。
……そう思っていたけれど、殿下は僕も甘えさせてくれた。
グロッセルに意地悪する僕を、怒る事もなく抱きしめてくれた。
優れた人間はこんな所も違うのか? 器がでかすぎる。僕がでしゃばる事なんか出来るはずもないじゃないか。僕は殿下からすこし離れてポツリとこぼす。
「……僕は、殿下の友達に……なれますか?」
「友達でしょ、もう」
後日のお茶会で僕はグロッセルに謝った。
グロッセルは驚いた顔をしていたが、すぐにはにかんで「謝ってくれてありがとう」と言った。三人はにこやかに笑っていた。
暫くするとグロッセルがキョロキョロして、また殿下の袖を引く。殿下が席を立つ所で、僕は背後から殿下に抱きついた。
「トイレ? 僕も行く~」
グロッセルが目を丸くしながらも、少し拗ねた表情をしたのを見逃さなかった。
「ん、いいよ。セルは一回だけじゃ場所覚えられなかったみたいなんだけれど、トーマスは行った事ある?」
「ないよ~。だから今日教えてくれたらちゃんと覚えて、今度からは僕が皆を案内するね」
「はは、ありがとう。頼もしいな」
そんな僕達のやり取りを聞いてムッとしたグロッセルが、僕の腕を殿下の首から引き離す。
「そんなにくっついていたらレオンが歩きにくそうだ。ちょっと離れたら」
「……僕もレオンって呼びたいな」
「あれ? 許可してなかったっけ? もちろんいいよ。マルロスもルーゼット……ルーもレオンって呼んで」
「オッケー。レオンね。心得た」
「……ルー? えへへ、僕もルーって呼んでね、皆」
ああ、この空気いいかも。
そうか、雰囲気って一人で作るものじゃないんだな。皆で作り上げるものなんだ。
今まで色々な公の場に出てきたけれど、そんなの初めて知ったよ。
楽しいなあ。レオンと、皆といると。
僕は「フフ、レオン」と言って手を握る。ニコリと笑うとレオンも笑い返してくれる。隣でちょっと睨んでるグロッセルは気にしない。
ルーの妹がレオンの大切な人になった。良かった。優秀そうで。
今はレオンに助けてもらっているみたいだけれど、いずれはレオンを助けて支えてくれるだろう。僕は二人のそばでずっとその姿を見続けよう。
初めて出来た友達の幸せがずっと続きますように。




