ルーゼット視点 11
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。お兄様……レオン様」
「ただいま、リリ」
ギュウッ……。
ユーリック公爵家のエントランスにて、学園より帰宅した僕達に、頬をピンクに染めた妹が寄って来た。
笑みを返そうとした兄の横から、腕を伸ばして抱きしめる。
ここ最近、見慣れた光景。
……いつも思う。レオン、君どうして兄の僕より先に妹に反応するの? そして当たり前のようにエントランスで抱きしめるの?
「ああああああああ!」
突然、後ろで何かが崩れ落ちるような音がした。
あ、やっぱり……。
「父上、お帰りなさい。今日はお早いお帰りで」
「マリアから聞いてたんだよ。分かってたんだよ。でも自らの目で確認したくなった私が馬鹿だった」
うん、父上の言わんとしている事は、よく分かった。
婚約が決まった後、レオンはリリの治療と称して、毎日我が家に訪れるようになった。
触れ合えば触れ合うほど、リリの中の闇魔法が中和されて体を蝕んでいた魔法が取り除かれるらしい。本当かな? 半信半疑ながらもそれを了承する。結果、リリは日を追うごとに健康を取り戻していった。
リリはレオンが来ると『いらっしゃいませ』から『お帰りなさい』に変わってしまい、レオンはリリを見るなり、どこででも抱きしめるようになった。
以上から今現在、父上の前で行われている状態となったわけだ。
兄である僕でさえいたたまれないのこの状況、お察しします、父上。
「お帰りなさい、お父様」
リリはレオンの腕の中から、父上に声をかける。
「宰相、もう仕事は終わったのかい?」
レオンはわざとユーリック公爵ではなく、宰相と役職名で話す。
「レオドラン殿下、リリ。結婚は十四歳! 早くても十四歳になってからだからね!」
父は涙をふきふき、二人に詰め寄った。
「くすくす、お父様ったらどうしたの? そんなのちゃんと分かってますよ」
「……………………」
レオン、笑顔なのになんで何も言わないの?
「皆様、お帰りなさいませ」
母とミリアルがやって来た。僕はぱあっと笑顔になる。
「ミリアル、来てたの?」
「はい、リリ様とダンスの練習をしておりました」
「ダンス? リリ、体は大丈夫なのか?」
「はい、休憩しながら教えていただきました。ミリアルお姉様はとてもお上手だから勉強になります」
ミリアルの言葉に驚いたレオンがたずね、リリが笑顔で答える。
ダンスのような激しい運動も出来るようになったんだね、良かった。と、思いながら父上を見ると、複雑な顔をしていた。
分かる。分かりますよ父上。元気になったリリの事は凄く嬉しい。けれどその方法が何とも言えない。
「リリ、良かったら私も一緒に練習しようか?」
「え? そんな、ただでさえお忙しいレオン様に毎日来て治療していただいているのに、これ以上迷惑はかけられません」
「何言ってるの、迷惑なわけないでしょ。むしろ毎日リリに会えて私は嬉しいよ」
ポッ♡
リリが赤くなってレオンの腕の中に顔を埋める。
うん、この二人会話中もずっとくっついていたからね。
「はあぁ~、親友が妹を大事にしてくれるのは嬉しいけれど、この姿はちょっと兄としていたたまれないな」
僕はミリアルに小声でぼやく。
「リリ様が十四歳になったら、速攻で結婚しそうですね。フフ」
「よく言うな。そっちだって十七歳になったら、すぐに結婚するんだろう」
地獄耳のレオンが、ちゃんと僕達の会話を聞いていたようだ。
「そうだね、そのつもり。僕達は同じ年だからミリアルには待たせちゃってる感じにはなるけどね」
二人で目を合わせ頷きあっていると、突然何を思ったのかレオンがとんでもない事を口にする。
「ルーは要領悪いところがあるからな。変な所で予定変更とかしそう。子供だけは気を付けろよ」
「ぶっ!」
僕は思わず噴き出した。ミリアルは隣で顔を真っ赤にしている。
な・な・何言ってんの。この人?
「トーマスが言っていたな。五人の中で一番ルーがやばいってさ。ハハ」
「ハハじゃない。家族の前で何言ってんですか、この馬鹿王子!」
「あ、ひど。て何、今更? お前らが婚前交渉あるのなんて、皆分かってるし」
ドピシィ!
僕は王子の脳天にチョップをかました。
「父上、母上。王子を談話室に案内します」
「……はい、いってらっしゃい」
母上は少し困った顔をしながら、手を振ってくれた。父はうつろな目をしている。
僕がレオンをひっとらえていく後ろを、ミリアルとリリが付いて来てくれた。
談話室に王子を放り込み、僕は彼に詰め寄った。
「親の前で何言ってくれちゃってるんですか? レオン様」
「悪かった。怒るな。けど本当に子供の事は気を付けた方がいいな。セルが魔法薬でいい避妊薬が出来たって、ルーいるかなぁって言ってたけど、いる?」
「あ、欲しい……じゃ、な・く・て」
「……ルー。一旦落ち着こう」
僕とレオンの不毛な会話をミリアルが制する為に、完全にパニックになっている僕の背を撫でながら宥める。
「お兄様、赤ちゃんが出来るんですか?」
「……………………」
弾むような天使の発言に、僕達は固まった。
「お兄様とミリアルお姉様の赤ちゃんなら凄く可愛いでしょうね。嬉しいわ。早く会いたい。私も欲しいなあ。もっと元気になったら私にも産めるかな?」
「大丈夫。産めるよ。ダンスが出来るぐらい元気になってるんだから。私とリリの子なら、ルーとミリアル嬢に負けないぐらい可愛いと思うよ。成人しないと産めないけれど、出来る努力はしようね」
「はい、努力は大切です」
「そんな努力、まだ早いからぁ!」
天使の無垢な言葉に、悪魔が囁く。
いたたまれず制止の言葉をかけた僕に、天使がミサイルを放った。
「どうして? お兄様も〔努力〕してるんでしょ?」
チュドーン!
プスプスと焦げながらも、僕はリリを誤魔化す為に脳を必死に働かす。
「……レオドラン殿下、わざとですよね」
「分かった? 流石ミリアル嬢」
「分かりますよ。ルーもお義父様もユーリック公爵家の皆様は、リリ様を殿下に会わせなかった事、今でも後悔なされています。自分達の所為でリリ様の苦しみを引き延ばしていたのだと。リリ様を皆様の前で抱きしめるのもわざとですよね。皆様の後悔の念を少しでも和らげる為に、お道化てリリ様の明るい表情をお見せする為に。違う心配をしていれば余計な事は考えなくてすみますから。最近ルーに特に絡んでいるのも、その内の一つ。影で苦しんでいるのをご存知だからされている行為だと……これでも私だって幼き頃より殿下を知っている者です。そのお気持ち臣下として、またルーの伴侶となる者としては、心から感謝いたします」
「私の女性の幼馴染はミリアル嬢ぐらいだからね。聡明さも理解している。だからルーは君に任せておこうかとも思ったのだが、余計なおせっかいだったかもしれないな。許せ」
「親友なのですもの。おせっかいでも何でもないですわ。ルーを大事にしていただいて、嬉しい限りです。ただ一言言わせていただくと……」
「ん?」
「私を巻き込む事はお控え下さい」
「……すまない」
二人がこんな会話をしている事なんて知る由もなかった僕は、二人を背にしてどうにかリリにこの話題を忘れてもらうかに、頭を悩ませるのだった。




